仮の婚約者
本当に彼は何者なんだろう。私はおそるおそる彼に聞いてみた。
「貴方は、貴方は一体何者なの…。」
「えー?教えてほしいの?」
彼はへらへらと笑いながら言った。何を考えているのか分からない笑い方だった。教えて欲しかったので私は頷いた。
「怜花チャンが教えてくれたら俺も教えるよ。」
(貴方そればっかりね…)
私は教えようか教えないかで少し迷ったが、彼が何者なのかを知れるのなら教えよう。…全部は話せないけど。
「私はこのゲームを知っているわ。あと、さっき貴方に言われてから、自分がそのゲームの悪役令嬢だと言うことに気づいたわ。」
私は彼に言える範囲で話した。すると彼は「俺と同じ人は初めて見たな…」と言った。
「俺も怜花チャンと同じでこのゲームのことを知っているんだよ。…君って転生者?」
私はさっき彼が言っていたことを今理解した。(私も同じ人は初めて見たわ…)
彼も転生者なのか気になって私は聞いてみることにした。
「貴方も転生者なの?」
「『貴方も』ってことは怜花チャンも転生者なんだね~奇遇だね。俺も転生者なんだよ。」
私はやっぱりかと思いながら私の事をいちいち『怜花チャン』と言ってくる彼に苛立ちを覚えた。
(なんで彼はこんなにもチャラいんだろうか…)
「偶然ばっかりだね。俺達仲良くなれそう。」
仲良くなってたまるかと思いながらも彼の言葉に耳を傾けた。この人といるとすごく疲れる。
(そうだスピーチ!)
忘れていたがこれはスピーチをする人の集まりで、何を話すのかもう一人の人と話し合うために私は来たのだった。
「スピーチ、何話すのか考えないと。」
私が彼にそう言うと、彼は余裕の笑顔を向けて、
「怜花チャンが話すことにテキトーに合わせるから大丈夫だよ。」
と言った。なんでこんな人が成績一位をとったのか分からなくなってきた。
「もっと、真面目に、計画的に、やりましょうよ!」
と私が言ったら彼は驚いた表情をして、そのあと悲しそうな顔した。それはまるで何かを懐かしむかの様だった。そして、
「俺の好きな人もこう言うこと言う人だったな…。」
と言った。チャラ男、好きな人がいるのか。その好きな人がチャラ男な彼をこんな顔にしてしまうのか。恋と言うのは凄い。でも、だったとと言うことはその人はもういないのか? 聞いてみてもいいことなのだろうか。
(いや、やめておこう)
「貴方にも好きな人なんているのね。」
私はこっちを言うことにした。
「それくらいいるよ~、もう、俺をなんだと思ってるのさ。…まぁどこにいるのかも分からないけどね。」
彼は私が聞こうとしてやめたことを自分であっさりと答えた。
「それって…いや、何でもないわ。」
貴方の好きな人は死んだってこと?それともまだ生きてるの?と聞こうとするところだった。
「好きな人はもう死んでるよ。もう、とっくの昔に。前世にいた人だから。」
聞こうとした内容が分かってしまったらしい。でも彼の言っていることは凄く苦しいことなのではないだろうか。会うことは出来ないし、その人の写真や思い出もここにない。お墓に行くことだって出来ない。
この世界の人ではないから。
私も前世に好きな人がいるけど、春樹は死んでないし、春樹から貰った指輪も持っているし。
前世に好きな人がいることが同じでもまだ私の方が幸せだろう。
「私も、前世に好きな人がいるわ。」
と言うと、彼は驚いた表情になった。
「怜花チャン好きな人いたんだ…。」
それで驚いたのか。さっきの私と同じだ。
「死んでも好きでいるつもりよ。」
私が死んでもずっと春樹の事が好きだろう。
「俺も同じ。」
彼はへらへら笑うんじゃなくとても、穏やかに笑った。少し驚いた。
「何だか俺、凄い良いこと思いついたんだけど。」
彼は唐突に言った。いきなりどうしたんだ。
「何よ。」
すると彼はいたずらをするときの子供のような笑顔になった。
「怜花チャンさ~、俺の仮の婚約者になってくんない?」
「は?」
彼はいきなり何を言い出すんだろう。
「凄いいい案だと思うんだけど。」
「どこがですか。」
「だって、俺は前世に好きな人がいるでしょ。怜花チャンも前世に好きな人がいるでしょ。でもいずれは結婚しなきゃいけない。でも怜花チャンが仮の婚約者になってくれれば誰かと婚約しろとか言われないでしょ。」
それもそうかもしれない。私や彼だって日本三大財閥の娘や息子だ。いずれは婚約だってしなければならないだろうし結婚だってしなければいけない。
「仮って何かしら。」
「婚約はするけど、いずれ解消するから。」
なんで解消するのだろう。そんなことをしたらまた婚約をしなければならないではないか。
「なぜなのかしら?」
「俺の好きな人は絶対この世界にいるから。見つけるまで仮の婚約者をしてほしいんだ。」
好きな人は死んだのではなかったのか?しかもその人は前世の人って言っていたはずだ。
「死んだのではなかったの?」
「死んだよ。でもこの世界にいるんだ。」
それは幽霊と言うことだろうか。
「あ、幽霊じゃないからね。」
彼は私の考えていたことが分かったらしい。
「一応情報はあるんだ。だから俺が彼女を見つけるまで仮の婚約者をしてほしいんだ。お願い!」
「私のほうが不利じゃないかしら。」
それでは私が不利ではないか。
「そうなんだけど、お願いします!見つけるまできちんと仮の婚約者するからっ!」
彼は必死で私に頼み込んできた。でも好きな人がいるのに勝手に婚約されるのは可哀想だ。
(どうしよう…。)
とても迷う。
「お願い!怜花チャンだけが頼りなんだ!」
(あ~もうっ)
「わかった、やるわ。でも私に利益はあまりないから好きな人を見つけたら私をひどく批評して。もう怖くて婚約なんてしたくないって言い訳を作りたいから。そしたらちょうどいいと思うわ。」
私が婚約者にひどく批評されたとなれば回りの人も婚約したがらないと思う。それに私が批評されたことによって傷付いてもう婚約なんてしたくないってことなら婚約しなくていいかもしれない。
それなら私も万々歳だ。
「女の子を批評するのは少し気が引けるけど、それで怜花チャンが許してくれるならするよ。改めてよろしくね。怜花チャン!」
「ええ、よろしくお願いします。」
「あと少しで入学式が始まるねー!」
こうして私は彼の仮の婚約者になったのだった。
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