第45話「怒りの鉄槌」
──小隊効力射ッッ!
レシーバーが割れんばかりの大音響!
ヘッドセットの向こう側では、きっと砲兵が忙しく動き回っているのだろう。
繋ぎっぱなしの無線から、「ドコォォォォン!!」と連続する爆発音が聞こえる。
それから数秒遅れて──はるか後方で同じように音が響く。
韻々と王都を圧するように、ゴコォォォン! ゴココォォォン!!──と連続する砲撃の音。
本当に教会の方から撃っているらしい。
そして、それは来た────────。
まずは空気の擦過音。
空を切り裂く砲弾の飛翔だ!
そして、空軍士官の悲鳴のような警告。
『伏せてください! 効力射が来ます!!』
先ほどよりも大きく重なる音。
シャシャシャではなく、
ジャジャジャ……──、
ジャジャアァァア゛ア゛ア゛ァァ……と。
「うお! 何発撃ってるんだ!?」
『知りませんよ! 目標が瓦礫になるまで撃ちます──砲兵の仕事はそういう……』
アアァァ……ォン……ァァンン────という耳障りな空気の擦過音が空に轟いたかと思えば、ピタリと止む。
ッッ!!
『弾着きます!!』
ゴポォォォンンン……!!
着弾ッ!
炸裂!!
だ、だけど……?
「な──なにぃぃ?!」
続けて、ズガン、ズガンズガンン!! と次々に降り注ぐ砲撃。
しかし、それが──────!
「──く、空中で炸裂しているだと? なぜだ!?」
ふ、防がれた……? いや、あれは……。
パリパリと帯電現象が起こっている。
城の真上で爆炎と虹色の光が生まれていた。
あれは……、
「し、城を覆う障壁……だ、と?」
信じられないことだが、突如目に見えるほどの強力な『障壁』の魔法が発動し、王城をすっぽりと覆うように顕現した。
その障壁がドイツ軍の砲撃を防いでいるのだ。
虹色に輝く障壁の上で真っ赤な炎と黒煙をふき出す榴弾。
だが、目標の外で炸裂し、それはまるで空中で爆発しているかのような有様だ。
炸裂するたびにブルブルと障壁が震えているが、あの強力な砲撃を完全に防いでいる!
「くそ! まだまだ奥の手があるのか──」
そこにあのクソ野郎がしゃしゃり出てきやがった。
豪華な騎馬戦車にのったクソ国王が、至近弾を浴びたのか、煤で真っ黒になった顔を怒りに歪めて怒鳴り散らす。
「ナァァァァァァセル・ヴァァァァァァァッァジニアァァァァァァ!!」
あのアホ。
フッ飛んで死ぬぞ?
俺がぶち殺すまで、大人しくしてやがれ!
「くそのような兵に気を取らせての魔法攻撃とは! はッ──卑怯な異端者のやりそうなことだ! ……だが、ワシの城はそんなことも想定済みじゃぁぁぁ!」
──見ろッッッ!
──勇者の国の城が、どういうものかという事をなッ!
「これが古代の魔導防御! 我が城を悪意から守る『大障壁』じゃぁああ!!」
クソ国王のいう『大障壁』とやらは、なるほど……強力らしい。
そいつが、王城の城壁から発生し、ドーム状に『障壁』で尖塔部分まですっぽりと覆っている。
「ガハハハハハハハ! 見たか異端者! 魔王軍との戦争に備えて、古代より受け継がれし魔法技術!──貴様のチンケな召喚魔法など防いでくれるわ!」
はん……?
古代の魔法だぁ? そんなもんあるなら最初から使えよ。
どうせあれだろ?
制約モリモリなんだってとこか?
(テメェの面を見たおかげで読めたぜ──)
国王は余裕に振舞っているが、ナセルにはそれが強がりにしか見えなかった。
城全体を覆うことができる防御魔法があるなら最初から使っているだろうし、なにより王が自ら出張る必要もない。
ナセルが王都で暴れ回っていようとも、殻に籠ってしまえばいいのだ。
それをしないということは、あの障壁には何か制約があるのだ。
王城の正門部分までもがすっぽりと障壁に覆われて、虹色に輝く薄い膜に閉ざされていた。
その向こう側でふんぞり返っている国王。
だが……。
「は! いいぜ。やってやるよ──」
ドイツ軍は言った。
『目標が瓦礫になるまで撃ちます──』と。
たったら、
「滅茶苦茶撃ちまくってやれッ!!」
『了解!』
ナセルのギラ付いた視線をうけ空軍士官が大きく頷く。
『小隊全力射撃! 目標は無傷。命中ならず!!』
《ザ──修正射か? 座標を再度送れ──》
『いいから撃てッ! 敵を撃破するまで効力射だ!』
《了解》
それだけ言うと、返答もそこそこに耳を押さえて身を隠す士官。
口を大きく開けて、ナセルにも同様の姿勢を促す。
『全力で退避してください! ここは地獄になります!』
「わ、わかった────戦車、全力で後退だ! 擲弾兵の退避している所まで後進、いっぱぁぁい!!」
ガガガガガ! とキャタピラが唸りを上げて後退し始める。
事態についていけなくなったのか幾人かの近衛兵が茫然と彷徨っているが、それを路傍の草の如く踏み散らして戦車は猛スピードで後退する。
後方の安全どころではない。
幸いにもハーフトラックは後退できたらしく、工兵たちが仕掛けたという罠がある箇所で急造の陣地を構築していた。
戦車の進路を塞いでいるのは近衛兵の小集団くらいなもの。
そんなもの知るか! 轢き殺せぇぇ!
