最後の夜 1
Side 優真
優真は強烈な光を瞼の奥から感じ目を覚ました。
「ん……」
「あっ、優真くん!」
見ると、傍には静花が座っていた。感極まったのか、瞳が少しだけ潤んでいる。
「ここは……そうだ、みんなは!?」
「……分からない。あれからはぐれちゃって……」
遅れて事態を思い出した優真に、静花は力無く首を振った。
「そうか……」
周りを見渡すと、オレンジ色に輝く太陽の光が目に付く。先ほど目を覚ますきっかけとなった強い光の正体は夕焼けで、周囲の木々に付着した水分が光を反射させて幻想的な風景を醸し出している。優真が気を失う前、つまり金木と戦闘状態に入ったときはそもそも小雨が降っていたし、昼過ぎ頃だったことを考えると、かなり長い時間気を失っていたらしい。携帯で時計を見ると、時刻は一七時を回ったところだった。
「ん……?」
「優真君、今は体を休めないと……」
「いや、それよりも、俺の携帯にメールが来てる」
「ええ!」
静花がこちらの携帯を覗こうとして、慌てて飛び退いた。相手の携帯の画面を見ればペナルティが発生するのを思い出したのだろう。
静花のために、優真は開いたメールを読み上げようと考えた――が、メールの送り主と内容を見て優真は言葉を失った。
『優真君へ。
大丈夫?
今、未来はF8エリアにいるよ。
お願い、助けにきて 未来』
「ッ!」
「駄目ッ!」
何も言わず立ち上がった優真を、静花は瞬時に横から抱きしめて制止の言葉を叫んだ。
「離してくれ! 早くいかないと未来が……!」
「優真君はさっき起きたばっかりなんだよ! 体だって万全じゃないし、それにそのメールだって本当に未来ちゃんか分からないんだよ!?」
「……ッ!」
静花の言葉で、ヒートアップしていた脳が僅かに冷却される。
それでも優真の焦燥を完全に鎮火させるには足りなかった。
「でも、もしこれが本当に未来だったら……!」
「だとしても、メールが来た時間はいつなの? 今から行って間に合うの?」
弾かれたようにメールの受信日時を見ると、それは午後三時頃――つまり、今から二時間以上も前のことだった。
「二時間前だ……」
「それから連絡は来てないの? 一回だけ?」
「ああ……」
「……分かった。未来ちゃんのところにいくのは止めない。けど、もう少しだけ休もう? 乾パンだけど、何も食べないよりはましだから」
きっと、静花はそのとき色々なことを言いたいのを我慢したのだと思う。
例えば、未来の性格だ、たった一度優真に連絡しただけで、あとはずっと大人しく待っているかと考えたらその可能性は低い。きっと、優真が来るまで何回でもメールを寄越したに違いない。または、メールを送った後に、誰かの手によってメールを送ることが出来ない状態にされたのか……。
しかし、それらは全て憶測の域を出ず、確かめる方法がない。結局は直接行ってみるしかないのだ。だからこそ、静花は止めなかったのだろう。冷静さを欠いていた優真でさえこの結論に至ったのだ。聡明な静花が気付いていないはずがない。
だから優真は、小さな声で一言だけ謝った。
「ごめん……」
「なんで優真君が謝るの? それよりほら、早く食べて」
その後、ゲーム中最後の食事を終えた優真たちは、メールが示した地点まで移動を開始した。
そしてたどり着いた先、F8エリア内を捜索する頃には、日は沈みかけていた。
「暗くなってきたな……」
そうなっては未来を見つけることはだいぶ困難になる。なにせ大声で彼女を呼ぶことさえ出来ず、肉眼で暗闇の中を探すしかないないのだ。
「優真君、これ……」
「あ……」
しかし、奇しくもその必要はなくなった。
夕陽が正に反対の山に入ろうというとき、静花に手招きされて向かった場所に、大量の血痕が飛び散った大木を見つけたからだ。
「これは……」
「誰のかは分からない、けど……」
静花が地面から何かを摘まみ上げる。
人差し指と親指に挟まれていたのは、女性の物と思われる長い髪だった。
この長さは遥香ではない。女性プレイヤーで他に優真の知っているプレイヤーは目の前の静花、そして……。
「……うそ、だろ……」
「優真君……」
思わずその場に膝を付きそうになる。しかし、隣で心配そうにこちらを見る静花を見てなんとかそれを堪えた。
まだ、終わってない……。
「……まだ未来の物と決まったわけじゃない。ともかく、ここに未来はいないみたいだから、俺たちも移動しよう。この血痕が誰の物にせよ、誰かを襲ったプレイヤーが近くにいる可能性は――」
「――ヴァアアア……」
低い、獣の唸り声が聞こえた。
心臓発作でも起こしたように、優真の心臓は一度動きを止めたような錯覚に陥る。正面の静花も、みるみる間に顔から血の気が失せていく。
「優真君、この声……」
「静かに」
優真にもこの声には聞き覚えがあった。四日目の夜に聞いた、豹変した旧友の咆哮……。
「ヴァアアア……」
「ッ!」
二度目の唸り声を聞いたとき、優真はようやく相手の位置を掴んだ。
勢いよく首を巡らせたとき、ちょうど太陽が完全に沈み、森に夜の闇が降りてくる。
黒一色に塗りつぶされていく視界の中で最後に見えたのは、最早完全に狂気に身を落とした旧友、須藤の獰猛な笑みだった――
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