選択
難産回でした。
Side ???
陽が沈んだ。
幸い、今日は月明かりが強く、真っ暗闇の中を手探り状態で歩く、ということはないが、夜の森の中を一人で歩くというのは恐怖だ。
ましてや、それがこの狂ったゲームの最終日、つまり一番襲撃される可能性が高い日となると尚更だ。
みんなはどこに行ってしまったのか。またみんなと合流するため探すか、じっと息を潜めて隠れているかは私も随分悩んだが、結局は私のクリア条件を考えれば誰かと、他のプレイヤーと行動を共にするしかなかった。
問題は喰人――つまり金木亮と、そして斎藤悠馬と会わないようにすること。既に魔法の発動可能回数も残り二回となっている私にとって、あの化け物たちと出会うということはゲームの敗北、つまり死を意味しかねない。
「あ……」
そのとき、目の前の木に体を預けて休んでいる人影を発見した。
月が出ているとはいえ、この鬱蒼とした森の中では、葉に邪魔されて入ってくる光の量もかなり制限されている。だからこんなに近くに来るまで見つけることが出来なかったのだろう。
どうする。ここからではちょうど相手は背中を向けているような形で、それが誰なのかは判然としない。体格からして男だと思うが、それが天道優真や荒木将人であるかは分からなかった。
刹那の逡巡。だが、そこで相手がこちらを振り向いた。
そして、私は己の命運が断たれたことを知った。
Side 悠馬
「……なるほど」
あずさから事情をひととおり聞いた僕は溜息を吐いた。
ひよりが金木に捕まった。捕まった、というのが僕としては不可解ではあったが、金木という人間が快楽主義者だということを考えると合点がいった。
おそらく、金木の目的はこのゲームをクリアすることではない。最終的にクリアできればラッキー程度にしか考えておらず、彼はこのゲームをまさにゲーム感覚で楽しむことしか考えていないのだろう。僕からすれば考えられないことだ。
今回ひよりを殺さずに捕まえたことも、ゲームクリアとはまた別の、彼の欲望を叶えるために違いない。ひよりとあずさは共鳴者の『テレパシー』が使えるため、位置は分かるだろうし、確かに今なら金木を奇襲することも不可能ではない。しかし……。
「事情は分かった。けど、どうして僕がひよりを助けなきゃいけないんだ?」
「悠馬さんは村人サイドなのでしょう? クリア条件は知りませんが、村人サイドである以上喰人である金木は邪魔なはずです。そして、今ならその金木を」
「奇襲できる、か」
急場で作ったにしては悪くない理由だ。しかし、残念なことに僕のクリア条件はあずさが予想しているような喰人と対立する内容ではない。
「生憎だけど、僕のクリア条件と喰人のクリア条件は……まあ、全く競合しないというわけでもないが、基本的には対立していない」
むしろ、共鳴者であるあずさたちとは完全に競合しているくらいだ。
「ッ、ですがその言い方だと完全に協力しているというわけでもないはずです。それに、金木は他のプレイヤーと違い、ゲームクリアを最優先にして行動しているわけではなく、純粋に自分のしたいこと、欲望に向かって行動するような人間です。そして、そういうプレイヤーこそ、あずさたちのような純粋に勝利を目指しているプレイヤーでは想像できないような行動を取ります。ゲーム終盤であるこの局面で、そのような不確定要素を残しておくのは悠馬さんにとってはかなり嫌だと思いますが?」
「……お前が僕の何を知っているって言うんだよ」
「――分かりますよ」
あずさの言葉を否定するのは簡単だった。しかし僕は否定できなかった。いやしなかった。
それで、あずさの今の言葉を僕自身がそれほど嫌ではないことに気づいた。この気持ちは何なのかを考えそうになり、意識を現状の問題へと強制的に切り替える。
「……とりあえず、お前の言いたいことは分かった。だが、それを踏まえてもう一度言うが、あずさの申し出は受け入れられない。何故なら、お前たち『共鳴者』と僕の『復讐者』のクリア条件じゃあ、どうやっても競合してしまうからだ」
「……そのクリア条件は?」
「そこまで教える義理はないよ」
そう言うと、僕は腰に挿していた鉈をあずさに向ける。
「……どういうことですか?」
「言っただろ。僕のクリア条件とあずさのクリア条件は競合している。将人を僕が襲った時点でこうなる可能性は考えていたはずだけど」
