二人目の喰人
遅くなってしまった分、少し長めかな。
Side 悠馬
あれからどれくらい時間が経っただろうか。
持ち合わせの物で簡単な止血だけ済ませ、木にもたれかかっていた僕は、こちらへと近づいてくる足音を聞いた。警戒した足取りながら、歩くペースは速い。さながら猫が獲物に近づくときを想像させた。
「――柚希だろ? 出て来いよ」
しかし、あらかじめ人が来るのを分かっていた人間ならば、聞き逃すほどの音ではない。
頭上を覆う枝葉で光が遮られ、昼にも関わらずどこか薄暗い林の中で、僕の呼びかけに応じた柚希が、ゆっくりと姿を現わした。
「やあ、久しぶりだね」
「……なんで私の携帯のアドレス、知ってたわけ?」
邂逅早々、柚希の言葉には明らかな警戒が含まれていた。
柚希とはゲーム開始直後に会った他にも、三日目の夜に怪我をした彼女を介抱したことがあったが、その時々で彼女の雰囲気は大きく変化していた。
最初の印象は気の強い今時の女子、次に会った時は何かに怯えている小動物のような女子、そして今の彼女は、むしろその小動物を狙う狡猾な肉食動物のようだった。
そして、それで僕は彼女の役職に確信を持つ。彼女はやはり金木と同じ『喰人』、そして今は猛烈な飢餓感と戦っている最中というところだろうか。
「僕のドロップスキルは他のプレイヤーにメールを送信できるっていう能力でね。それで君のアドレスを見つけて送ったってわけ」
未来の携帯を使って送ったとは勿論言わなかった。柚希も、それにはさしたる興味もなかったようで、特に反応らしいものを見せず、本題に入る。
「で、私を呼んだ理由は?」
「メールに書いたじゃないか。見ての通り結構な傷でね。回復薬を分けて欲しいのだけれど」
「なんでそんなことを私がしなきゃいけないの?」
「持っていることは否定しないんだ」
柚希が目元を細くする。初日に会った柚希が発するとは思えないほどの殺気だ。これは飢餓感が危険なレベルまで来ているな。下手に刺激すると、その瞬間襲い掛かってきかねない。
「…………柚希、お前は僕に借りがあるだろ? 忘れたとは言わせないぞ、三日目の夜に倒れた柚希を僕が持っていた回復薬を使って助けたんだ。今そのときの借りを返しても罰は当たらないんじゃないか?」
「……それは感謝してるけど、あれはあんたが勝手にやったことでしょ? 頼んでもないことをあんたが勝手にやって、それで代わりに見返りを求められるのなら溜まったもんじゃない。詐欺みたいなもんだよ」
「まあ、それを言われると僕も弱いけど……でも、君の借りはそれだけじゃないよね」
「? なにを――」
「――四日目の夜、委員長……間島芽衣子を殺した罪を僕に着せただろう?」
「…………」
柚希は答えない。それが答えのようなものだった。
「いくらなんでも酷いんじゃないか、柚希。僕はお前を助けたわけだし、一応命の恩人のはずなんだけど、まさかああも簡単に僕にクラスメイト殺しの罪を着せるとは思わなかったぞ。しかも、その現場を須藤に押さえさせて、よもや間接的に僕を殺すなんて……」
あの日――四日目の夜、トイレに行くと言って消えた柚希がしばらく帰ってこないので様子を見に行ったところ、委員長の死体を発見し、その直後に須藤と邂逅、殺される。全てはあれから始まったと言っても過言ではないが、あの場面を振り返ると、どう考えても柚希が姿を消すタイミングがおかしすぎた。
そして柚希が『喰人』であり、そのクリア条件が村人プレイヤーを殺すものならば納得がいく。そう言うと、柚希は我慢を堪え切れなくなったかのように勢いよく口を開いた。
「違う! あの『戦士』の人は、偶然あの場に居合わせただけで……!」
