テレパシー
二話更新です。
その日はあずさとの逃避行のうちに日付が変わった。
足を止めてからしばらくは見えない敵の襲撃に備えていたが、丑三つ時を迎えたあたりになるとその緊張も解け、あずさは眠りに落ちた。
僕も浅い睡眠を繰り返していたが、太陽が昇り、あずさが完全に目を覚ましたときでも、やはり僕の疲労は十分に取れていなかった。
「徹夜明けの朝ってこんな感じかな……」
「ふあぁ、よく寝ましたー」
気持ちよさそうに大きく伸びをするあずさを羨ましく思いながら、おそらく彼女は本当に喰人ではないだろうという確信を持ち始めていた。いくら僕が警戒していたとはいえ、昨日の夜は僕に何かするならば千載一遇のチャンスだったからだ。
「そもそも、喰人のクリア条件ってなんなんだろうな」
「さぁ、あずさもそこまでは分かりませんが、あずさのクリア条件くらいなら教えてあげてもいいですよ」
「え、いいの」
「はい。昨日は助けていただきましたし」
「いや、僕は何もしてないけどね」
「あ、ほんとですね」
クスクス笑いながらも、あずさは本当に教えてくれた。
「あずさの役職は『共鳴者』です。クリア条件は、共鳴者以外の村人サイドのプレイヤーが四人以上クリア条件を満たすことです。つまり、お兄さん……て、お名前は?」
「斎藤悠馬」
「では、悠馬さん。あなたたちがクリア条件を満たすことが結果的にわたしとお姉ちゃんのクリア条件を満たすことになるんです。これで、あずさが危険を冒してまで悠馬さんたちを助けにきたことに納得できましたか?」
なるほど、それなら確かに理屈は通る。
ならば、僕のクリア条件についても教えていいだろう。どのみち、僕のクリア条件は競合する場合が滅多になく、他のプレイヤーに知られたところで特に不利益はない。
「分かったよ。あずさのことは信用する。だから、僕のクリア条件についても教えておこう」
僕がクリア条件を言うと、あずさは拍子抜けしたようだった。
「えー、そんなのでいいんですかぁ? なんか、あずさたちのに比べて簡単すぎじゃありません?」
「村人は特に能力を持っていないから、あまり難しいクリア条件だと、ゲームに偏りが生じるからじゃないか?」
「うーん、言われてみればそれは一理あるかもしれません」
「そういえば、共鳴者ってテレパシーみたいなのが使えるんだろ? 具体的にはそれってどういうものなんだ?」
「あれ、どうしてテレパシーのことを知っているんですか?」
「ああ、実はな――」
そこで僕は、説明会のときに見つけた村人サイドの役職一覧のこと、そして昨晩見つけた粉々になったマイクロチップの話をした。
「……つまり、悠馬さんがいたグループの中には、喰人がいると?」
「正確には、喰人サイドに加担するプレイヤーだな。プレイヤー総数は十四人であの集団にはその半分になる七人がいたんだ。喰人サイドのプレイヤーがいてもおかしくはない」
「あ、総数って言うと、昨日は犠牲者が一人も出ていなくてよかったですね!」
携帯の機能の一つに残りプレイヤーを確認するというものがある。今朝、それで確認してみたところ、プレイヤー総数は変わらず「14」だった。つまり、昨日の襲撃では誰も脱落者は出なかったという事だ。
とはいえ、怪我人が出たかも分からない。昨日の襲撃が一体誰がどういう目的で行ったのかも知りたい以上、優真たちと一度合流することは必要かもしれない。
「それよりテレパシーの話だ。テレパシーっていうと、言葉を使わずに、頭の中で会話できるってやつだよな。となると……共鳴者同士だと電話が出来るとかか?」
「いえいえ、そんなしょっぱいものじゃあありませんよ。テレパシーの能力は今悠馬さんが話した通りです。つまり、あずさたちは今、ちょっとしたエスパーみたいなことが出来るんですよ!」
「……は?」
これには流石に僕も目を瞬かせる。しかし、あずさは冗談を言ったわけではないらしい。
