第44話「戦場の女神(後編)」
空を圧する大音響──────。
シャシャ…………。
シャシャシャ…………。
シャシャシャシャシャャァァ───……!
「な、なんだ?!」
パパパパパパパンッとMP40を乱射して、戦車に取りつこうとしていた近衛兵団の補助兵を撃ち倒した時に、それは起こった。
撃たれた近衛兵も、
周囲に群がる近衛兵も、
そして、
ナセルも思わず空を見上げる───。
──ズドォォォォオン!!
何の前触れもなく……。
いや、空を切り裂く飛翔音はあった。
そのあとに、猛烈な炸裂音が轟き、王城を成している一角────離れの尖塔の一つがぶっ飛んでいった。
まるで何か巨大なものに殴られたかのように……──。青い屋根をした尖塔の頂上部に命中した何かが濛々とした煙を伴って屋根ごと塔をを崩していく。
ガラガラガラ……ッッ!
「な、何が起こった?」
雷──……。
空は──、
(晴れている?)
ならば、雷などではない。
いや────これは、砲弾……か?
馬鹿な……。
ど、どこから?
俺には何も見えなかったぞ!?
ナセルは思わず自車と僚車を確認する。
それらが発砲したのかと思ったがそうではない。
3両の戦車小隊は今も相互支援し、撃ちながら後退しつつあった。
それも、擲弾兵中隊の後退を援護中なのだ。
ハーフトラックに群がる敵兵を踏みつぶしつつ、同軸機関銃と前方機銃を乱射しながら、ナセルの持つ近接火器で排除していた最中のことだ。
当然、戦車に砲を撃つ暇などない。
ならば何か?
その時、ナセルの装着するヘッドセットから音声が漏れ聞こえてくる。
《偵察機、こちら前進地上観測員──……着弾観測────……ザ……着弾観測。送れッ》
《こち…………機、た──……弾……》
《再度、送れッ……。偵察機!──感! ち、雑多し! 今から、戦車の無線を借りる!》
ん?
後方の部隊と上空の偵察機との交信を誰かが中継しているらしい。その音声を戦車の無線が傍受しているのだろう。
《ザ──……観測修正、座標を送れッ! こちら砲兵! 送れッ! …………ザ。……感なし、そちらの感送れッ!》
これはドイツ空軍士官の前進地上観測員と、……後方部隊の交信か?
あのドイツ空軍士官は、擲弾兵と一緒に後退したと思っていたが……どこへ行ったんだ?
いや、それよりも、彼はどこと交信しているんだ?
ナセルが疑問に思い口を挿もうとした瞬間。
カンカン!
何かが戦車の装甲を叩いている。
ビクリとして顔を向けると、青い軍服の空軍士官が拳銃片手にサイドカーで戦車と併走していた。
『指揮官どの! 戦車に移譲します────そっちの無線を使わせてくださいッ!』
それだけ言うと、あっという間に戦車に飛び移ってきた。
サイドカーは空荷になった側車をそのままに後方へ去っていく。それを呆気に取られて見ていると、
『失礼! 無線を────!』
無理やり移譲してきた空軍士官が砲塔の前に回り、敵の臓物でベタベタになった砲身にしがみ付きつつ、無線手のハッチを開け中の乗員と二、三やり取りをしている。
そのまま、予備のヘッドセットを借り受けると、砲塔後部に回り込み戦車に跨上。
そのまま、戦車の工具入れから、専用工具を取り出すと、慣れた手つきで外部プラグを開放し、ヘッドセットの端子を差し込んで勝手に交信し始めた。
『導通試験、導通試験──こちら、』
戦車跨上のまま、空軍士官は一方的にまくしたてているが、ナセルにはワケが分からない。
『こちら中継。「上空観測」及び「砲兵」、そちらの感送れ!』
ザ────……。
《FOの感よし》
《砲兵の感よし》
ザッ……────!
