第37話「衝突五秒前」
※ 書籍情報 ※
書籍、第六回なろうコン受賞
『拝啓、天国の姉さん…勇者になった姪が強すぎて──叔父さん…保護者とかそろそろ無理です。』二巻
5月10日、発売中!
一巻ともども是非ともお手に取ってください!
では、↓本編です!
『指揮官どの! 王城上空の偵察機から入電!』
戦車上のナセルに向かって空軍士官がサイドカーから連絡を寄越す。
「? ……なんだ?」
首を傾げるナセルに続けて言う。
『はッ。王城の敵──予備兵力を展開中。現在騎兵等の混同戦力を集結させているとのことです!』
なに? 壊滅したんじゃなかったのか……。
予備兵力ってことは徹底抗戦するつもりだな。面白い。
「たいしたもんだ。まだやるつもりか……? ──いいだろう。スツーカに吹っ飛ばさせろ」
『──現在、スツーカには大型爆弾の残弾がありません。機銃と自衛火器のみです』
なんだって?
「さっきの──急降下爆撃ってのは一回しかできないのか?」
『はい。次の出撃までは機銃掃射による妨害しか期待できません』
そうか……。しまったな。
次の出撃ってことは再召喚のことを言っているのだろう。
……今から召喚して間に合うのか?
「一度、帰還させる。再召喚で間に合うか?」
『難しいですね。偵察機からの報告をまとめると、敵は既に分散しています。王城に散った敵戦力を各個に撃破できなくもないですが……、精度と時間、コストを考えるとさほど効果は見られないでしょう』
ただ、
『王城そのものを破壊することはできます』
「ダメだ」
間髪入れず返したナセル。
そうとも、ダメだ。
「──国王が巻き込まれるかもしれない」
『…………了解』
空軍士官は、みなまで言わずとも察したらしい。
ナセルが自分自身の手で復讐したい──そう考えていることに。
そうとも……。
爆撃で吹っ飛んでお仕舞なんてのは温い……。
そんなの温すぎるッ。
とーーーーーーぜん。──同じ目に合わせてやる!
必・ず・な!
『では、上空支援のメッセ―シュミットとスツーカには地上掃射を命じます。誤射の危険があるため、部隊の前進距離に応じて中止させますがよろしいですか?』
「あぁ、頼む」
次案としての地上掃射を提案してきた。
現時点では次善の策だという。──いいだろう。任せるさ。
空軍士官がサイドカーに取り付けられた無線に走り寄ると、何事か通信している。
しばらくすると、視線の先で王城上空を旋回していた戦闘機と爆撃機の編隊が連携しつつ、逆落とし気味に降下して城壁と王城敷地内を銃撃している。
その度に城壁が削られているが……。
なるほど、腐っても王城の城壁だ。
見た目以上に頑丈に作られているらしい。
おそらく魔導防御も施されているのだろう。
「聞け。──敵が予備兵力を展開中! 激しい戦いになるぞ!」
『『『了解!!』』』
無線に向かってがなり立てるナセルに対してドイツ軍は力強い返答。
むしろ意気軒高と言った様子で銃を空に向けて歓声を上げている。
『うおおおおおおお! うおおおおおおお!』
コイツら……。
どんだけ戦いに餓えているんだ?
『進め! 進め! 進め!』
『前へ! 前へ! 前ぃぃへ!』
──フラァァァアアア!
召喚前の彼らがどんな戦いをしていたのか知らない。
そもそも、彼らを知らない。
ただわかるのは、鬱屈された勝利への渇望。
前へ進みたい。
敵を蹂躙したい。
勝利を掴み取りたい。
その熱意のみ……!
なるほど、愛すべきただの戦争狂どもだ。
きっと、彼らの世界では、ドイツ軍は凄まじく辛い戦いを強いられているのだろう。
だから、泡沫の夢とは知りつつも、この世界中での束の間の勝利を得るために遮二無二なれるのだ。
勝利という麻薬を得たいがために!
だから興奮する。熱狂する。憤怒する。
凄まじい興奮と、伝わる憤怒、そして歓喜。
ナセルの身を焦がすような怒りと彼等の世界を滅ぼさんばかりの熱狂!
