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第九話 緋色に染まる

一章 第九話




 後方から飛来した五条の閃光――〈竜の息吹〉が向かう先にあるものを見て、ハオスは驚きを隠せないでいた。

 〈二頭竜〉と〈三頭竜〉から放たれたそれは真っ直ぐに〈九頭竜〉に向かっていたからだ。


 (……同士討ち?)


 ハオスがそんな疑念を抱いている間も閃光は進み続け、減衰し、消えて無くなった。

 それは一際太い緑と、赤、青、黄に色づいていて、それは今まさに〈竜の息吹〉を放とうとする〈九頭竜〉の頭と同じ色だった。

 本来ならば僅かとは言え、溜めを必要とする〈竜の息吹〉が一瞬の内に四つ……。


 ――真っ先にヤトが駆けた。


 空を走りながら放たれた二閃の飛ぶ斬撃は、瞬く間に緑と黄の頭を落とす。

 しかし、攻撃によって生まれた僅かな隙を突き、錆色の頭がヤトを飲み込んだ。


 黒、紫、緋色の頭が〈竜の息吹〉の溜めを始めると同時に、火と水が放たれる。


「ふんぬわぁぁぁぁ!!」


 サカロが袋から取り出した怪しげな薬瓶を、キヌの前方へと放り投げた。

 キヌの『大樹鱗盾』はその材質から、火に対して非常に弱い。〈九頭竜〉が放つ〈竜の息吹〉を長く耐えることはできない。

 だが、サカロが投げた薬瓶からもくもくと立ち込める煙は何故か火の勢いを弱めた。

 それでも放たれた業火はキヌの盾を焼き焦がしていく。

 不断ならば、ハオスが水の壁を出すところだが、ハオスは青い頭へ注意を向けている。


「クソエルフ! 空気を動かして『酸素』を無くすんじゃ!」

「『サンソ』ってなん――」

「松明が消える洞窟のような状態にせい!」

「くっ――――気流操作(エアコントロール)!」


 タロはどうにか、『毒』が充満する洞窟を再現しようと〈魔法〉を行使する。


 そこを狙うかのように放たれた鉄砲水の如し〈竜の息吹〉にハオスが突っ込んだ。


 ――〈上級剣技・流水〉!!


 対水魔法に特化したこの〈剣技〉は、氾濫した川の水すらも受け流すと言われるが、〈竜の息吹〉を受け流すには至らない。


「ぐぅぅ、――――――――水流操作(アクアコントロール)ぅぅ!!」


 タロよりもはるかに長い時間を構築に費やし、ハオスは〈魔法〉を使う。


 ――足りない


「――――|神よ私に聖書の如し叡智を《バイブルブースト》」


 〈奇跡〉を願い、〈魔法力〉を格段に引き上げる。


 ――まだ足りない


「――|神よ私に烈火の如し猛攻を《バイオレンスブースト》ぉ!

 ――|神よ私に達人の如し至妙を《スキルブースト》ぉぉ!」


 水圧に耐える筋力を、受け流すに足る技量を。


 ――もっと、もっと……



「|神よ私に湧水の如し気力を《オーラブースト》

 |神よ私に御山の如し不動を《インモビルブースト》

 |神よ私に風の如し疾走を《ゲイルブースト》

 |神よ私に林の如し悠然を《カームブースト》

 |神よ私に英雄の如し天運を《ディスティニブースト》

 |神よ私に血潮の如し生命を《バイタリティブースト》

 |神よ私に烈火の如し猛攻を《バイオレンスブースト》

 |神よ私に聖書の如し叡智を《バイブルブースト》

 |神よ私に達人の如し至妙を《スキルブースト》」



 メリーより教わった全ての上級補助(ブースト)を己にかける。


 ハオスの〈剣技〉と〈九頭竜〉の〈竜の息吹〉が拮抗した。


「ハオス! こっちに水を寄越すのじゃ!!」


 キヌの叫びは、〈奇跡〉によって普段以上の冷静さを得ていたハオスの耳に、運良く届いた。


 ハオスは、その助言に従い、水の流れを左後方――キヌが防いでいる業火に向けて誘導する。

 勢いの弱まっていた業火は鎮火され、鉄砲水は受け流され続けた。


「くっ、間に合いますかねぇ――」


 業火が鎮火し、ヤトが斬った二本の頭を確認すると、タロは『詠唱』を唱えた。


「――盛る火、癒えぬ火傷、燃やすは命、想いを運ぶ風を纏いて全てを滅す業火となれ――――焼き焦がす爆風(ブラストバーニング)!」


 放たれた〈魔法〉は、タロが扱う三つ目の属性『爆発』。火と風を高い水準で操る魔法士だけが会得できる複合属性だ。

 火属性の高火力と、風属性の広範囲という凶悪な特性を持ったそれは、再生を始めかけた〈九頭竜〉の首を吹き飛ばし、同時に焼き焦がした。


「ふぇぇ。ヤトは無事ですかねぇ」


 それは問わなければならない疑問だった。

 残りの頭は、赤、青、黒、紫、錆、緋。

 ハオスは青頭に。

 キヌは赤と緋色に。

 メリーは黒と紫に。

 だが、〈九頭竜〉の頭を落とせるのは、ヤトのみである。


 タロとサカロがわずかに次の行動を決めあぐねていれば、空から白い光が降り注いだ。

 雲間から差したその聖なる光芒は、魔を滅す神の光であった。


 ――――|天空より闇を照らす天使の梯子ゴッドレイ


 メリーが祈り想い描いたその〈奇跡〉は、闇を照らし、毒を浄化し、腐食を祓う。


「ギャァァァアアガァァアアァァァァ」


 痛みに暴れる〈九頭竜〉。

 それに構うことなく、メリーはさらに暴れ狂っていた。

 張り付いた笑み。血に染まるメイス。

 竜の角を加工して作られたメイスの突起は、真っ赤に染まったアカツノで――


 ――その角は、錆色の頭を貫き、風穴を開け……


 ――疾風(ハシレ)、『風牙』!


 〈九頭竜〉から吹き出た“風”は、その頭を斬り飛ばした。


「ふぇぇ――火炎放射(フレイムスロワー)


 頭を落とされた首を即座に焼いたタロは、サカロと共に緋色の頭へと向かう。

 黒と紫はメリーで十分である。

 まずは、属性不明の緋色を落とす。

 走りながら意志疎通を風の囁き(ウィスパー)で終え、ヤトもそこへ向かった。


 残り〈竜の息吹〉を放ち終えた赤と青が邪魔をするが、その首は瞬く間に落ちて、焼かれて――――



 ――――緋色の〈竜の息吹〉が放たれ…………





















 『アカツノ』は耳から鮮血を吹き出して倒れ伏した。


 …………音は聴こえなかった。




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