第60話「彼の者来たり──」
──警戒!!
周囲を警戒していた工兵分隊から鋭い警告が飛ぶ。
なんだ!?
何が来たッッ!!
工兵たちが注視していた空を見上げるナセル。
そこには──────。
キィィィィィィィン──────……。
空気を切り裂く音とともに。
何かが────何かが空に?!
あれは……、
「ドラゴン──…………だと」
もしや、またバンメル元帥の召喚獣か?!
いや……! まさかな、バンメルは確かにナセルが降した。
あのケガでは、そう簡単に復帰できないはずだ。
ならば、コイツはなんだ? 何者なんだ?
目を細めて空を見上げるナセルに向かって、
ギェェェェェェェェン────……!!
最強たる生物が吠えた!
それだけで、ビリビリと空気が震える。
「こいつは……ドラゴンじゃない!──飛竜か!」
空を遷移するのは、ナセルに馴染みのあるドラゴンよりも、よりシャープな面影をしていた。
シルエットだけなら、いっそナセルが召喚するメッサーシュミットやフォッケウルフに近い気がする。
だが、メッサーシュミットもフォッケウルフも既に帰還させている。
こいつはドラゴンの近縁種。
……飛竜──────!
『敵襲、敵襲ぅう!!』
対空銃座に取り付いた擲弾兵が、機関銃を空に指向しつつ、別の方角を指差し周囲に警戒を呼び掛ける。
なに?!
ひ、飛竜だけじゃない!
他にもいるだと──────?
空を覆い尽くさん巨鳥の群れ───。
あれは……。
「───怪鳥の群れ……?」
飛竜に混じり複数の飛翔体が上空に現れた────。
複数、
飛竜と怪鳥の群れ──────!
群れ?!
ま、まさか、こいつら……!
──────ッッ!
こ、
「───このタイミングで来ただと!?」
くそッ、面倒な連中が来やがった!
ナセルは知っている。
元の軍人時代に、噂で聞いたことのある程度だが、王国最強の戦力のことを。
…………ま、間違いない。
こいつらは噂の精鋭中の精鋭ッ!
「空を舞う近衛兵────」
そう、近衛兵団の───空中機動戦力だ!
──空中機動戦力。
それは、飛竜や怪鳥などの、魔族側が良く使う空の魔物を王国が鹵獲し飼いならしたもので編成された特殊部隊のこと。
それが、『空中機動戦力』だ。
「本当に実在したのか……!」
ナセルが軍にいたころから、誠しやかに囁かれるくらいの──いるかどうかも分からない部隊。
幻の近衛兵たち。
そして、幽霊部隊……。
だが、どこからか漏れた情報であっても、最強と噂されるほどの部隊!
それが空中機動戦力なのだが……。
(まさか、本当にこんな連中を編成していたとは?!)
魔族が使っていた飛竜と怪鳥を飼いならすのだ。それは困難を極めるし、どうしてもスキルが必要になってくる。
魔物の使役には、特殊な職業の力が絶対不可欠。
それが、調教師。
召喚士の様に、魔物を使役できる調教師という職があるのだ。
だが、召喚士と同様に非常にレアな職業で、知見も少ない。
人類に分かっているのは、彼らのLvが向上すればドラゴンが使役できるかもしれない────という程度。
当然、絶対数が少なく、召喚士以上に希少な職業でもある。
当時の噂では、飛竜や怪鳥を専従の彼らが世話をしているとか──。
随分と苦労しながらも手懐けているというとか──。
そういう噂話があった程度……。
……なのだが。
図ったようなタイミングで、
「なんで、いまこのタイミングで面倒な連中が出てくる────!」
王城を攻略中にも現れなかったくせに、ナセルが勇者を倒すために転進したとたんに、これだ!
当然、敵勢力だろう。
ならばいっそ、初撃からメッサーシュミットを召喚して叩き落としてやろうかと考えたが……。
そのうちの一騎がナセル目掛けて急降下してきた。
───ゴォォオオ!!
翼が空を切る轟音!
それは、ひときわ巨大な飛竜だった。
近くで見れば分かる。
ドラゴンのようで、ドラゴンとは少し異なる。
そいつはドラゴンの様な知性を感じさせない風貌で、より魔物に近く──面影は爬虫類寄りだった。
だが、色艶、そして雰囲気は確かにドラゴンに近い。
(ドラゴン…………)
胸にズキリと痛みを感じる。
ナセルにとっては、ドラゴンとは馴染みのある相棒で、それと似た顔をした飛竜を見るのは、心が痛むものがあった。
そいつが、迎撃を恐れず急接近すると──
そのまま、ドイツ軍の上空を航過していく。
その様子にドイツ軍が最大限警戒し、
『空襲ッッッ!!』
鋭い警報が飛び交う。
まだ態勢の取れていない段階での空襲に、さすがのドイツ軍も行動が遅れてしまった。
召喚したてのLv6の擲弾兵は重武装だったが、対空戦闘は荷が重いかもしれない。
慌ててハーフトラックの対空機銃を空に向けるが、飛竜の動きに追従できなかった。
「く───!!」
みるみるうちに急接近する飛竜。
背中には一人の騎手が飛竜用の装具で跨がっていた。
重そうな鎧に兜に盾!
だが、それをモノともしない飛竜───!
ブワサっ! と飛び退ったそいつは一度ドイツ軍の上を旋回したのちまた群れに戻っていくも────。
その背中の騎手がナセルを見た。
そして、ナセルも見た。
奴を見た──────!
ま、
まさか……。
「いよぉ? オッサンじゃねーか……!」
サッと航過する瞬間に掛けられる声。
そいつは────。
ああ、そいつはぁぁああ───!!!
「コぉぉぉぉぉぉーーーーーーージぃぃぃぃぃぃいいい!!」
「へへ」