狂っているとさえ思えるその情熱は、今のナセルからすれば、実に頼もしい限りだ。
ははははははは!
いいとも!
「いくぞ、諸君! 全力で突進────王城内の戦力を殲滅せよ!」
『『『了解です!!』』』
ババッッッと、車上から敬礼をうけ、返礼するナセル。
この仕草にももう慣れて来た。
「全速前進!」
先頭をばく進する戦車に誇乗するナセルは全速力を命じる。
王都の石畳が悉く砕かれていき、まるで廃墟のような様相をさらしているが……。
それでいい。
ナセルは王都を廃墟に変えてやるも同然に考えているのだ。
俺を糾弾し、大切な人たちが殺されるのを笑ってみていた連中なんぞ知るか。
直接攻撃しないだけでも感謝しろ!
住民どもがどうなろうと俺の知った事ではない。
むしろ俺を知れッッ!
全てを知れッッ!
お前らの罪を知れッッ!!
「障害に構うな! 全てを蹂躙しろ!」
『了解』
ギャラギャラギャラ!!
そうして、戦車一個小隊3両のⅣ号戦車と装甲擲弾兵一個中隊、そして支援の工兵隊は一路王城を目指す。
立ちふさがる全ての障害をまさに鎧袖一触の勢いで……!
ナセルの復讐を果たす興奮も最高潮だ。
邪魔な復讐の添え物たるは、国王で最後。
国王に最大限の「御礼参り」をしたあとは、いよいよ勇者コージと────愛しい妻アリシアに復讐することができる。
あぁ、あぁ、待ってろよコージぃ!
あぁ、あぁ、あぁぁーーーーーーーー待っててくれ、愛しいアリシア!!
もうすぐ、もうすぐ行く。イカせてやる────逝かせてやるともさ!
待っててくれよぉぉぉぉお!!
「突撃ぃぃ!!」
『『『うぉぉぉおおおおおお!!!』』』
※ ※
~~♪
~♪
※ ※
『『『ファラァァァ♪ フラァァァアア♪』』』
勇壮で軽快な音楽と共に、それは来た────。
壊滅し、逃散し、残骸になった国王の直轄戦力たる近衛兵団の前にそれは来た!
ギャラギャラギャラ!!
盛大な音を立てて驀進する黒衣の軍勢──。
さぁ、王国終了の時は来たれり!!
「停止!!」
ゴキキィィ……──という、重々しいブレーキ音!
ナセルの跨乗するⅣ号戦車H型がつんのめるようにして停車する。
『全車、停止!!』
無線を通して流れた『中隊長』の声に、装甲擲弾兵中隊は全車停止。
ゴリゴリゴリィィと、重々しい重車両群が石畳を割り砕いて止まる気配が伝わり、履帯の騒音が一瞬にして消える。あとには、ドルドルドル……という、力強いエンジン音だけが場を支配した。
「──拍子抜けだ」
ここまで来る途中、散発的に警備兵や近衛兵らしき小集団に攻撃を受けたが、まさに鎧袖一触。
高らかに謳い、履帯の騒音を立てて驀進するドイツ軍はあれほど目立つというのに、大規模な敵は一度として接触してこなかった。
小規模な敵や、単身で挑む無謀な者も中にはいたが、ハーフトラックに乗ったドイツ軍歩兵が車載機関銃で一連射するだけであっと言う間に逃亡した。
──ただまぁ、反撃しようと試みるだけまだマシなのかもしれない。
この都市全体で言えばもっと多数の兵がいるはずだというのに、今もその数はほとんど見られなかった。
兵がいたとしても、指揮官がいないというのもあるのだろうが、この都市自体の指揮系統に問題があるのかもしれない。
「ま、俺には好都合だ」
その首魁たる国王はここにおわす。
彼を叩けば、隠れているかもしれない大規模な敵の勢力も現れざるを得ないだろう。
……そんな敵がいれば──だが。
装甲擲弾兵中隊は乗車待機中。
車体から顔を覗かせる車載機関銃だけが油断なく王城の方を指向していた。
彼らドイツ軍は、戦車を先頭にしてその装甲を盾に敵火点から身を隠している状態。
いつ、城壁から応射があってもいいように備えているのだが、今のところ攻撃はない。
そして、戦車にのったナセル達はあっけなく王城前に到達していた。
「ここが…………」
──ガランとした王城前の広場。
そこは、かつてナセルが縛られ転がされ……。
そして────大隊長が焼かれて、両親が殺された場所……リズが甚振られた屈辱の地だ。
「──戻って来たぞ……皆」
