第15話「王都警備隊vsドイツ軍歩兵分隊(後編)」
ガシャ、ガシャ! と重々しい靴の音を威圧的に響かせる王都警備隊。
彼らは深い青色の鎧に身を包み、同系色のタワーシールドを構えて壁を作る。
とくに王都での反乱に備えた彼らの戦い方は、辻々に人間の壁を作り暴漢を押しとどめる事を想定している。
そして、今まさにその成果を遺憾なく発揮していた。
ギルドから続く通りを盾の壁で埋め尽くし、一歩も通さない構え。
彼らの背後にも視界は行き渡らず全容が要として知れない。
そのため、一個中隊しかいないのか──あるいは大兵力が後詰として控えているのかを敵に気付かせないという心理的な圧迫感をも与えうる。
それだけならばタダの平民でも家具を使ってバリケードを作り得るが、彼らの任務はそれですむはずがない。反乱を鎮圧することが目的なのだ。
ゆえに、
彼らの盾にはちょっとした細工があった。
なんということはない、左の縁に槍掛け用の窪みをわざと作っているのだ。
そこから槍だけ出して、敵を貫くという──攻防一体の構えを見せるのだ。
一方でナセルが召喚したドイツ兵の一見して無様な様子と言ったらない……。
こっそりと様子を窺っている住民からみれば……こんな風に見えただろう。
幾人かは恐怖のためか地面に這いつくばり、
幾人かは体を寄せ合い、金属の棒っ子に縋りついている。
立っているものでさえ体を家々の壁に張り付かせたり、積み上げた死体の陰に隠れている始末。
まったく統制もクソもない。
隠れた潜んだギルドの陰からナセル達の様子を窺っていたギルドマスターが喚いている。
あれほどの重傷だったというのに頑丈なオッサンだ。
「くそ、あの分だとナセルも王都警備隊にミンチにされるぞ!」
ギルドマスターとしては、それは望むところだが、
ボッコボコにされた剣聖の末裔としては腹立たしい。
──致命傷を負わされた挙句。
子飼いの冒険者を大量に殺されるは、
ギルドを無茶苦茶にされるはで、……そう簡単に許せるものではなかった。
第一また、鉄の馬車に隠れているのも気に食わない。
「ナセル! そこから────」
『傾注ッ』
怒りを滲ませたマスターの声。そこに被せるものがいた。
召喚獣の一人だ。
そいつだけは、ナセルが召喚した黒衣の男達11人のうち一番後方にいて、偉そうに他の召喚獣にあれこれ指示を飛ばしているようだが……。
その動きがピタリと止まる。
まるで、あの無様に這いつくばっている男達が一個の生物のように呼吸を咬み合わせたかのような感覚……。
一方で、整然とした動きを見せる王都警備隊一個中隊。
ガシャ、ガシャ、ガシャ、ガシャ──!
脚の動きに合せて盾が軽く上下している他は、まるで動く壁だ。
その威圧感たるや……。
ガシャ、ガシャ、ガシャ、ガシャ──!!
ギラギラと光る槍……。
王都警備隊、暴徒鎮圧装備──────。
すぅぅぅ……、
『MGぃぃぃ! 撃ち方始めぇぇぇぇ!!』
その一声が合図だった。
それはまさに、蹂躙の始まりだった。
『了解!!』
地べたに這いつくばっていた兵のうち、金属の棒っこに縋りついていた兵が威勢よく声をあげたかと思えば──。
指を掛けていた引き金を……。
クククン、と──カタン。
──バン。
バババッバアッババババババババッババババババッババババババッバババ!!!!!
「ひぃ!」
「ひゃあああ!」
「きゃあああ!!」
思わず首を竦めたギルドマスター。
そして、家の窓から扉からコッソリと様子を窺っている住民が悲鳴を上げる。
突然雷よりもデカイ轟音が響き渡れば誰でも驚く!
当たり前だ!
「ま、魔法使いなのか連中は!」
「「「あ、悪魔だぁぁ!!」」」
ナセルの召喚獣たちの咆哮はまさに魔法のそれだ。
いや、魔王の咆哮だ──────!
そして、その威力!!
窓から覗く人々の目前では信じられない光景が繰り広げられていた。
這いつくばる兵の魔法が炸裂したらしく、盾を構えた王都警備隊が──────、
「「「ぎゃあああああ!!!」」」
「ひ、ひぃ!!」
「た、盾が! 盾が貫かれる!!」
「腕が、う、腕がぁぁぁぁ!!」
──────なぎ倒されていく!?
バタバタと!
バタバタ、バタバタと!
それはもう圧巻。
何が何やら、わからない!?
まるで見えない死神の鎌でもあるかのように、横へ左へ右へとうねる様に隊列がなぎ倒される。
その余波は後列の警備兵をも巻き込んでいき…………。
あっという間に、
そう、あっという間に……──。
中隊の中核であった王都警備兵の正規部隊は全滅。
隊列の奥の方で、一人軍馬に騎乗していた指揮官もどっかに消えてしまった。
逃げたのではなく、魔法によってズタボロにされてしまったのだろう。
あれはまさに……。
さっき、鉄の馬車の咆哮とともに、冒険者たちを皆殺しにした魔法攻撃だ!
