第20話「神殿騎士団」
──崩れ去った教会を背後にナセルと向かい合う神官長は、全身でワナワナと震えている。
恐怖ではない。これは怒りから来る震えだ。
それというのも……。
目の前にいるのは、粗末な服に身を包んだ異端者の男。
どうやったかは知らないが、教会を破壊したのはこの男で間違いなさそうだ。
ズササ! と素早く周囲をガードする恐ろしいマスク姿の拷問官たち4人。
その陰に守られる安心感もさることながら、愚か者には一言言ってやらねばなるまい。
「かか、か、神をも恐れぬ所業! 恥を知りなさいッ!」
「恥だぁぁ!? はッ。お前に言われても、クソほども響かねぇよ──攻撃用意!」
語るに及ばず、とばかりにナセルは子飼いの兵に指示を出している。
「愚か者め! ここをどこだと思っている────我が教会、聖地ぞ!」
たかだか30人程度の兵。何ほどのことがある!
どこで雇ったか知らないが、武器らしいのは妙な棒に、腰のナイフ程度。
変な丸いヘルメット姿は、いかにも弱そうだ。
「聖地だぁぁ? そぉぉれがどうした。ほらよ、自慢の神殿騎士団とやらを呼んで来いよ」
「言われるまでもありません。さぁ! アナタは早く騎士団を招集しなさい」
神官長は傍らにいて、今にも抜刀しかねない勢いの神殿騎士に指示を出す。
「は! ……しかし、それまで護衛は──」
チラリと拷問官たちを見やると、それに気付いた神官長は不敵に笑う。
「彼らなら大丈夫です。……いいからいきなさい。この男は私が相手をしましょう」
自信ありげに笑う神官長に納得したのか、神殿騎士は一礼し、兵が詰めているであろう兵舎へ向かって掛けていった。
「いいのか? お友達が逃げていって、チビってんじゃないよな?」
「まさか……、ふははは。貴方こそ、たかだかその程度の人数でよくも教会本部を攻めようと思いましたね?」
「テメェらクズども相手には、十分すぎるくらいだぜ」
どちらも余裕の表情を崩さない。
とくに神官長の自信は、いったいどこから来ると言うのか──。
「いいでしょう。見せてあげましょう──我が聖地を護る本物の神殿騎士団を」
本来の神殿騎士団は、信者から募った志願者からなる僧兵部隊だ。
練度は比較的高いものの、生粋の騎士というわけではなく、もとは商人だったり農民だったりで平民から神殿騎士団に入隊したものも多い。
貴族階級の騎士と同じように、騎士団と名がついていても、王国の騎士団と教会の騎士団は全くの別物だった。
いや、それにしても神官長の言う、本物の神殿騎士団とは……?
「能書きはいい。俺はテメェに地獄を見せるために来た!」
「はっはっは! 異端者風情が地獄を語るとは────教会を……聖女様を──そして、神を舐めるなよッ」
ギンと表情を激しくした神官長は、ゆったりとした法衣をブワサッ! と翻すと、錫杖を取り出し天に翳す。
「見なさい! これが我が教会を護る神殿騎士たちです。……起き上がれ! 聖なる僕たちよ!」
──────カッ!!
神官長のもつ錫杖から「黒い光」が噴き出し、一瞬だけ周囲を揺るがす。
それは空気でも熱でもないが──……鼓膜を僅かに刺激する様な振動を感じた。
「む?」
「ふふふ……この都市で死したものは全て教会が埋葬します。その数たるや──」
ボコッ!
ボコッ、ボコッ!!
地面が沸騰──?
いや、
「──数万とも数百万とも言われます。その全ては我が教会の管理するところにあるのですよ!」
「てめぇ……まさか──」
ズボォォ!
地面から白骨からした手が突き出す。
別の場所からは腐乱したソレ。
死蝋化したものや、割合に新しいものまで──。
全て死体だ。
「彼らは、かつて名を馳せた冒険者や、英雄的な働きを見せた兵士であったもの。その中でもさらに選りすぐりの強さを誇った強者です。……教会は彼らの死後も管理しているのですよ!」
「なるほど……教会の裏の顔は死霊使いということか?」
「失敬な──。聖なる戦士たちですよ」
どこがだよ……。
本物の神殿騎士団とやらが、まさにアンデットだと言うことは、もはや誰の目にも明らかだ。
聖なる乙女を祀る教会が、これまた実に悪趣味なことで。
「うううヴヴヴヴ……」
「あ゛あ~……」
ボロボロの装備と身体。
それはどう見ても禁忌であるとされる死霊術のそれだ。
そして、蘇った死体たちは……とても戦士には見えないものだった。
それはまさに動く死体……。アンデッド。
いや……哀れな傀儡だ。
「この敷地に眠る戦士たちは1000体を越えます。さぁ、ドラゴンを呼べないあなたが何処まで戦えるか見ものですね!」
「1000!? 1000体だって?」
驚愕しているかのようにナセルの声が跳ねる。
そこに神官長は満足げに被せた。
「ええ! 1000体もの戦士です。我が神殿騎士団の威容に──」
「ハッハッハッハ!」
しかし、ナセルはそれを笑い飛ばす。
その様子に青筋を立てた神官長。
「な、何がおかしいのです! さては恐怖で可笑しくなりましたね」
「いやいや、いやいやいやいや、今のところ俺が正常だ、……多分な──」
「ならば何を笑う!!」
気に食わない……。
異端者の分際で……。ドラゴンを呼べないようなクソ雑魚なら、もっと怯えるべきだろう!
そうとも……!
さぁ怯えろ、竦めぇ────。
だが、
だが笑う。
いや、ナセル・バージニアは嗤う。
声を上げて朗らかに──。
ハッハッハッハッハッハッハッハ!
「ハッハァ~! ──可笑しいからさ。……たったの1000体の死体で俺に──俺の軍隊に勝てるとでも?」
不敵に笑うナセル。
だが、神官長の目にもそれは根拠のない自信には見えなかった。
何故かは知らないけれどもそう感じたのだ。
それにしても、その純然たる自信はどこから来ると言うのか……。
「強がりを──! ええい、やれぃぃ! 我が神殿騎士たちよ、聖なる戦士たちよ────異端者を殺しなさいッ!」
ぐぐうううううおおおおお!!!
あああ゛あ゛うううううう!!!
恐ろしげな表情で迫りくる1000体の動く死体……。
それを見下ろすナセルは、
「はっはぁぁ!!」
──鼻で笑い飛ばす。
すぅぅぅ……、
「…………やってみろ────!!!」
ナセルと『ドイツ軍』──そして、神官長と『本物の神殿騎士団』の戦いの幕が切って落とされる。