最後の夜 2
こちらへと突進してきた須藤は、さながら巨大な大砲だった。
「くっ!?」
「きゃ――」
咄嗟に静花を突き飛ばし、自分も地面を転がって避けられたのは奇跡といっていいだろう。気づけば体が勝手に動いていた。これも『戦士』の役職になった恩恵なのかもしれない。
急いで立ち上がり剣を抜くと、再び須藤が鬼の形相で突進してくる。優真はあえて先ほどのようによけようとせず、真っ向から須藤の剣と打ち合わせた。
(こ、これは……ッ!)
「シャァアアアッ!」
「あぐっ!?」
剣もろとも吹き飛ばされた優真は、なんとか空中で体勢を整え着地するが、須藤の凄まじい膂力に両腕
がじんと痺れる感覚に驚く。
こっちは戦士だっていうのに、それすらも凌駕する力を持っているのか、須藤は!?
須藤が体を僅かに沈めたのを見て、再び突進が来ることを予期した優真は今度は回避行動を取る。今の須藤と真っ向から打ち合うのは危険だと判断したからだ。
そして、その判断は果たして間違っていなかった。
今度は刺突を選択した須藤の突進を躱した優真、そのまま須藤の剣は優真の後ろにあった木に根本まで深々と突き刺さるが、須藤はまるでバターでも切るかのように剣を横にスライドさせ、その木を真っ二つにしてしまったのだ。
「――――」
これには優真も言葉が出なかった。学校では剣道部に所属し、全国大会にも出場経験がある優真だが、この戦いは竹刀を使う剣道とはもう次元が違う。
再びこちらに向き直った須藤。幸い既に月明かりは届いており、視界は十分に保たれている。しかし、それは向こうも同じであり、彼我の戦力差は明らかだった。
「優真君っ!」
「馬鹿ッ! 静花、早く逃げろ!」
静花の迂闊な一言で、須藤の視線が狙いを変えた。
「シャァアアア!」
「ッ、ごめん、須藤くん!」
飛び出した須藤に向け、静花は杖を振るい、突如地面に巨大な氷柱を作り出した。その矢先は、まっすぐに突進してくる須藤の足元に向けられており、あの速度で突っ込めば、次の瞬間には須藤の足が貫かれていてもおかしくなかったが……。
「えっ」
須藤が氷柱を飛びこえ、ノータイムで静花へと迫ったとき、優真もまた静花の前へと回り込んでいた。再び激突する両者。しかし、勢いを増してぶつけられた須藤の魔剣に、今度こそ優真の剣が悲鳴を上げた。
「ぐっ」
悲鳴を上げて軋む剣。それを感じた優真の体は、考えるよりも早く刀身を寝かせ、須藤の剣をいなすようにして払っていた。
「このぉ!」
「ギッ!?」
そのまま剣を振るっても防がれる――そう判断した優真が繰り出したのは蹴りだった。
膝を上げ、水平に押し込むように放った蹴りは、防御のために構えられていた須藤の剣をすり抜け腹部に命中。戦士の身体能力で強化された脚力は、須藤をそのまま吹き飛ばし、後方の木に激突させた。
「静花、壁を!」
「ッ……うん!」
意図を察した静花は、即座に杖を使って氷の壁を展開、優真は静花の手を取り、そのまま逃走を開始した。
このままでは負ける、そう判断しての行動だったが、すぐに後ろで氷の破砕音が聞こえた。身体能力では劣っているうえに、こちらには聖職者の静花がいる以上、須藤に追いつかれるのも時間の問題だった。
「くそっ、どうすれば」
「優真君ッ、あっち!」
優真が焦りを滲ませたとき、息も絶え絶えになっていた静花が右手を指さした。
そっちに行って何が――だがすぐに、静花の狙いを理解した。
だが、“あそこ”の話は優真も聞いただけだし、なにせその話をしたのだって、今自分たちを追う須藤たちなのだ。状態もそのままになっているかも分からない以上、懸念材料は数え切れないほどあったが……。
「……分かった!」
「きゃっ」
しかし、最早悩んでいる暇はなかった。どのみちこのまま逃走を続けても、いつかは追いつかれ、殺されてしまうのがオチなのだ。ならば、今はこの可能性に賭けるしかない。
既に限界といった様子の静花を抱きかかえると、優真は進路を右手に変更し速度を上げた。後方からはこちらを追う獣の咆哮が聞こえた気がした。
そのまま走ること五分。村人の時は優に一時間はかかった行程も、戦士の脚力をもってすれば、足元の地面に露出した木の根などに気を付けながら走ってもあっという間だった。
鬱蒼と生い茂る木々の間を抜け、やがて出てきたのは拓けた背の低い原っぱだった。
少し高い丘になっているここには、優真たちが以前使っていたところとは別の山小屋が中央に設置されている。そして、そこから伸びる無数の線は、最初に須藤や委員長に聞いていた話と一致していた。
「キシャァアアアア!」
「くっ!」