「ば、化け物め……!」
ドラゴン召喚士であった頃のナセルも確かに強力なドラゴンを使役していたが──……これは違う。
これはタダの召喚獣ではない!
ドラゴンなら強く猛々しく──等しく生物を畏怖させる何かがあり、それに対抗する気などおこなせない。
そしてソレを知っているがゆえにドラゴンと言う生物には、人に対する優越感からくる手心があった。
そう、
そうなのだ、……ドラゴンは寛大だったのだ──────。
だが、コイツらと来たら……ナセルの召喚獣どもと来たら!
人を殺すことに慣れ過ぎている。
まるでそれが仕事と言わんばかりのぉぉぉぉ!!!
ある程度、掃除が終わったとでも言うのだろうか。
唐突に轟音が止むと、地面に這いつくばっていた兵がガチャガチャと金属音を立て始めた。
『弾切れです! 援護願います!』
『わかった! 総員小銃射撃用意!」』
『『『了解!』』』
一見して隊列も取れていない兵かと思えば……そうではない。
そうではない。そうであるはずがない!
こいつらの有様は、そうだ……。全て散兵戦術だ。
なるほど……。
彼らの戦い方は、同じ武器に対抗するためのそれだ。
あの魔法攻撃から被害を局限するために、彼らは遮蔽物を盾に分散しているのだろう。
ギルドの陰から様子を窺っていた将官経験のあるギルドマスターは短時間でソレを看破した。
看破したが……。それが何になる?!
ガチャ、ジャキキキ!
鉄と木の混じった棒を構えた兵士たち。
一種、それはそれは美しい姿と形を取る彼らに向かって──、
現場指揮官らしき召喚獣の一人が兵に合図を下す。
『………───撃て!!』
バババンバンバンバンバンバン!
指揮官の合図とともに、伏せたり隠れたりしていた兵が一斉に起き上がり魔法を放つ。
その精度は情け容赦のない正確無比なもので、壊滅した正規部隊の後方で震えあがっていた自警団などの二線級部隊を次々に撃ち倒していく。
『続けて撃て、──各個自由射撃!』
ババッババンババッバンバッババン!!
ギルド前の道はあっという間に死体で埋め尽くされていった。
そして、仕上げと言わんばかりに──。
『MG装填完了! 撃てます!』
よし!
『撃てぇぇぇ!!』
バァン──……。
バンババッバババババババッババババッババババッババババッババババ!!!!
指揮官の号令に従い、あの恐ろしい魔法使いどもがその狂おうしいまで魔法を練り上げて、憎しみの炎をこれでもか吐き出した。
時折まじる光の槍のようなものが死体の山を切り裂き──その直線上の王国軍の体を真っ二つに千切り取る。
右に左にと死の嵐がまるで死神の鎌の如く、兵の命を収穫していく。
『いいぞ! 良いぞ! 殲滅しろ! 分隊は再装填、MGの弾切れと銃身交換に備えろ!』
既に壊滅しているというのに、彼らはまだまだ刈り取るつもりだ。
それこそ落ち穂を拾うが如く──────。
「ひぃぃぃぃ!」
「ぎゃああああああ!!!」
「た、たたたた、助けてくれぇぇぇ!!」
撃たれた!
撃たれる!
撃ち倒される!!
死体、死体、死体、死体、死体未満、死体、死体!!!!
もはや精強なる王都警備隊はどこにもいない。
そこにいるのは地面に染みになった小汚い死体か、呻くだけの死体未満。
そこにトドメと言わんばかりに、
『手榴弾──────投擲ッッ』
指揮官の合図に従い、複数の兵がジャガイモ芋潰し器のようなものをブン投げる。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン…………カン、コン──────。
ヅババババァァァァァァァァァァン!!
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
「ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
生き残ってジッと息を殺していた者や、勇敢にも立ち上がろうとした者──。
逃げようとした者、よくわかっていない者──────。
ボォォォォン!!
と、そいつらがまとめてぶっ飛んで行く。
抵抗?
防御?
鎧??
関係ねーーーーーーよ!?
バラバラバラーーーと、もう色々吹っ飛んで、もう無茶苦茶だ!!
「ひひひひぃぃぃぃぃぃ!!!」
「ばばばば、化け物だぁぁ!!」
そして、もはや烏合の衆と化した自警団などの二線級部隊。たまたま手榴弾の破壊圏から逃れてはいたものの、戦う勇気など最初から持ち合わせていない。
おまけにこの惨状だ!!
数合わせと賑わしのためだけに呼ばれたような彼らには、踏みとどまる勇気も義理も人情もないッ!
知るか、ぼけぇ!! とばかりに、
彼らは一刻も早く逃げ出すべく道をひた走る。
だが、この大騒ぎだ!
その途上で、応援に駆け付けた別の王都警備隊と激突して────もう無茶苦茶だ!
「──む、無茶苦茶じゃねぇか!」
頭を掻きむしるギルドマスターに向かって声をかけるのはナセル。
「そうだ。無茶苦茶だ。無茶苦茶なんだよ!! ──だから無茶苦茶にしてやるよ!」
ええ、ごるぁああ!!
ナセルから憎しみと怒りの籠った眼を向けられて、ギルドマスターは怯んでしまう。