あずさ
約一年ぶりの更新になりました。
「ふぅ、ふぅ」
あずさは浅い息を繰り返し、まるで亡霊のような青白い顔で、それでも銃を僕に向けた。
それでも、固まったように動けないあずさに、やがて金木はため息を吐いた。
「あずさ君……いくら温厚な僕でも、これ以上は限界だよ」
みしり、嫌な音が聞こえた。
見ると、金木の左手がひよりの首に食い込んでいる。華奢なひよりの首は、今にも折れてしまいそうだ。
「ッ、やめ」
「だからやめてほしいなら行動で示せよ。なんなら残り時間も数えてやろうか?」
今までにない冷たい声を発した金木の言葉が嘘いつわりでないことは自明だった。
金木のことだ。どのみちひよりを助ける気などはなから無いに違いない。それは平常時のあずさなら分かるだろう。
しかし、目の前のあずさは、唇を震わせながらも覚悟を決めた瞳で僕を見つめた。
銃口はゆっくりと僕の額へと向けられる。
彼女の口が動いた。ごめんなさい。
引き金にかかった指に力が加わる。あずさは本気だ。このままでは僕は死ぬ。
それでも体が動かなかった。くそ、動け!
どれだけ念じても電源の切れたテレビの電源を、リモコンで必死につけようとしているみたいだ。
引き金を引き切る刹那、あずさの顔が苦悶にゆがんだ。
そして、ついに銃口から鉛の弾が吐き出されて―――
耳元で銃声が鳴り、あずさがゆっくりと倒れた。
「――――え」
咄嗟に言葉が出てこなかった。足下にはあずさが倒れており、側頭部からは赤黒い液体が流れている。あずさが撃たれた? なぜ?
「……まさか、このタイミングでとはね」
金木が何かを口走り、抱えていたひよりを盾にするように前面へと突き出した。
ぱぁん。ぱぁん。
山間に間延びした発砲音が響く。
胸に銃弾を受けたひよりが地に転がる。次いで、ひよりの体の隙間を縫って弾丸が肩に当たった金木が片膝をついた。
そして、地面に転がったひよりの携帯から、たたみかけるように無機質な音声が鳴り響く。
『共鳴者のうち、一名の死亡が確認されました。よって、クリア条件を満たすことが不可能となりましたので、共鳴者両名は脱落となります』
「ぐっ……?」
倒れたあずさが震えた。撃たれたものの、まだ生きていたようだった。
しかし、それが彼女にとって残酷な結末をもたらす。
「うっ……ぐぅうああああああああッッ!!」
「あずさ!」
胸を引き絞られるような痛々しい絶叫だった。
地面に倒れたあずさの四肢の付け根が、ぶちぶちと不快な音を立て始めたのだ。
筋繊維のちぎれる音、つまり、クリア条件を満たすことが出来なかったプレイヤーには……。
「悠馬さん……」
「ッ……」
懇願するように、あずさの瞳が僕を捉えた。
それで僕にかかっていた金縛りは溶けるように消えていき、頑なに脳からの指示を無視していた指先が止める間もなく動いた。
「あずさっ!」
彼女の名を呼び、走りだしたが遅かった。
限界を迎えたあずさの体は、ぱぁんと安っぽい音を立てて盛大に吹き飛んだ。
生ぬるい風と共に顔にぬるりとした物がかかる。それを拭って見ると、光を失った瞳孔が僕を見上げていた。
「――――――――」
言葉は出なかった。それどころか怒りの声も、恐怖の震えも起きず、ただ胸中は天変地異のように物凄い速さで様々な感情が去来していた。
「…………青いねっ!」
背後から金木の声が聞こえた気がした。
しかしそれでも次いで数度の発砲音の後聞こえなくなった。
「まいったな、君たち……組んでいたのか」
視線を向ければ、まさに虫の息といった金木が何事かつぶやいていた。
「これじゃあ、もう一つの仕込みも意味がなかったな……・ふふっ、まあいいか」