「でも、僕があんな現場にいたら、誰でも勘違いするんじゃないか? たとえ柚希が頭では殺す気がなかったとしても、心のどこかでそういう打算があったってのは否定できないんじゃないか?」
「…………ッ」
何かを堪えるように柚希が下唇を噛む。
メールを送っても柚希がここに来るかは賭けだったが、来さえすればこっちのものだ。更に僕の予想通り、柚希は自分の行い――つまり僕を死へと追いやったことに罪悪感を抱き続けていたようだ。
多分、彼女は、柚希はずっと迷っていたのだろう。それこそ、ゲーム開始時から。でなければ、最初に会った時、チンピラ男に組み伏せられる訳が無い。本当の柚希は、正当防衛のために相手を傷つけることすら出来ない少女だったのだ。そんな彼女はおそらく、自分の役職、クリア条件を確認し、自分が生き残るには他人を害すしかないという中で、果たして自分はそんなことをしてまで生き続けたいのか、生きていいのか、自問自答を繰り返していたはずだ。
そして、何があったかは分からないが、三日目の夜に他のプレイヤーによる襲撃を受けて、彼女は一人だったら回復不能なほどの大怪我を負った。そして、幸か不幸か僕に助けられ、再びジレンマに苦しむことになった。
「……先輩はさ、なんでゲームに勝ちたいの?」
あの日の夜、柚希が僕に投げた問いだ。
あれこそが、間接的に柚希の迷いを代弁していた言葉だった。彼女がこのゲームに対して迷いがあることはあのときの僕でも分かったが、あくまでそれは柚希が『村人』としての立場からの迷いだと僕は決めつけていた。
「私、もう迷わない」
そして、結果的に僕は柚希の迷いを断ち切ってしまう。皮肉な話だ。あのとき迷いを吹っ切ったことで、僕は自分自身を死地へと追いやる下準備を整えてしまったのだから。
結果的に僕は死にはしたが、実際は先ほど柚希が言っていた通り、彼女もまさか僕をあの場で殺すことまでは考えていなかったのだろう。せいぜい、委員長を殺した濡れ衣を僕に着せようとした程度のはずだ。錯乱した須藤が僕を殺したときは、彼女もさぞや驚き、後悔の一つでもしたのだろう。
それが今、こうして死んだはずの僕が姿を現わし、助けを求めてくれば、非情になると決めたはずの心も揺らいでしまうということだ。
「…………わかった」
そして、彼女は罪悪感に負けた。
僕に投げて寄越したのは見間違いようのない、あのとき僕が柚希に使った物と同じ回復薬。情けは人のためならず、という格言があるが、あれがまさに現実になった形だ。
「本当に義理堅い奴だな、お前も。ありがとう」
「勘違いしないで。次先輩に会った時、私が変な罪悪感に囚われないようにしただけ……一応聞いておくけど、先輩の役職は?」
「村人だったよ、この前まではな」
僕はもらった回復薬に何か細工はないかを一応確かめると、早速それを銃創に降りかける。効果は一目瞭然だ。まるで逆再生するかようにみるみる傷口は塞がった。
「今の僕の役職は『復讐者』、サイドは喰人、つまり柚希と同じってわけさ」
「…………すごいね。そんなに自然に嘘が吐けるんだ。生憎と、私達喰人サイドは仲間の陣営の残りプレイヤー数も表示される。喰人サイドの最初のプレイヤー数は三。そして今は二になってるから、減ることはあっても増えることはない。つまり、最初は村人で、次に役職が変わった先輩が喰人サイドになったっていうのはあり得ないの」
「は? そんなこと有りえない。だって僕は本当に――」
「ハッタリじゃないから、そんな演技をしても無駄だよ」
チッ、柚希がブラフを仕掛けたことを考慮して粘ってみたが逆効果だったか。
柚希は先ほどより警戒した様子で僕から数歩距離を取った。
「ってことは、先輩は村人サイド……私は自分で生き残る確率を下げたってことか。ほんと、生き残るためなら何でもするって覚悟したはずなのにね」
