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第69話「君に花束を────(前編)」

「懐かしいな……」


 ほんの少し前までここで暮らしていたというのに、ナセルはもう懐かしさを感じていた。


 だが、たったの数日。

 そう───たったの数日の間……家を空けただけ。

 けれども、その数日の間に、ここはあっという間に変わってしまった。


 なにが変わったのかと問われれば、即答しかねるものの。

 あえて言うなら空気だろうか───。


 他人の家に感じる、独特の空気のそれ。

 そう。決して自宅では感じるはずのない空気だ。


 だが、わかる。

 わかってしまった。


 ここはもう、ナセルの家ではないのだと……。


(いや───。思えばずっと前からそうだったのかも知れないな……)


 そっと扉に手をかけると、勝手知った様子であけていく。


(ただいま…………)

 ……キィィ──────。


 フンワリ漂う人の生活臭。

 そして、品の良い家具の匂い……。


 ふむ……?──意外だな。


 もっと小汚く使っていると思っていたが、存外綺麗に整頓されている。


(──いや、アイツらがやるわけないか)


 そうだ……。整頓こそされてはいるものの、それがアリシアやコージの手でないことは明らかだった。


 なにせ、アリシアはたいして料理もできないし、掃除洗濯も面倒くさがっていた。

 ついでに言えば、……コージに(いた)っては、家事をやっているところすら見たことがない。


 居候のクセに……!

 そういえばと思い出せば、ナセルがほぼ全てをやっていたのだ。


「今になって……考えれば、考えるほどにありえないことだよな」


 居候先の主人に家事をやらせるとか、非常識にもほどがある。


 今もどうせ、人を雇っているんだろう。

 掃除も洗濯も、明らかに他人の手が入っているのが見て取れる。

 その証拠に、部屋の隅にはナセルの使っていたものではない掃除道具や洗濯籠があった。


 多分、金に飽かせてメイドでも通いで雇っているのだろうさ。


「チ……! いい気なものだぜ……」


 そして、ナセルは気付く。

 生活臭に混じって、微かに香るアリシアの匂いと───コージの体臭。


 当然、そこにナセルの物はない……。



 あぁやっぱり。



 もはや、ここは──他人の家だった。


 家に入ってすぐ。

 玄関───。


 ……そこに佇んでいるだけで、ナセルはここが既に他人の家なのだと理解してしまう。


 ──してしまった。

 

 奪われ、塗り替えられたのだ。


 ………………いや。思えば───もうずっと前からそうだった。

 薄々わかっていたし、その(じつ)───心では理解していた。


 全ては自分の甘さが招いたことだが……、勇者コージを居候させて以来、ここはもうナセルの家ではなかったのだろう。


 貯えた金で買ったささやかな家だが……。

 もう、ここにナセルの居場所はなかった。


 そして、すでに未練も……何もなかった。


「だからさ、」

 アリシアとの思い出がよぎる。


(なぁ、アリシア───)


 玄関先で洗った彼女の足の白さ。

 彼女といってらっしゃいの挨拶の口づけを交わして見送られ、……また見送ったこともある日々。


 時には冒険者として、ともに活動し──ともに戦ったこともある。


 その思い出がここだ。

 ここなんだ!


 けれども、それはもう──────。


 今はもうない。

 どこにもない。

 欠片すらない。


 ──だからさ、


 そう……だから。だから、

「……だからさぁぁぁあ、───もぉぉうう一度思い出を塗り替えようぜぇぇえ!!!」


 アぁぁぁぁあリシアぁぁぁぁぁあああ!!


「───忘れられない思い出を作ってやるぜぇぇぇぇえ!!」



 まずはここからだ!

 ──消えてしまえぇぇぇえええ!!!!


 MG34(軽機関銃)を構えるナセルは、


「うおおおおおおあああああああ!!!」


 ズダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!



 ボカン、ガシャン、バリーーーン!!


 と、弾丸を食らって家具や壁が弾けていく。

 その中には、玄関にはアリシアにねだられて買った瀟洒な絵画があったが、それもズダズダに撃ち抜く。


 靴箱には彼女の買い漁っていた様々なブーツと、ナセルの使っていた使い古しの革靴があった。

 だが、それらも7.92mm弾が容赦なく引き裂いていく。



 ズダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!



 ホウキやバケツ。

 足洗い用の桶、壺や様々な家具をすべて破壊していく。


 その騒音は、家中に響いているだろうに……。



「アぁぁぁぁぁぁぁああリぃぃぃシアぁぁぁぁぁぁああああ!!」



 とっとと出てこいやぁぁぁ!!



 ズダダダダダダダダダダダダダダダダ!!

 ズダダダダダダダダダダダダダダンン!!



 MG34が快調に弾を吐き出し、あっという間に玄関をボロボロに破壊する。


 それでもクソ女は出てこない。

 悲鳴すら聞こえない。

 何も反応がない。


 だが……いる。

 いるんだ……!


 分かる。

 ナセルには分かる……。


 この家に入った瞬間に、確かに人の気配を感じた。

 そして、その気配のなかに彼女の香りを感じた。


 他人のはずがない。

 ナセルが間違えるわけがない。


「ふ……。フフフ! いーい度胸じゃないか」


 これだけ大騒ぎしても悲鳴一つ上げないとはな。


 勇者コージと日長、1日イチャつくだけあって、衝撃には強いってか?


「いーーーーーー度胸だ。いーーーーーー度胸じゃねぇか!!」


 バコーンと、玄関から居間に続くドアを蹴り飛ばす。


 次はここだ!


 居間が終われば、次は風呂と便所、そして台所────あとは居室と書斎と寝室だなぁぁああ!


 えぇ、おい!



 どーーーーーーーーーせ、コージとイチャついたあとだろう?

 今は寝るために寝室にいるんだろぉぉお!!


 元々は、俺とお前の寝室だったあそこによぉぉぉぉおおおお!!!


「最後に、とっといてやるぜ!」


 あー畜生!

 楽しみじゃないか!!


 アリシア(クソビッチ)の悲鳴を聞きたくなってきた!



「はははははははははははははは!!」



 こんな家、こんな家! こんな家ぇぇえ!

 ぶッッッッっ潰してやる!!


 ズカズカズカと、居間に入ったナセルは部屋の中央に置かれているダイニングテーブルに、ドカッ!!──と、MG34を据え付けると、居間全体を照準した────そして、



「ぶッッっ壊してやらぁぁっぁぁあ!!」



 ──ズダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!

 ──ヅダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!



 パァン、キィン、コォンカァンギィン!!



 バリーーーーーン!!


 ボンッッッ───!!



 アリシアと並んで座ったソファーを。

 アリシアと囲んだテーブルを。

 アリシアと使ったお皿を。

 アリシアと傾けたグラスを。

 アリシアと当たった暖炉を。

 アリシアと眺めた窓を。

 アリシアと調整したランプを。

 アリシアと作った手製の笛を。

 アリシアと弾きならしたリュートを。

 アリシアと謳った空間を。


 アリシアと、

 アリシアと、

 アリシアと、

 アリシアと、

 アリシアと、

 アリシアと、


「アリシア……」



 ズダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ────!!



「アリシア──」


 

 ズダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!!!!!



 アリシアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!



「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



 ズダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!!!!!

 ──カシュンン……!!


 チィン、キィン……キリィン……──。



「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ……──」






 アリシア…………。




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