最後のプレイヤー
Side 悠馬
その一身に風の刃を受けて吹き飛んだ優真を僕は醒めた目で眺めた。
それから溜息を吐く。やれやれ。
「今ので倒れてくれれば楽だったのに」
身を起こした優真に向かって言う。僕の声が聞こえているのかいないのか。ただ、月明かりの中でも彼の双眸が怒りに染まっていることだけは分かった。
そのとき、場に不釣り合いなファンファーレが鳴った。音の発生源である自分の端末を取り出すと、攻撃的な光が僕の網膜を刺激した。
『クリア条件が達成されました。今すぐゲームを終了しますか?』
画面にはカラフルな文字でそう書かれていた。ファンファーレは続いている。文字の下には『yes』と『NO』の文字。僕は半笑いを浮かべながらその画面を優真に見せた。
「ごめん、僕は一足先にクリア条件を満たせたみたいだ。僕のクリア条件は一度自分を殺した相手――つまりは須藤友樹を殺すこととクリア人数を三人以下にすることだったんだ。さっき我妻遥香も殺したし、たった今橘静花も死んだ。これで確かに三人になったわけだね」
「――今、なんていった」
「え、だからこれで三人になったって」
「その前だ! お前、は、遥香を……」
「うん、殺したよ」
できるだけ軽い口調になるように僕は言った。腰に挿した鉈と鎖にそっと触れるが、優真は襲い掛かってこず、放心しているようだった。もう少し後押しが必要か。
「さっき偶然見つけたんだけど、あの人、すごいね。最後にセックスしたいなんて言い始めてさ。最初は僕も訳分からなかったんだけど、しばらくしてから気づいたんだ。あ、これは時間稼ぎだなって。その時点で我妻さんにクリア条件を満たすことはほぼ不可能になっていた。それで自棄になったみたいにそう口にしたわけだけど、それは僕を少しでも自分に釘付けして優真くんたちがクリア条件を満たす七日目に入らせたかったんだね。いや、正直自己中心的な性格だと思っていた彼女がそこまでして君たちを生かそうとするなんて思っていなくてね。慌てて彼女を殺してやってきたわけだよ――――」
「ッッ!!」
土が爆ぜた。
爆発的な脚力で瞬時に間合いを詰めてきた優真に対し、あらかじめ予期していた僕は余裕を持って鉈を振り下ろした。
黒い剣でそれを防御する優真。爆発はなし。確率で発動する破壊の鉈の効果は不発か。
僕はすぐさま逆手で今度は鎖を放つ。先端が鋭利な刃である鎖は、対象めがけて一直線に伸びる。
それを見た優真は後退。しかし追尾機能のある鎖は獲物を追いかける蛇のように優真に再び襲い掛かる。
優馬は持っていた剣を宙に放り、それまで左腕に突き刺さっていた銃剣の先端を引き抜いた。同時に傷口から穴の開いたホースのように血が漏れ出るが優真は全く気にした素振りを見せず、銃剣を鎖へと突き刺した。
「まじか」
輪の継ぎ目の隙間に刃を通され、鎖は地面に縫い付けられる。そこで丁度良く落ちてきた剣を拾うと、再び優真は突っ込んでくる。
僕は鉈を両手で持ち、思い切り優真に振り下ろした。再び交錯する剣と鉈。今度は破壊の鉈の効果が発動。優真の手にあった剣が上空に吹き飛んだ。
よもや今ので剣が折れないとは思わなかったが、これで彼は得物を失った。だが次の瞬間、視界がぶれ、こめかみに激痛が走った。優真の廻し蹴りが炸裂したのだ。
「ッ、なんで蹴りを……」
「オオオッ!」
そのまま素手による優真の猛攻が始まった。格闘技を特別齧っていたわけではないはずなのに、その攻撃はことごとく苛烈で鉈を振るおうと距離を作ろうとすればその分優真も踏み込んで距離を潰される。こんな一方的にやられるなんて、あの金木を相手にしてもなかったことだ。
「くっ――」
僅かに生まれた間隙を突いて鉈を振るい距離を作る。こちらも『復讐者』となり身体能力は上がっているが、それでも『戦士』である優真には一歩劣る状況だった。ダメージもなかなか大きい。
だが対する優真もそれは同じだ。むしろ、傷で言えば奴の方が深い。体中に刻まれた裂傷に柚希にやられた左腕。今立っていることさえ不思議な状態だ。それほどまでに目の前の敵が憎いのか。
優真の視線が移動し、離れた場所に落ちていた剣に固定された。そこへ向かって走り出した優真の機先を制して横合いから鉈を振るう。
しかし、横一閃に振るった鉈はしゃがむことであっさり躱される。僕がこう来るのを読んでいたような動き。読まれていたのは僕の方だった。しゃがんだ優真は飛び上がりざまに僕を突き飛ばした。ダメージはないがそれで距離を作られてしまう。そのすきに優真は落ちていた剣を拾った。
「オオオオオオッ!」
竹刀のように剣を正眼に構えた優真が突進してくる。僕もそれに対し真正面からぶつかった。純粋な力のぶつかり合いでは負ける、が――
パァン!
賭けに、勝った。
鉈の効果で吹き飛び、再び丸腰になった優真に切り上げた鉈を振り下ろす。破壊の効果は発動されなかったが、『復讐者』の力で鉈を振り下ろせばそれだけで十分だった。
肩口から胸に届くあたりまで鉈を食い込ませた優真はそれでも動いた。拳を握り、緩慢な所作で僕の胸を殴った。いや、それは手を置いた、といっても過言ではないかもしれない。とにかく、それで優真は倒れた。あとはピクリとも動かなかった。
読んでいただきありがとうございます。
次で最終話になると思います。