「……本当に、変わってしまったんですね……」
顔を悲しみで歪ませたあずさに僕は声の調子を変えずに続ける。まるで自分が憐憫の対象とでも言うようなあずさの瞳が僕の神経を昂らせる。
「そりゃ変わるさ。僕が一度死んだときの状況を知っているか? 助けた女が帰ってこないから捜してたら死体に遭遇して、それを僕のせいにされてこの始末だ。そりゃ僕だってこのゲーム中、善行ばかりを積み重ねてきたわけじゃない。でも、最期がそんな幕引きだったんだ。そりゃこんな風になっても不思議じゃないだろ?」
そうだ、須藤友樹も、小鳥遊未来も、橘静花も、我妻遥香も、天道優真も。全員僕を悪役にして自分たちを正当化する。クラスで中心となっていた自分たちが世界の中心でもあると思い込んでいるかのように。
「……でもっ! 将人さんは違った! あずさやひよりだけじゃなく、悠馬さんのことだって一目置いてた! なのになんで……!」
「僕のクリア条件を満たすために必要だったからだよ。そもそも僕が『村人』から『復讐者』になった時点で、村人サイドの大半のプレイヤーとは共存することが出来なくなった。そして、“こういう道”を選ばせたのは紛れもないお前達の選択だ。それとも、お前達はそうやってまた僕一人を切り捨てて自分たちだけ助かろうっていうのか?」
「悠馬さん……」
いつしか僕には、目の前のあずさも須藤たちと一緒――敵にしか見えなくなっていた。
そうやってゲーム序盤に友好関係を保っていたことを活かし、僕を籠絡する。そういう意味ではなるほど、僕に対してはあずさ以上に適任な人材はいないだろう。
「話は終わりだ。今すぐ僕の視界から消えろ」
「……その持っている物は使わないんですか。いくらあずさが弱くても、ここで消しておくにこしたことはないと思いますけど」
未だ自分に向けて動かない鉈を見てあずさが言う。
「……二度目は無いぞ。消えろ」
「あなたが本当にクリア効率を最優先するというのならここであずさを殺してください…………だって、どのみち……」
最後の方は声が小さく聞き取れなかったが、前半の言葉については、あずさの目を見れば本気だと分かった。
何を狙っている……。僕は瞬時に周囲を見渡そうとするが、あずさは先んじて首を振る。
「仲間なんていませんよ。唯一力になってくれそうだった将人さんも先ほど亡くなりました」
「ッ……」
そうか、将人には先ほどのダメージで戦闘不能に持ち込んだことは分かっていたが、死んだのか……。
「その顔、後悔しているようにも見えますが」
「するわけないだろ!」
思わず大きな声が出た。自分の声の大きさに自分自身驚くほどだ。
マズい、さっきから僕は今までにないほど動揺している。
既に辺りはとっぷり日が暮れている。ここでのんびりあずさとお喋りしている暇はないのだ。
「……分かった。立ち去らないって言うなら……良いんだな?」
「構いません」
「…………」
最早何も言うことはなかった。
僕は鉈をゆっくりと振り上げると、あずさの頭蓋骨を両断すべく、『復讐者』の力を以て全力で振り下ろした。
風圧であずさのサイドテールが跳ね、足元の雑草が音を立てて揺れた。
しかし、それ以外に音は何も聞こえない。あずさの悲鳴も、足音も。
彼女は瞬きすることもなく、僕の前に堂々と立ち続けていた。
「ほら、やっぱり出来なかった」
鉈が顔の数センチ手前で止まっている状況で、あずさはにっこりと笑った。
不覚にも、その笑顔が懐かしく、また自分を本当に信頼していたように思えてきて、心の根底にあった冷たい衝動がほぐれていくような気がして……。
「結局君もそうやって、凡人と同じく理性の殻を破れずに終わるのか……」
突如聞こえた声に、うなじが粟立った。
「君がいつまでもやってこないから、様子だけでも、と思って見に来たんだけど、あんまりにも悠長にしていたからねぇ。思わず声を掛けてしまったよ」
「金木……先生……」
あずさが見つめる先、僕の背中の先にゆっくりと振り返る。
そこには、ぐったりとしたひよりを抱えた血まみれの金木が、初日と同じように柔和な笑みで微笑んでいた。
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