「だから、実はあずさは今もお姉ちゃんとお話しながら今後どうするかを話し合っているわけです。最初は、現実でお話しながらテレパシーを使うのは難しかったですけど、慣れればとっても便利ですっ」
「いやいや、ちょっと待てよ。それはお前らが、元々そういう能力を持っていたってことか?」
「はあ? そんなわけないじゃないですか?」
あずさが半眼で僕を見る。むかつく。
「じゃあ、本当のゲームの役職による能力が、現実に反映しているってことかよ?」
「そういうことになりますね。まあ、村人は多分大した能力もないでしょうから実感は湧かないかもしれませんけど。でも、ゲームの説明会のときにそういうお話はされなかったんですか?」
「それは……」
あずさに言われて思い出した。そういえば、身体能力の話になったときに、運営は言っていた。
『“ゲームの中”において、ゲームの内容はプレイヤーの皆さまにも実際に反映します。例えば、身体能力Cのプレイヤーでしたら小学校高学年程度、Bでしたら高校生程度、Aでしたら、個人差はありますが百メートルを五秒程度で走ることや、三階から飛び降りても無傷な身体能力を得るプレイヤーも存在するでしょう』
あれは事実だというのか。しかし、そんなことが果たして可能なのか? というか、それではそもそもここは現実なのか?
様々な疑問が一気に生まれるが、しかし今はゲームをクリアすることが最優先だと理性が告げている。確かに、このゲームにどのような理屈が働いているかなどさしたる問題ではない。
それはあずさも理解しているようで、彼女は「考え込むのもいいですが」と声を掛けてきた。
「とりあえず、これからの行動について決めませんか? あずさとしては、一度お姉ちゃんたちと合流したいんですけど」
「たちってことは、お姉ちゃんには仲間がいるのか?」
「お姉ちゃんは悠馬さんのお姉ちゃんではありません!」
「いちいち噛みつくなよ、面倒くさいなあ」
「あー! 悠馬さん、よりにもよってJKに対して一番言っちゃいけないことを言いましたね!」
「話が進まないんだけど……」
元々人付き合いが得意ではないせいか、あずさと喋っているとなんだか疲れてくる。せめて、お姉ちゃんだというひよりの方は、もう少し物静かであってほしいもんだね。
「お姉ちゃんの話だと、今は眼つきの悪いお兄ちゃんと二人でいるそうです。ってあれ!? これってお姉ちゃん、実はピンチなんじゃありません!?」
「一晩一緒にいて大丈夫だったってことは、しばらくの間は大丈夫だろ。それより、あずさには悪いが、僕は一度昨日の襲撃地点を確認しに戻るつもりだ」
「えー、なんでですか!? 危険ですよ! 犯人は現場に戻ってくるって言いますし!」
「それは刑事ドラマの見過ぎだね。それに羊が危険だと分かっている場所に、わざわざ狼が待ち構えているとは思えない」
刑事ドラマと違い、別に犯人は犯行の形跡を隠す必要はないのだ。それならばポイントを移動し、次の獲物を探した方が効率的というものだろう。
「それに、あずさたちのクリア条件を考えても、一度村人サイドのプレイヤーに会っておいた方いいだろう? しかも僕たちのグループの中には占い師もいたんだ。折角襲撃から身を守れたんなら、彼女だけでも保護しておいた方がいい」
「う、占い師ですか!? それは行くしかありません!」
あずさの驚きようは決してオーバーではない。占い師は、共鳴者の仲間を探すにはうってつけの存在だ。占い師がシロと言ったプレイヤーは、確実に喰人ではないのだ。
しかし、昨日の襲撃で占い師を仕留め損ねるとは、喰人のプレイヤーも詰めが甘い。仮に、襲撃者があのグループの中にいた誰かだったとしたら、最早占う必要すらない。そうすれば、何人いるか分からない喰人サイドでも、確実にシロと言える村人サイドのプレイヤーは明らかになっていくのだから、どう考えても有利になるのは村人サイドだ。
僕は、昨日逃げてきた道を、来るときとは全く逆の心持ちで進んでいった。
読んでいただきありがとうございます。