そして、山小屋へ向かって数メートル進んだところで、木々を切り倒しながら須藤が姿を現わした。直進するのに邪魔だった木々を切り倒して進んできたようだが、逆にそれが時間のロスになったのだろう。でなければここまで来る間に追いつかれていた可能性が高い。
優真は静花を地面に下ろすと、彼女にだけ聞こえる程度の小さな声で囁きかけた。
「魔法……あとどれくらい使える?」
「……この感じだと、あと二回おっきな氷柱を出したら打ち止めかも」
魔法の発動回数については魔法のタイプによって違うようなのだが、静花の杖の場合は、十リットルと水の量で決まっているらしく、今のはそれを計算したうえでの答えなのだろう。
だが、二回あればおそらく十分……なはずだ。
「じゃあ、俺が合図したら撃ってくれ。ポイントは任せる」
「……もう、私の責任重大じゃない」
「それだけ信頼してるってことだよ」
須藤から目線を外すことも出来ず、静花の方を見ることは出来なかったが、彼女が力強く頷いてくれたのは分かった。ゲームが始まったとき、自分のクラスメイトは沢山いたが、最後まで彼女と一緒にいるということに少しの意外感と大きな安堵感、そして高揚があった。彼女を護る。そういう強い気持ちが丹田の下から沸々と湧きだし、それらがアドレナリンとなって優真の集中力を上げていく。
優真がここで決着を付けるつもりだと分かったのだろう。変わり果てた友人は、魔剣を上段に構え、低く唸った。
「キシャァアアアアッ!」
「ぅおおおおお!」
雄たけびと共に、両者が同時に地面を蹴る。
このままぶつかれば、力比べをする前に優真の剣が折れるだろう。だからこそ、優真は地面を蹴ったとき、須藤の正面ではなく、側面に回り込むように方向を調整した。
「ナッ……」
須藤の口から初めて人間的な動揺の声が漏れる。
急いで体を優真の方に向けた須藤は、そのまま自分の周囲を走る優真に向かい、予想通り突進を繰り出してきた。
かかった!
「ッ!」
これまでの行動からそれを読んでいた優真は、ステップでそれを躱す。予想通りの行動ではあったが、予想以上の速さで、かなりきわどいタイミングだった。
しかし、結果的に躱すことには成功。攻撃を躱された須藤は猛狂い、再び突進しようと身を低めるが、その場所こそ優真が誘導したかったポジション――
「静花ッ!」
「はい!」
「ッ!?」
静花の氷の生成には必ず冷気が発生するという予兆がある。
それを察知した須藤が勢いよくそこから飛んだ瞬間、足元から巨大な氷柱が生え虚空を貫く。
「ッ!?」
いや、実際は氷柱は確かに対象を貫いていた。須藤の付近に伸びていた、ワイヤートラップを。
作動した罠は、直後に夜闇の中からボウガンの矢となって須藤に伸びる。それらは全て須藤に当たることはなかったが、須藤の意識は確実に優真から逸れた。
「おおおおおッ!」
そして、そこまでの絵図を脳内で引いていた優真は既に攻撃態勢に入っていた。ここから突進するのでは距離があり、体勢を立て直す時間を与えてしまう。だからこそ優真は剣を逆手に持ち、思い切り振りかぶったそれを須藤に投擲した。
「グ…ギィ!」
完全に虚を突かれたはずの須藤は、それでも優真の攻撃に反応を見せた。
咄嗟に剣の腹で防御するが、投擲された剣は、狙いを外して須藤の足元に突き刺さる。普段剣を振るうことはあっても投げることなんてない優真にとって当然の結果。理性を失った須藤でさえもそう思ったかもしれない。
――しかし、優真の剣が、足元に伸びていたワイヤーをプツリと切った瞬間、今度こそ狙い誤らずボウガンの矢が須藤に殺到した。
「ギギィ!?」
咄嗟に手で頭を覆った須藤の腕、横腹に三本の矢が突き刺さる。苦痛の悲鳴を上げた須藤だったが、腕の隙間から見えた彼の瞳は憎悪に燃えてこちらを見据えていた。
「し……ッ」
それを見てすぐさま静花に最後の魔法を指示しようとした優真の声が止まった。
次の攻撃を、おそらく須藤は避けられない。当たればいくらタフな須藤でも今度こそ死んでしまうだろう。
死ぬ?
須藤が?
俺の指示で?
本当にいいのか?
一瞬のうちに頭の中を巡った様々な感情が優真の言葉を詰まらせ、まさに致命的な一瞬を作り出した。
「キシャァアアアアッーーーーーー」
「ッ!?」
死ぬ。
須藤が突進してこようとした瞬間、優真は自身の死を覚悟した。
直後に、須藤の体を、巨大な氷柱が一直線に串刺しにしていた。
「…………え?」
「……カッ……」
信じられないという気持ちで氷柱を見る優真と須藤。
遅れて静花を見ると、彼女は口を堅く引き結び、須藤をじっと睨んでいた。
「…………ごめんね」
小さく謝罪の言葉を口にした静花の前で、須藤の体からゆっくりと力が抜けた。
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