「…………できれば、ここでやりあうのは避けたいんだけど。それに、僕を泳がせておけば柚希達にもメリットはあるよ」
「へぇ」
無言で先を促されたので、僕は続ける。
「復讐者のクリア条件は、『クリア条件を満たしたプレイヤーを三人以下(自身を含む)にし、且つ自身を一度殺害したプレイヤーが死亡すること』なんだ。つまり、君たち喰人のクリア条件である『ゲーム中、人間以外の食糧を摂取せず、村人サイドのプレイヤーの数を喰人サイドのプレイヤーの数以下にする』という条件と競合しない、むしろ協力関係を敷くことが出来るんだ」
今の言葉は真実だ。だからこそ、金木とも一度は協力関係を築くことが出来たし、喰人と共に他プレイヤー数を少しでも減らすことに尽力したのだ。
問題は、この言葉を柚希にどう信じさせるか。
「ふーん……事実だとしたら、確かに協力出来るけど、さっきあんな嘘を平然と吐いた人を私はどう信じればいいわけ?」
「それを今考えているんだよ。言っとくけど、こればっかりは本当だ。チッ、こんなことならあんな嘘吐かなきゃよかったな」
「しらじらしいね」
まったく、狼少年にでもなった気分だ。しかし、自分の携帯の内容を相手には見せられないし、僕は自分のクリア条件を証明する手段を持ち合わせていない。考えてみれば、言葉だけで信用した金木の方がむしろ異常なのだ。普通は柚希みたいに警戒するのは当たり前だ。
それから色々な方法を考え、脳内で会話をシミュレートしたが、どれも芳しい結果にはならなかった。あんまり黙っていても関係はこじれたまま終わってしまうし……・
――ここはもう妥協するしかない、か。
「…………分かった、降参だ。今の僕じゃ、どうやら柚希を納得させることは出来ないみたいだ」
ただ、と僕は続ける。
「協力しようとは言わない。ただ、お互いここは一度何もせずに解散にしないか? 言っとくけど、僕が復讐者っていう役職なのは本当だし、見ての通り戦闘には強い役職だ。ここでやりあえば、お互い無事ではすまない」
だから、ここは確実に仕留められる村人プレイヤーを狙わないか? まだ時間だってあるんだ。
そう話した僕の提案を、柚希は黙って聞いた後、一つ溜息を吐いた。
「あのねぇ……、私だって今さっき助けたばかりの人を襲うなんて真似、したいわけないじゃん?」
「え、そうなの」
「当たり前でしょ。それに、ただでさえ先輩にはゲームの最初に、その、良くしてもらったっていうか……」
どこか恥じらうように言った柚希は、そのときばかりはゲーム初日に戻ったかのような、ただの少女に見えた。
いや、今だって柚希は実際どこにでもいる女子高生なのだろう。ただ、この状況が、カニバリズムゲームが今の柚希を歪めている。それは、たとえ彼女がゲームに勝利した後も元には戻れないかもしれないほどに、だ。
「……そっか、それじゃあここはバイバイってことでいいのかな?」
「また明日、とは言えない状況だけどね」
柚希も、今日が終われば村人サイドのプレイヤーの大半がクリア条件を満たすことを分かっているのだろう。
そうなれば喰人はクリア条件を満たすことが出来ないことが確定、つまり敗北となってしまう。柚希も今日、全てを終わらせる覚悟を持っているのだ。
「最後にもう一度だけ言うけど、僕がさっき話したクリア条件は本当だ。だから僕の事は積極的には狙わないでくれよ」
「積極的には、ね。分かったよ」
それじゃあ。
そう言うや暗がりの中へ引き返していった柚希。
彼女は見えなくなるまで、僕の方に背を向けることはなかった。
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