ガパァァァァン!──「「ぎゃああ!」」と、いくつかの小集団を戦車3両が横隊になって引き潰し、猛然と後退していく。
その先では、城と都を繋ぐ大通りに堂々と展開した擲弾兵中隊が、家屋を破壊したり、家財道具を引っ張り出したりしてバリケードを作っていた。
まだ完成はしていない様だが、工事は継続して行われているらしい。
背後や側面にはハーフトラックを横付けし射界を確保しつつも、工事の間に似合わない間隙を塞いでいる。
なるほど、理想的な阻止陣地だ。
急造にしてはやる。
この完璧な仕事は、工兵の手際だろう。
住民を追い出して住居を占領し、2階部分から身を乗り出した工兵がグルグル腕を回してナセル達の戦車を誘導している。
ここを通れと?
一カ所だけバリケードが開放されている。なるほど、わざわざ戦車が通れる隙間を開けておいてくれたようだ。
『急げ、急げ!!』
すばやく隊形変換し、横隊からの一列縦隊。戦車は整然とそれを行う。
ほとんど速度を落とさずやるのだから、技量は神業の域に達している。
ドイツ軍の隊形にそこまで熟知していないナセルでも、騎馬隊の隊形変換だと思えばその技量に舌を巻く思いだ。
そのまま後退していき、バックで駐車するかのように、戦車の尻から擲弾兵の作り上げた急増陣地に飛び込んでいく戦車小隊。
狭い陣地を走り抜け、少し掘り下げた戦車用の壕を見つけると操縦手は擲弾兵の誘導を受けて見事にきっちりとそこに車体を納めてしまった。
ほとんど切り返しもしていない……凄まじい腕だ。
ゴシュウウウウウ……と戦車のエンジンから白煙が立ち昇る。
かなり強引な運転だったのだろう。オーバーヒート寸前だ。
チラリと目を向けた先では、戦車兵達が車内でグッタリとしていた。それを尻目にナセルはようやく戦車から降りた。
陣地内は雑然としており、ドイツ軍が駆けずり回っている。
そこに『中隊長』の姿を見るとナセルは作業の被害状況を確認しようと近づくが──。
「────がっはっは! 逃げたか異端者のクズめが!!!!」
これまたデカい声で国王が叫ぶ。
ここからどんだけ離れてると思ってんだよ……。よくもまぁあんな声が出せるもんだが……。
『大障壁』とやらに護られて強気なのだろう。
だが、その余裕もいつまで持つかな?
『砲撃来ます!』
陣地内の誰かが叫ぶ。
その声を耳にしたとたん、ドイツ軍は全員作業の手を止め伏せる。
『『伏せろぉぉ!!』』
大げさに見えるようだが、全員真剣そのものだ。
目標としている王城からそれなりに離れたというのに!これだ。
バリケードに設置したMG42に取りついている兵だけは最低限の視界だけ確保して接近しつつある近衛兵団の小集団に注視ししている。
そこに、例の戦場音楽が鳴り響く──。
シャシャシャ──────……!
『伏せろぉぉぉおお!!』
『総員、伏せぇぇ!!!』
大声で復命復唱!!
注意喚起の声が伝播していく。
ドイツ軍は地べたに這いつくばる。
それを遠目に見ていた国王が大笑いしている!
「がっはっはっはっはっは! 見ろぉぉ、者共! 異端者どもが這いつくばっておるわ! 今さら赦しを乞うつもりらし──」
だがドイツ軍はガン無視。
『爆発するぞぉぉ!! 総員、伏せろぉぉ!!』
ジャジャジャジャ────、
ジャアァァア゛ア゛ア゛ァァ────!!
──────……ドコォォォオン!!
来たッ!!
最初は一発────。
ズズン……と『大障壁』が揺れる。
「ぬぐぉ!? ば、馬鹿め! 貫けると思うてか! 我が城の守りは鉄壁────」
ドコォォォオォン!
ズドン!! ズドン!!!
ドコン、ドコン、ドコン!!!
「む、無駄じゃあ! 異端者の魔法なんぞ、効くわけがなかろうが!」
ドコン!!
ドコン!!
ズドォォン!!
