第13話「冒険者vsⅠ号戦車(前編)」
「おらおら! 出てこい!」
「ナセルちゃ~ん♪ ビビってないで、はーやくー♪」
「うぇ~い。異端者のクセに街に出てくんなよッ!」
ガンガンガン!
──さっきから微動だにしない鋼鉄の馬車。
そいつが動かないのをよいことに、ぐるりと取り囲んだ冒険者ども。
内部にいるナセルにも、ガンガン! と剣で装甲を叩く気配が伝わる。
しかし、音がするだけで小揺るぎすらしない。
小型軽戦車とは言え、Ⅰ号戦車の重さは5.4tもあるのだ。剣でどうにかできるはずもない。
「軍曹、微速後退──後進しつつ、一斉射で連中を薙ぎ払う」
『了解』
ナセルは砲塔に潜り込んですぐに、口頭マイク付きのヘッドセットを頭に乗せた。
小さい戦車とは言え、鉄の塊を動かすのだ。
そのエンジンの騒音たるや──。
クルップ社製のM305水平対向4気筒空冷ガソリンエンジンは、なんと57馬力!?──ヘッドセットとマイクなしには顔を相当に近づけないと会話すらままならないのだ。
そして、ナセルが『軍曹』と呼んだ操縦手が流れるような手つきで、後進レバーを引いた。
彼はⅠ号戦車を召喚すると同時に戦車とともに現れた。どうやらセットらしい。
そして、動かし方のわからないナセルに代わり、指示をするだけで適確な方向に操作してくれるのだ。
おかげで今まで微動だにしなかったⅠ号戦車がエンジンの唸り声をあげると、ギュリギュリリ! とキャタピラを軋ませて後退し始める。
あの巨体が驚くほど滑らかに、そして徐々に後退していくのだ。突然動き出した巨体に腰を抜かす冒険者ども。
あたふたと飛びのいて見守る始末。ガンガン叩いていい気なもんだ。
微速で後退する戦車なら歩きでも余裕で追従できるが、ビビった冒険者どもはその動きについてこようともしない。そればかりか、仲間を押しのけ我先に驚いて飛び退く冒険者!
「こ、こいつ──動くぞ!」
「な、ナセルの馬車は化け物か!」
ワタワタと蜘蛛の子を散らすように逃げ散る冒険者ども。
最初はビビりまくっていたくせに、ノロノロと後退する戦車をみて、御しやすいと侮ったらしい。
すぐに、ろくな反撃手段がないことに気付いたようだ。
「び、ビビってんじゃねぇ!」
「そうだ! 腰抜けはすっこんでろ。報酬は俺が頂いた!」
再び群がり始める冒険者ども。
しかし、少し後退したお陰で冒険者とナセルの間に距離ができる。
ナセルにとっては運が良く、冒険者どもには運悪く……ギルドの建物と戦車に挟まれる形で冒険者どもが一塊になっている。
(ははは……こいつの威力も知らないで、バカな連中だ)
それを視察孔で覗いていたナセルは、目の前にある銃座に肩を押し当てると──そっと照準を覗きこんだ。
ツァイス社製の照準鏡は凄まじく明るい。倍率により拡大された目標がはっきりと映しだされる。
照準の脇には、無骨な重機関銃のMG13がヒンヤリと横たわっていた。
MG13……ドイツで開発された、大戦前の名機関銃だ。
そして、それを二挺搭載しているのがⅠ号戦車。
そう──2連装のMG13がⅠ号戦車の主武装だ。
装弾方式は固定弾倉型で最大一丁あたり75発のダブルドラムマガジン。
次発装填以降は25発弾装を使用するのが常である。
当初の二挺で150発も装填できるが、連続射撃を続ければあっという間に撃ち尽くすもので、再装填がかかせない。
ナセルは森でコイツも召喚して以来、操縦手の軍曹に話を聞いてある程度の操作法を熟知した。
今ならちょっとした分解と結合すらできる。
その上で、照準を覗き込み、冒険者どもの集団に狙いをピタリとつけている。
装填に若干の時間がかかることを考えれば、あまり無駄撃ちをしたくはないが……容赦もない。
(ギルドのマスターよぉ……まずは、お前からぶっ殺してやるぜ!)