『感よし! 中継する──観測送れッ!』
ナセルの疑問に答える隙も無さそうだが、
《──ザ……着弾を確認。ただいまの着弾、遠弾。続けて修正射──方位そのまま、下げ150》
ヘッドセットから聞こえてくるのは上空に偵察機のものらしい。
『了解、中継する。……こちら「中継」、「砲兵、砲兵」。ただいまの着弾は遠弾。続けて修正射──方位そのまま、下げ150』
偵察機から受けた報告を、そのままオウム返しのように空軍士官が後方へ送っている。
後方?
って、
まさか……砲兵────なのか?
《ザ……。着弾修正、了解。────修正射1発ッ》
これは、ドイツ空軍と砲兵との交信?
「何をしているんだ?」
『中隊長』に言われるままに砲撃要請したとはいえ、ナセルにはその本質が理解できていなかった。
『指揮官殿! 身を隠してくださいッ! 至近弾を喰らったら死にますよ!』
言うが早いか、空軍士官は砲塔後部に身を隠す。
至近弾だって?
いったい、どこから…………。
シャシャ……!
シャシャシャシャ……!
シャシャシャシャシャッ────……!
またか!? 見えないぞ?
どこから撃ってるんだ────??
『指揮官殿! 早く、中へッッ』
「く……了解した!」
────ズドォォォォオン!!
さらに一発の砲弾が降り注ぎ、王城内に飛び込んでいった。
その砲弾は相当際どい所に着弾したらしく、正門付近に落下。
城壁に護られていた内部の投石器を何台かぶっ飛ばしたらしく、空高くに残骸が巻き上がっているのが見えた。
予備部隊として控えている国王の騎馬戦車も至近弾を喰らってひっくり返りそうになっている。
(──おい! 殺すなよッ!)
自分の手で仕留めたいナセルは一瞬焦るも、魔法防御でも施しているのだろう。
国王の騎馬戦車は一見無傷に見える。
とはいえ、無事なはずもなく──「ぶげぇあ!」とかクソ国王が叫んでいるのが見えた気がしたが、ナセルのほうにも破片が飛び込んできて、そのドサクサで見失ってしまった。
ビュン! と耳を掠める破片。
砲弾の落下からすぐに猛烈な勢いで破片が飛び込んでくるッ!
「ち、近すぎる!」
『スツーカの急降下爆撃なら、これ以上なんですよ。とは言え、クソッ! 砲兵の下手くそめ……!』
次々に飛来する破片に危なっかしくて顔も上げられない。
ガンガンゴォン! と戦車の装甲にぶち当たるのは、破壊された投石器用に準備されていた石弾か、あるいは投石器そのものか──はたまた操作員かは知らねども、空飛ぶ凶器と化してナセル目掛けて飛来する。
ハッチを開けっぱなしにしていたら危ない所だった。
《──ザ……着弾を確認。────遠弾。続けて修正射──方位そのまま、下げ50》
『ち……思ったより弾着がバラけるな……。しっかり観測しろッ、ド素人が……!』
《聞こえてるぞ!》
『おっと、……んっんッー。こほん、中継する。──ただいまの着弾、遠弾ッ! 修正射──方位そのまま、下げ50!』
悪態をついている空軍士官に対して、無線の先の声は冷静そのもの。
……いや、同じく無線を切った先ではお互いを罵っている可能性もあるのはあるが……。
《ザ……。着弾修正、了解。────修正射……1発》
後退しつつも車載機関銃をばら撒く戦車。
そこに混じって試射からの爆発による破片が降り注ぐのだ。
どっちも晒される近衛兵たちには脅威そのもの。
なにもできずに大損害を受けている。
かなり数を減らした近衛兵たちはグチャグチャに引き潰されたあげく、破片に巻き込まれて阿鼻叫喚の様相を呈している。
「す、すごい威力だな!? か、雷なのか?!」
戦車砲の砲撃でないなら? なんだ?
砲兵ってのは雷を降らせるのか!?
『いえ、105mm榴弾砲──ようは、遠距離から大砲をブッ放しているんですよ』
「た、大砲?!」
ナセルの間抜けな問いに律義に返してくれる空軍士官。見れば、至近弾を少し浴びたのか頭から一筋の血を流していた。
戦車の砲塔後方にいても安全ではないのだろう。
だが顔色一つ変えていない。
怪我など、まるで些事だと言わんばかり。
「大砲って、……まさか?」
『教会の跡地に展開中の砲兵の仕事です』
これが砲兵だって?!