悲痛に顔を歪めるナセル。
その視線の先には焼け焦げたような跡の土と、杭の突き立っていたであろう窪みがあった。
もう、ナセルの大切な人はいない……たった一人を除いて。
そうとも……それをやってくれたのは連中だ。
キッと見据える視線の先。
──その先には王の居わす城がある。
そうだ。
あそこだ。あそこにいる。
……復讐の添え物の最後。そこにはクソ国王がいる。
そして、奴の家臣どもと……クソ近衛兵団が詰めているんだろうさ。
復讐対象の根城である王城。そこを戦車の上からジッと見る。
もはや、勝ち負けなどない。
ドイツ軍を前にしたならば、「勝ち」しかないのだ。
ならば考えることはただ一つ。
どう勝つか────だ。
ナセルの目の前には広場と跳ね上げられた橋がある。
防御機構を兼ねた跳ね橋で……橋裏のトゲトゲまでよく見えた。
なるほど……臆病な国王は堀と城壁に守られるように城を閉鎖したようだ。
つまり、ドイツ軍に対し籠城戦を挑もうというのだろう。
チラっと目を向けた先。城壁上には多数の兵の気配がある。
そいつらがナセルにむけて殺気を飛ばしている。
なるほど、跳ね橋兼城門の向こうには、まだまだ多数の人間の気配がした────それも飛びっきりの重装兵どもの気配。
ふ……やる気だな。
だが、
──もはや、王都にまともに対抗できる兵力があるのか、今となっては怪しい。
予備兵力が展開中だというが、正規の兵力としてはかなり漸減しているはずだ。
急降下爆撃で吹っ飛ばされたのは間違いなく王都における敵の主力だったのだから。
(だが、一番厄介な──王都に所属している空中機動戦力の姿は未だ見ていないな……。前線に出張ったという話は聞いたことがないのだが……?)
飼いならした飛龍や怪鳥を擁する兵が所在したはずだが、まだ一度も見ていない。
兵科の特性として、敵の攻撃に即応できるものではないが、ナセルが冒険者ギルドを攻撃してから随分と時間がたっている。
いくら鈍重だとしても、あまりにも動きが遅い。
…………。
──いや、違うか。
これが普通なのかもしれない。
普通だ。
この世界においては普通なのだ。
それよりも何よりも『ドイツ軍』が早すぎるのだ。
圧倒的戦力もさることながら、速度、装甲、火力────どれをとっても王都にいる戦力で敵いそうなものはない。
空でさえ、今のドイツ軍は圧倒している。
最強の魔物──召喚獣としても最強のはずのドラゴンでさえ、ドイツ軍の前では形無しだ。
もっとも、ドイツ軍の強さも当然だが、それも含めて……、
「このありさまが王国の真の姿か……。かつての勇者の国が聞いて呆れるぜ」
ナセルも、元は軍人だ。
それも王国の最前線を担う部隊──『野戦師団』に所属し、ドラゴンの召喚を駆使して魔王軍と戦っていた。
当時は、魔王こそが『悪』で、王国は『正義』だと。
勇者は偉大で人類の希望だと──……。
そして、王国こそ随一の大国だと思っていた。
ハッ。それが、この体たらく……。
「こんな連中に俺は人生を無茶苦茶にされ──両親を殺され……リズを奪われ、そして、大隊長を灰にされたのか……」
……くだらないし──悔しいッ。
「何を信じて、何を見ていたんだろうな…………」
ボロボロになった手をジッと見つめるナセル。
あの日以来まともに体を洗ってもいないので爪の中まで汚れでびっしりだ。
そんな彼が戦車に跨乗し、もっとも先頭に立ち、敵前に姿をみせている。
そうとも──今のナセルはもっとも危険な場所に立っている。
矢の射程内かつ、有効射程距離のその位置に────。
ふっ……。異端者か。
魔王軍に与したことはないが、本来の意味では異端なのだろう。
魔王はどうでもいい。
だが、勇者をぶちのめすために……。
そして、愛した女をぶちのめすために……。
そのために王国を滅ぼし、勇者の末裔たちに牙を剥いた。
なるほど、
なるほど。
俺は異端者になったのか。
いや、違うな。
異端者は魔王に与した者をいう。
──俺は与していない。
むしろ、俺が異端なのだ。
そうとも、魔王だ!
