第71話「ただいま、アリシア───(後編)」
「………………───ただいま、アリシア」
あぁ…………。
やっと、だ。
あぁ、……やっと言えた。
そう言えば、ずっっっっと言っていなかった気がする。
ただいま。
ただいま……───。
ただいま、アリシア。
さぁ、帰って来たよ──────……。
すぅぅ……。
─────お前のもとになッッッ!
「な、」
パクパクと口を動かす、アリシアの表情といったら!
笑ったり、
驚愕したり、
泣きかけたり、
嫌悪感丸出しだったり、
憤怒の表情だったり、
……最後は真っ白に燃え尽きた様に、無表情から、徐々に詰るような顔に────。
んな、
な……、
な、
「何で、アンタがここにいるのよぉぉぉぉぉおおお!!!!」
おーおーおーおーおーおーおーおーおーおーおー!!!
そんな言葉が出るかー?
おーおーおーおーおーおーおー!?
月並みだねぇ……。
こ、
「───こここ、こぉぉの異端者ぁぁあ! 出ていけッ! へ、兵を呼ぶわよ!」
は?
「……どうやって忍び込んだか知らないけど、ウチの傍にはねぇ?! 兵が立哨しているんだからッッ! わ、わわわ、私は勇者コージの妻なのよぉぉお!!」
あーーーーーーなるほど。
なるほど、なるほど、なるほどぉぉお!
なーーるほどーーーぉお!
そりゃ~そうだよな。
そうだよ、そうだよ、そうだよ。
そーーーーに決まってるよなぁああ!!
無防備で放置しておくはずもなし。
勇者親衛隊とやらもいたし、案外この辺の近所は王国の守備兵が詰めていたのかもしれないな。
ま、
そんなもん、とっっっっっくに瓦解しているがね。
立哨している兵も逃げたか、王城での戦いに駆り出されたかのどっちかだろう。
このクソアマは、ここでコージと朝からヨロシクとヤっていたから、経緯を全く知らないらしい。
たぶん、異端者ナセルが、意趣返しに忍び込んできたと思っているに違いない。
それは半分正解で半分間違い。
意趣返しは当然のこと。
だけど、忍び込んではいない。
断じていない。
───断じてなッ!
「おい、おいおいおいおいおいおいおいおいおいおーい────アリシアぁあ?」
「名前で呼ぶな! 汚らわしいッッ! は、早く消えなさいよ──今なら見逃してあげるわ」
「──ア~リシアぁぁあ? いつ、俺たちは離縁した? 俺にはそんな記憶はないぞ?」
本当だ。
離縁した覚えなどない。
「ば! バカ言わないで────! アンタは異端者! 王国の権利は全て取り上げられてるわ。もちろん婚姻もよ!」
「────ほう? 神の前で誓った、あれはなんだったっけ? 君と交わした誓いのキスは? 指輪は? この家は?」
「ない! ないわ! そんなもの────」
何を思ったか、口を思いっきり拭うと、ペッと唾を吐きだすアリシア。
まるで、ナセルとの誓いのキスすら汚らわしいと言わんばかり。
指輪なんて当然しているわけがない。
かわりにあるのはコージが贈ったであろう、豪華な一品物が燦然と輝いているのみ。
「ほう? なら家は? 君のための買った家だ。……断じてコージのために買ったものじゃない」
「な、なにを偉そうに! こんな家、……いずれ私はもっと大きな家に住むのよ!」
コージと、勇者コージとね!!
「──このお腹の子と一緒に幸せな家庭を築くのよ!」
アンタとの家庭じゃない!
「私とコージの家庭よ! そこにアンタの入る隙間なんてないッ!!!」
はぁはぁはぁ、とアリシアが肩で息をしながら一気に言う。
ふ……。
「ふふふふふ。──ふはははははははッ」
ふはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!
「な、なによ! さっさと出ていけ、異端者ぁぁぁあ!」
「ははははははははは。あーーーはっはっはっはっは!」
俺はなんて馬鹿だったんだ。
俺はどーーーしようもない馬鹿だ。
「ははははははは。うひゃははははははははははは!! ははははぁア~リシアぁぁあ」
「な、何がおかしいのよ! 何を笑っているのよ! 何もおかしくはない! 消えろッ。消えてなくなれ! 早く消え失せろぉ!」
───この、亡霊がぁぁぁぁあああ!!
口汚く罵るアリシア。
最初の驚愕の表情はどこへやら。
おっかしい~ねぇぇえ、
「────おかしいさ、おかしいよぉぉ」
そりゃあ、おかしいさ!
「だから何がおかしいのよ! 狂人! 狂ったイカレ野郎が!! 早く消えろクズぅ!」
はっはっはっ……言うねぇぇえ。
言うじゃぁぁ、ないかぁぁあ───。
なにが、おかしいかって……??
そりゃぁぁ、
「───お前みたいな女を愛した、俺がおかしくって、おかしくって、どーーーしようもないくらい、おかしくって、しょうがないよ……!」
し、ししし、しかもだ……。
愚かな俺は、直前までアリシアをホン少しだけ信用していたんだ。
信用していたんだぜ?
信じられるか? この俺の愚かさを、さ?
僅かでも、『愛』が残っているかも────……ってさ。
そんっなもん……。
「どっっっっっっっっこにもなかったけどな!!!」
断罪の時が来たッッッ!!