「教会って……嘘だろ!?」
おいおいおい……。どんだけ離れてると思ってるんだ?
王都の端に位置する教会本部。
その場所から王城は尖塔部分しか見えないくらいに離れている。
肉眼で目視するのは容易ではない距離。
──確かに『中隊長』に言われて召喚はしたものの、航空機に比べて過度な期待はしていなかったのだが……。
『──砲兵は戦場の支配者です。作戦の全ては砲兵のためにあると言っても過言ではありません』
高所、緊要地形、視射界────。
戦場を支配するにはこれらを兼ね備えた『観測点』を得る必要があるのだという。
今行っている航空機による観測は、通常なら滅多に行わないらしい。
なにせ、上空を遷移する時間は限られており、常に移動し続けるので観測がブレるから──とのことだ。
ナセルにはそのどれも初めて聞く話だが、戦場を支配する地形というのはよくわかる。
そういった場所には大抵、城や砦が築かれているものだ。
魔王軍との戦いでも砦のある位置は高所で見晴らし良い位置にあることが多い。
もっとも、そんな場所は大抵ドラゴンや怪鳥どものいい目標でもあるのだが……。
いや、そんなことはどうでもいい。
それよりも、
「こ、これで終わりか?」
さっきの雷────砲撃はすさまじい威力だった。
完全に王城の内部に展開中の投石器を破壊したとは思えないが────、
『いえ、今のは試射です』
試射?
えっと、試し打ちってことか?
な、なるほど……。要は投石器と同じだ。
あれも試し撃ちをするからな。
……試しに撃ってみて微調整。
着弾観測ののち一斉射撃……。
ナセルとて元は軍人。
ドイツ軍砲兵のことは知らないが、投石器の一種と思えばわかる。
あれなら、軍の課程で一応……さわり程度は学んでいた。
とは言え、射撃兵器については素人も素人だ。
実際、どこまで理解できるかわからない。
多分、本質は理解できないだろう。
それほどまでに、ドイツ軍というのは異質なのだ。
見ればわかるだろう?
霞むほどの遠距離から一方的に砲撃する。
試射の威力でこれだ。
一度目の試射は王城からそれて尖塔に命中した。
二度目の射撃は、王城正門付近に着弾……いわゆる至近弾。
ただ、目標とする投石器群はもっと近く……、王城の閲兵広場に並べられている。
そこを狙ったとすればやや外れているが──。
いや、待てよ?
一発目が目標からかなり遠くに命中し、二発目はやや遠くに命中した。
ということは……?!
シャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャッァァァ──────……!
きた!?
『今度は当てろよー! 無駄飯くらいの砲兵め……!』
────ズドォォォォオン!!
「「「ぎゃああああ!!」」」
王城の方で大量の悲鳴があがる。
バラバラと巻き上がった土塊に混じって、投石器と操作員が多数混じっている。
──これはもしや、直撃したのだろうか!?
あの忌々しい投石器をぶっ飛ばせると思い、偵察機からの報告をじりじりとして待つ。
…………。
《──ザ……着弾確認。────近弾。夾叉した! 効力射に移行せよ!》
来た!!
『──了解!! ただいまの着弾は近弾……!──夾叉した。夾叉した! 続けて効力射!! 効力射ぁぁぁ!!』
空軍士官の興奮した声が聞こえる。
無線の先で中継する彼をして予想外だったのか、2射目と、3射目の着弾が丁度目標たる投石器群に交差したらしい。
城壁が邪魔でナセル達からは見えないが、上空の偵察機からは良く見えているのだろう。
着弾が目標を挟む状態を夾叉というらしいが……。
この状態でもって初めて全砲門を目標に向けて発射するという。
今から、皆で一斉に撃って更地に───。
《ザ……了解。────効力射に移行する……。弾種榴弾、信管着発、》
さあ、聞けよ!
榴弾砲の歌声は今──────!
《小隊効力射ッッ! 効力射ぁあッ──》