まるで表情筋が凍り付いたように鈍重に、それでも金木は笑みを作った。
それは不思議と人を安心させる、妙な魅力を持った笑みだった。
「これはこれで……楽し、かった、な――――」
一つ大きな息をして、それきり金木は動かなくなった。死んだらしい。
これまで散々ゲームクリアを妨げてきた男の死に、そのとき僕は何も感じることが出来なかった。精々
「こいつは、最後までなんて身勝手なんだろう」と思ったのみだ。好き放題勝手にし、勝手に死ぬ。こんな奴になぜ僕は散々苦しめられたのだろうかと今では不思議に思うほどだ。
金木にトドメを刺した者の気配はいつの間にか消えていた。陽は沈み、辺りには夜の森独特の静けさと騒がしさが混在するようだった。
「――――アンタ、なんでこんなとこに」
どれくらいそこにいたのか。やがて頭上からかけられた声に顔を上げた。ずっとそうしていたせいか、首の筋繊維がミシミシと嫌な音を上げた。
「……ああ、我妻さんか……」
月明かりは厚い雲に阻まれていたが、それでも僅かに届く光でそれが我妻遥香だと分かった。逆に言えば、彼女はそれほどまで僕に接近してきていたのだ。
我妻は周囲に倒れている人影を一瞥し、
「アンタが、やったの?」
と聞いた。
「どうだろう……直接手を下したのは誰もいないけど、間接的には殺したも同然なのかもしれないね。君こそ、こんなところでぼんやり突っ立ってていいのかい?」
我妻は以前須藤と行動を共にしているときに襲撃したことがある。問答無用で魔法を放ってきてもおかしくなかったわけだが、なぜか彼女にはそんな素振りを見せず、抜け殻のようにどこか表情もぼんやりとしていた。
「……今日ってさ、ゲームの最終日じゃん。ここまで大変なことが色々あったけど、クリア条件ももうすぐ満たせそうだったからさ。私、このままならもしかしたら生きて戻れるかもって思ったんだよね。それでなのかなあ……最後の最後であいつに出会っちゃった」
我妻の視線の先には、闇に沈んだ金木の姿があった。
それで僕は全てを悟った。
「そうか……君は金木に携帯を奪われたんだね」
「奴に協力して優真をおびきだすことが出来たら返すって話だったんだけどね。あいつの体調べても見つからないし、今夜中にこの森の中から携帯を探すなんて到底無理。つまり詰んだってわけ」
どのみち本当に返してくれるのかも分からなかったんだけど。
そう言った遥香は、今まで見たことのないくらい穏やかに笑った。
「最後くらい優真に会いたかったけど、ちょっと無理そうだしこの辺りが限界かな。ほんと、最悪な七日間だった」
「諦めるのか? 携帯は確かに難しいだろうが、優真は――」
「だってそんなことしたらアンタ、私を尾けるでしょ? そりゃ、大声で優真を呼びまわったら見つかるかもしれないけど本末転倒よ。私は最後はアンタじゃなくて優真に生き残ってほしい」
正直、これには僕も驚き、彼女を見直した。
ゲームが始まってからこれまで、我妻は小鳥遊とは違った自己中心的な女、というイメージしかなかったが、好きな男子のために自分を犠牲にすることは誰でもできることではない。
それのせいか、皮肉にももう動く気力の起きなかった体にもわずかな活力が戻った。
「――最後なんだ。何か僕にできることがあるならしてあげるけど」
「は? 一体どういうつもり。キモ」
「目の前でクラスメイトが死ぬんだ。それくらいの願いは叶えてあげたいなって。君はもう僕の脅威じゃなくなったわけだし」
もちろん、優真を襲うなとかは無理だけど。
遥香は少し考えた挙句、やがてこう口にした。
「じゃあ、セックスしてみたい」
申し訳ありません。
どうにか完結目指して進めたいと思います。




