逃走
短めです。
「ッ!」
慌てて後ろを振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。
中学生くらいだろうか。控えめに言っても可愛い顔立ちで、肩まで伸びた髪の一房をシュシュでまとめ、サイドに流す髪型も似合っている。身長は百五十センチくらいの小柄で、小学校高学年と言われても納得しそうだ。
しかし、そんな子どもに対して僕は警戒を即座に最大限まで引き上げる。声を掛けられるまで、僕は彼女の存在に全く気付かなかった。“この僕が、だ”。
ざっと一瞥したところ、彼女は特に武器らしいものを持ってはいない。しかし、月明りがあるとはいえ、この薄暗さの中では見落としている可能性もあるし、周りに他の伏兵が紛れているかもしれない。しかし、奇襲ならば声を掛けてくる必要はない。どういうつもりか。
「あ、お兄さんなにか物騒なこと考えてますね! そんな怖い顔しないで、あずさもお兄さんたちと同じ村人サイドですから!」
「……言っておくけど、後ろからいきなり声を掛けられたら誰でも警戒するからね」
「うわぁ、なんで俺が村人だとーみたいなお決まりの流れもいらないんですね。お兄さん、見かけによらず頭いいんですねっ」
「一言余計だよ」
そのとき、遠くから女性の悲鳴が上がった。
僕は弾かれたようにそちらを見る。今の甲高い悲鳴は未来のものだ。
「あーあ、間に合いませんでしたか」
まるでバスを逃したような気軽さで少女は嘆く。
その口ぶりから、これは彼女の仕業ではないということか。
「一応訊くけど、君には仲間がいたりするの?」
「お兄さん冷静ですねえ。仲間っていうか姉妹? ていうか双子のお姉ちゃんはいますよ」
「そのお姉ちゃんは乱暴者だったりする?」
「ううん、お姉ちゃんは優しい人ですよ……って回りくどいです。あれはあずさたちの仕業じゃなくて、別のプレイヤーによる襲撃ですよ」
頬を膨らませる少女、あずさに僕は肩を竦める。
「うーん、信用できないなぁ。じゃあなんで君」
「あずさはあずさです」
「あー……あずさ、はそんなに冷静なんだ?」
「だって、こんなゲーム中に焚火なんてしたらそこにあずさたちがいますよーって教えてるもんじゃないですか。だから、そんなことしたら他の怖いプレイヤーさんに襲われますよーってあずさは親切に忠告しようと思ってやってきたのですけど、それより早く襲われちゃったみたいですね」
「あくまであずさはお節介をしにきただけだと?」
「む、嫌な言い方しますね。あずさは親切な美少女ですから、ただお兄さんたちを助けようと思っただけですよ!」
「自分で美少女とか言うなし」
しかし、あずさの言を信じるならば、今優真たちは敵に襲われている真っ最中ということだ。これは僕もうかうかしてはいられない。
「あれ、周りを見渡しているのをみると、助けにいく感じではないですね」
「そりゃ武器も何もないところで助けにいったって被害者が一人増えるだけだからな」
まあ武器があったとしてもここは逃げる一択なのだが。
優真たちには頑張って囮になってもらおう。
「ほえー、そうですか。それでは、あずさもご一緒してもいいですか?」
「えー」
「なんで嫌そうにしてるんですか! あずさも武器とか全然持ってないんですよ!」
「それでよく僕達を助けようとか思ったね」
正直、あずさを全然信用することは出来ないが、ここで彼女を放り出せば関係が修復不可能になるのは確実だ。彼女が本当に村人サイドのプレイヤーならば、ゲームが始まってまだ間もないこのタイミングで敵対するのは避けたい。
「……分かった。けど、正直君のことはまだ全然信用してないから、常に僕の前を走ってね」
「正直すぎです!」
しかし、それでは二人となると民家に隠れるのは危険性が高まる。ならば、ここは音のした方とは遠ざかり、追われているであろう優真たちと距離を取った方がいいか。
「とりあえず林の中を突っ切るよ。さあ走って」
「本当にあずさを前に出すんですね!?」
「鬼畜! 悪魔!」とか言いつつも、素直にあずさは僕の前を走り出す。
一度後ろを確認するが、幸いなことに敵の気配はない。僕は出来るだけ足音を鳴らさないようにあずさの後ろを走り始めた。
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