もし、もしも……だ。
異端者認定されたとして、呪印が焼きつぶされずに、昔と同様に『ドラゴン』が召喚できていれば……これほど激情に駆られることがあっただろうか?
──多分、答えはNOだ。
異端者の誹りを受けても、以前のナセルならひっそりと人目の付かないところで自分の召喚獣と暮らす道を選んだだろう。
だが、……ドラゴンは消え。
家族は殺され、最後の肉親は攫われた。
……そして大隊長は────ナセルの大事な大事な……理解者は目の前で焼かれた。
そして、────ドイツ軍が現れた。
それは、ナセルの怒りを体現したかのような黒衣の軍隊だ。
魔王「軍」でもなく、
王国「軍」でもない……。
ドイツ「軍」……。
ナセルのための軍隊だ。いや……ナセルだけの軍隊。
彼らは基本聞かれたことにしか答えない。
「話せ」と命ぜれば話し、武器の扱いも教えてくれる。
だが、それは全てナセルの意思から生まれた物。
彼らドイツ軍は、命令を粛々と遂行するのみ。
『英雄』のように自ら正義を体現することもなく。
『ドラゴン』のように信頼関係を築くこともなく。
『アンデッド』のように生者を羨むこともなく。
ただ、ただ……『ドイツ軍』は命令を遂行する。
行けと言えば行くし、やめろと言ったらやめる。
まさに軍隊だ。
そして、ナセルはその指揮官だった。
『ドラゴン』ならあの猛々しくも知性ある目でナセルの怒りを体現しつつも、その心情を汲んでくれただろう。
本当にやるのか……と。
だが、彼らはもういない────呼べない。会えない──。
二度と…………。
だから!!!
「軍曹、頼むぞ」
だから、彼らに頼る。
黒衣と、油と、銃火の軍勢に──。
このナセル・バージニアの怒りを一心に体現してくれる軍隊に!
『了解』
感情の籠らない声で返す軍曹に苦笑いをするナセル。
彼の視線を受けて、ハッチから身を乗り出し後方を確認する。
黙して語らないが、意味は分かった。「後方の確認をお願いします」ってとこかな。
軍曹曰く、戦車を操縦する際は砲塔にいる車長が後方を確認しないと後ろは通常見えないらしい。
なるほど、それは今ナセルの役割だろう。
召喚獣に使われるという奇妙な感覚だが、もはやあまり気にならない。
さっきまでの軍曹の操縦は完全に盲運転だったらしい。
戦車の背後に人がいれば轢き殺してしまうだろう。もちろんそれを気にするナセルと軍曹ではなかったが……。
──だが、それでも構わないとばかりに戦車は動く。
それは軍曹の意思ではない。
彼は命ぜられたからそうしているまで。
轢き殺しても構わないという意思を示したのは、ほかならぬナセルだった。
冒険者?
ハッ! 死ねばいいさ。
通行人?
ハァ? 俺の家族が殺されるのを笑ってみていた連中だ。
死ねばいいさ。
「俺を蔑み、石を……汚物を投げ────そのままノタレ死んでもいいと思っている国の連中だ……」
だから、もう容赦などない。
死んでもいいと思われたなら、
俺も死んでもいいと思うことにする。
「軍曹、停止」
『了解』
ギィィィイ!!
キャタピラが地面を削り、車体が軋んで止まる。
視察孔から前方を確認すると、ようやく追いついてきた冒険者どもが銃口のまえに綺麗に列を作っていやがる。
まるで、殺してくださいといわんばかり。
それはまさに────。
カモだった。
だからよぉ───、
「俺は、もう容赦をしない──人を殺してもいいと思うなら殺される覚悟もしとけ、ボケェ!」
砲塔内の引き金に指を掛けると、
照準鏡を覗き込んで、並居る冒険者を捉える。
「さぁ……復讐の狼煙を今、ここであげてやる」
死ねや!
ボケどもがぁぁぁ!!
引き金を……、
…………。
カチリ──────。
発射ぁぁぁぁ!!