ッッ!! 揺れる大障壁。
「む…………無駄無駄ぁあ!」
ふんぞりかえる国王。
ドコン!! ドコン!! ドコン!!
ズドォォン!!
ピシッッッ!!
「あ……諦めたほうがいいぞ!──うん」
気を付けの姿勢の国王。
ドコン!! ドコン!! ドコン!!
ズドォォン!!
ビキキキッッ!!
「ち……ちょっとやり過ぎだぞ!──ねぇ」
背中を丸める国王。
ドコン、ドコン、ドコンズドンズドン!!
ズドォン! ズドォォン! ズドォォン!
ッッ! ッッ!! ッッッ!!!
あまりに激しい爆音に周囲の音が消えていく。
だがドイツ軍は止めない。
とーーーーーぜん、
撃ちまくる。
撃ちまくる。
撃ちまくるッ!!
「無駄だって言ってるだろうッ、だから止めて! ねぇってばぁぁあ!」
国王がなんか言ってるが──知らんッ!
撃て、撃て、撃てぇええ!!
奴らを打ち砕け砲兵よッッ!
ッッ! ッッ!! ッッッ!!!
「しつこい! 効かん! き、効かんよね? ねぇ? ねえねえ?!──……もうぅうぅ!!」
国王の叫びも次第に爆音にかき消されていく。
猛烈な爆炎に包まれる王城の上部の大障壁。
その様は、まるで活火山だ。
それを彩っているのはドイツ軍砲兵射撃。
あきれるほどの砲弾を撃ち込んでいる。
そのうちに、何発かは王城をそれてどこへやら?
そのいくつかは戦場に落下──。
狼狽え弾が、王城を逸れてナセル達が先ほどまでいた戦場に降り注いでいく……。
あ、あいつら死んだな。
「「「ぎゃああああ!!」」
無防備に戦場で一塊になっていた近衛兵たちに直撃。
そいつらは口から内臓をふき出して空に舞い上がる。
砲撃と重力で内臓が押しつぶされているのだろう。
吹っ飛んだ連中はもれなく即死だ。
爆発の危害半径にいた連中も破片と爆風に切り裂かれてズタズダ。それでも、まだまだ前進してくる集団もあるが、控えめに言って突撃の第一波はほぼ壊滅している。
砲兵射撃に慈悲などない。
弾は落ちれば爆発。
敵味方の区別なく、落ちれば爆発するのだ!
だからドイツ軍は地面に這いつくばっている。目標から逸れて爆発するなど日常茶飯事なのだ。
実際に狙った場所でなくても、その余波でこれだ。
ぐちゃぐちゃになった近衛兵たち……。
ドイツ軍が慌てて後退するのも頷ける。
ドゴォォォォォン!!
ドゴォォォォォン!!
ナセルも地面に這いつくばり、首だけ動かして『大障壁』を確認する。
連続する砲撃にブルブルと震えている。
いまだ、貫通弾こそないが────。
ドコォォォォォン!!
ズガァァァァァン!!
ピシ……。
「ちょ!? やり過ぎ……!」
あまりの連射に国王が顔面をひきつらせている。あのふんぞりかえっていた様子はどこへやら?
ズガァァァァァン!!
ズガァァァァァン!!
ビキキキ……。
「もういいだろ?! 無理なんだって!」
バガァァァァァン!!
バガァァァァァン!!
メキャ…………。
「ごめん!! もう、ごめん!! 効かないから、ね? お願ーーーい!!」
バゴォォォォォン────バキィィン!!
「嘘ぉぉぉおん?!」
オーマイガッと頭を抱える国王。
だが、その様子とは真逆にナセルはガッツポーズを決めるッ!
「通った!!」
イイイィィエス!!
あの『大障壁』に穴が!
そして、その影響で連続してひび割れていく虹色の障壁。
「ぬわにぃぃぃぃぃいい!?」
驚愕しているのは国王。
そして、城壁上では虹色の障壁に隠れて見えなかったものの、多数の魔術師らしい連中が次々に倒れている。
バタバタと倒れている連中は恐らく障壁の魔力元なのだろう。
古代のなんたらとはよく言ったものだ。
結局、発動と維持には魔力が必要で、負荷を受け続ければいずれ破綻するということ。
今は大障壁の一部が破られたため、魔力の揺り戻しで魔術師のうち消耗の激しかったものから昏倒しているらしい。
要するに魔力切れだ。
「な、なんてことを!? わ、ワシの城がぁぁ!!」
騎馬戦車の上で腰を抜かしているのがここからでもよく見えた。にしてもデッケェ声だなあの野郎。
そーかそーか。
そんなに城が大事か……、
「いいぞ! そのままブッ飛ばしてやれ!」
まずば、投石器から!
そのあとでジックリと、楽しみながら城ごとぶっ潰してやる!
「やれッ!」
どこか遠く……いや。教会で展開しているという砲兵から『了解!』と聞こえた気がした。
「──砲兵よ! 撃ってくれ!」