第70話「心落ち着く場所」
ただいま…………。
その言葉は、目の間に積まれたボロボロの家具によって掻き消えた。
───ここは、俺の部屋だよな……?
たしか……。これは、寝室に置いてあったものじゃ?
古いが、しっかりとした作りのタンスやナイトテーブルなどの数々が山積みに───。
そんなものが、なぜここに?
これじゃ、まるで……。
他にも、使い古した雑巾や折れたモップ、底の抜けた桶や、汚い食器類。
よくよく見れば、ナセルが使っていたフォークやカップに皿───愛用の食器類もあるじゃないか……。
今では、ほとんど使い物にならないものや、ナセルの私物が────……。
なぜか、それらが無造作に放り込まれている。
こ、これじゃ……。
これじゃ、まるで……。
も、
「物置じゃないか………………」
ナセルが二度と戻らないと知ったうえで、これなのだろうか。
異端者扱いされて数日。
……それほど時間がたったわけではない。
そう───……それほど家を空けていたわけでないのに。
だとというのに、コレか……。
思い出も、愛情も、何もかもがここにある。
───いや……放り込まれている。
掃除などしているはずもない。
く、
クククククククク……。
くははははははは!!
「そうかよ、そうかよ……そーかよぉぉお」
ああ、そうだ───。
そうだよ───アリシアぁ。
アリシア……。
お前はそういう女だよなぁぁあ!
「ははは……! ここにアリシアがいれば赦す────か」
く、
くひゃ!
クヒャハハハハハハハハハハ!!!
ハーーーーーーハッハッハッハッハ!!
俺は、とーーんだ甘ちゃんだったぜ!!!
はははははははははははははははははははははははははははは!!
あははははははははは!!!
こ、
「こりゃいい……。こりゃ傑作だ!!」
元ドラゴン召喚士、家も女房も乗っ取られた挙句、部屋が物置化していた!
───ってか?
こりゃあああ、お話が一本書けるぜぇ!
「あっはははははははははははははははははははははは!!」
大笑いするナセル。
すぐ隣は寝室だ。
アリシアがいるに違いない寝室……。
その隣でナセルは狂ったように笑う。
古びた家具で埋め尽くされた自分の部屋で笑う。
笑う。
だって、おかしいだろ?
ここなら、あの幸せで平和な日常と地続きだと思っていた───この、間抜けな男がいるんだぜ?
ここに「愛妻がいたら赦してやる───」とか考えていたクソ間抜けがいるんだぜ?
見ろよ────……。
ふふふ。見ろよこれ……。
ふふふふふふ……さぁ。
さぁぁぁあ、見てみろよッ!!
すぅぅ……、
「────日常なんて、とっっっっっっっっくに消えてなくなっていたってわけか!!」
ナセルの日常は、コージ達にとって物置小屋だった。
しかも、ナセルの私物だけでなく───ガラクタ置き場にすらなっている。
ナセルという存在はその程度だということだ。
「いいさ。……いいともさ! ハッ!───ここはこのままだ。壊す意味もない。……もう、とっくに壊れているからな───!!」
家具の隙間から少しだけ部屋に踏み込み、使っていた道具などに触れつつ、少しだけ感傷に浸る───。
そして、その想いを引き剥がすように、奥にある予備の剣だけ持ち出した。
少し錆びた、古びた数打ち物の剣───。
これは、軍人時代のナセルが使っていた剣だ。
冒険者時代使っていた剣は、コージとの最初の決闘の時になくなってしまった。
だから、コイツを使う。
軍を引いた時に、そのまま下賜された量産品のそれ───。
ただのブロードソード。
……どこにでもあるありふれたもの。
(あぁ……。俺は確かにここにいた──)
それは久しぶりに手に持ったが……。
なるほど。しっくりと手に馴染む。
身体はそう簡単に感覚を忘れないという事だ。
剣を手に、
鞘と剣帯を取り出すと腰に巻き付け、MP40やルガーP08と干渉しないようにする。
火炎放射器はもういらない。
ガシャン───と放り出すと、あとはコージの部屋から延焼するに任せる。
放っておいても、この家はもう崩壊するからな……。
だから、あとは一部屋だけ。
最後の部屋────。
アリシアの部屋であり、夫婦の寝室……。
いや、今は───……間男とアリシアの部屋か。
(ふ…………)
さぁ、帰ってきたぞ────アリシア。
その面、じっっっっくり──楽しませてもらおうかッ!!
そして、ナセルは自室を後にすると、隣の部屋のノブに手をかけた。
愛妻の顔を見て、お話しするために────。
ガチャ……。
ギィィィィ……。