お前らにとっての魔王だ!!
──どうした?
撃てよ。
撃ってみろよ。
「──撃ってみせろぉぉぉおお!!」
それでも、王城からの応射はなく、兵の姿も見えない……。
かすかに殺気を感じるのみで、ここが本当にこの国の最終拠点で、最重要設備なのかと疑いたくもなる。
王城は無防備にその姿をさらすのみ。
いまや、守るものは堀と城壁があるだけで、本来の石垣たる兵の数がどこにも見当たらない。
隠れているのは間違いないが、一体何を待っているのやら。
だが、今はそれでいい。
どうせ攻撃を始めたら全くの無抵抗というわけではないのだろう。
上空をブンブン飛び回る空軍からも無線で情報が集まっており、空軍士官によると城壁にも多少の兵が確認できるという。
恐らくは城壁の凸凹に身を隠しているのだろう。
残りは城壁内の矢狭間や、
出城となっている正門の防御設備に身を隠していると思われる。
だが、それだけではないはずだ。
かつては国軍の兵として登城した経験もあるナセルは知っていた。
ここの武器庫にはごっそりと防御兵器がある。
城を守る最終手段。
最新の高価な武器がズラリと──。
とはいえ、堅固な城かと思えばそうではない。
王都は政治のための城。
構造上、地方に所在する軍事要塞とは異なり、ゴテゴテの防御設備があるわけではない。
当然だ。
ここは王都。王国の中心。
繁栄を極める世界一の都市──。
それがゆえ、どちらかというと優美さを重んじる建造物であるのだ。
だが、それでも王の城。無防備なはずもない。
いざ有事の際には移動式の防御兵器を城壁にズラッと並べて守りを固めるのだ。
小型投石機に大型重弩────。
空軍士官から第一報。
『敵影確認! 上空からも詳細な報告が来ています』
ほぉら来た。
そろそろおっぱじめる気だろ?
サイドカー上の空軍士官がダダダと走り寄ると通信用紙を紙挟に挟んで一礼する。
『報告ッ。城壁上に射出兵器の展開を確認おおよそ……20基! こちらを指向しています』
そうだろうさ。
『────また、城門の後背に敵兵力の集結を確認……突撃体勢を整えつつあります』
報告を終えると、バシリと敬礼して去っていく士官。
それを見送りつつ、
「はっはー! ……そっちから討って出てくるか。上等ぉぉ!」
バン! と拳をあわせて盛大に笑う。
さぁ始めるか。
ナセルは砲塔に潜り込むと、キューポラ前にある対空銃を構える。
そこでようやく敵もチラホラと姿を見せ始めた。
城壁上にズラっと並んだ弓兵に、バリスタにも人が取りつき巻き上げ機を回している。
さっきまでメッサーシュミットが上空をブンブン飛び回っていたからロクに頭を出せなかったのだろう。気持ちは分からなくもないが、上空援護だけが脅威だとでも思っているのだろうか?
ナセル達ドイツ軍は敵弓兵の射程ギリギリまで前進。
さすがに地上部隊が近すぎて、メッサーシュミット等の上空援護機は近接航空支援を中断している。
矢の射程等、上空の戦闘機からすれば目と鼻の先の様なものだ。
さすがにこの距離での支援はおいそれと頼めない。
そこで──。
『敵司令官を確認ッ! 正面────正門上!』
な、なに?!