狂人対決 1
Side あずさ
事前に想定していた展開だ。しかし、それを実際に目の前にするとあずさは目の前がまっくらになりそうだった。
「将人くん! 将人くん!」
姉であるひよりが必死に横たわる男性を呼ぶ。先ほどまで脂汗を浮かべていた将人だが、今となっては逆に不気味なほどに落ち着いていた。
「…………」
薄く目を開いて何かを喋ろうとする将人だが、口元が小さく動くだけで言葉は発せられない。
「そうだ、回復薬!」
そこでひよりは思い出したようにポケットから小さな小瓶を取り出した。以前、悠馬から話に聞いていた回復薬をあずさとひよりは一つだけ入手していたのだ。
一切の迷いなく小瓶を開けて将人の傷口に振りかけようとするひより。あずさも止める気はなかったのだが、意外なことに断ったのは将人の方だった。
「…………!」
相変わらず言葉は出ないが、弱々しく首を振る。自分には使うなと言いたいのだろうが、それを聞く気がひよりにないことは共鳴者のテレパシーから伝わって来た。
「動かないで!」
将人の抗議を無視し、強引にひよりが患部に液体を振りまく。液体は患部に付着すると瞬く間に消えていき、代わりに傷口が早送りしているかのように塞がっていく。
「…………ッ、なんで!」
しかし、将人が受けた傷は悲惨の一言だった。
肩口に食い込んだらしい鉈の一撃は、切り傷の他に重度の火傷も負わせていて、傷口の周辺は焼け爛れて変色し、逆に血が一滴も流れてこない。
傷口自体は塞がったが、流れ落ちた血と火傷までは治せないということか。焼け爛れた肌も回復はしているがスピードが遅く、その間にも将人の顔からは生気のようなものが抜けていく。
「将人さん!」
あずさは思わず叫んだ。特に意味があったわけでもない。しかし、このまま見ているだけでは将人の致命的な何かが失われていく、そんな気がして気づけば彼の名前を呼んでいた。
「将人くん!」
ひよりも負けじと騒ぐ。その声が届いたのだろうか、将人は小さく、本当に僅かに口元を緩めた。
「…………あ」
大きく息を吐いた将人の胸の動きが止まる。そのままいくら経っても胸が膨らまない。
将人さんが、死んじゃった……。
しかし、あずさがそう思った束の間、ひよりが将人の横に膝立ちになり、胸に両腕を当てた。
「死んじゃダメ!」
「お、お姉ちゃん……!」
そのまま将人に心臓マッサージを始めた。
大柄な将人の身体を、お世辞にも大きいとはいえないひよりが必死に蘇生させようとするが、将人は動かない。やがて将人の鼻を摘まみ、口を開かせると、ひよりは躊躇いなく人工呼吸する。
――お願い、起きて将人くん!
テレパシーで姉の悲痛な気持ちが痛いほど伝わってくる。そのとき、ひよりが将人と一緒にいるときに感じていた気持ちが恋心だったということを、あずさは遅まきながら気づいた。ひより自身は、おそらく気づいてすらいないだろう。
今はそれすら気づかなくて良かったかもしれない、とあずさの理性が冷静に判断していて、自身に嫌気が指す。
「お姉ちゃん……将人さんは、もう……」
「ッ……ッ……ッ……!」
「お姉ちゃん……」
あずさの言葉も聞こえている、ひより自身も理解している。しかし、ひよりの心が、将人の死を頑なに拒んでいた。
――死なないで死なないで死なないで!
こんなに必死な姉をあずさは見たことがなかった。
こうなってしまってはしばらくはあずさの声さえも届かない。しばらくは好きにさせる他ないだろう。
あずさは脳内に響くひよりの心の叫びを聞きながら、ひたすらに現実を拒否するひよりの行動を見守っていた。
Side カナキ
「…………んー、60点くらいかな?」
自分の料理にそう点数を付けた金木はそう言って口に入っていた物を嚥下した。
「味は豚肉みたいな感じだけど、それよりは脂身が少ない感じ……ヘルシーみたいな? ダイエット目的とかだったらありかもね」
どちらにせよ、食べられないものではない。金木はフライパンにあった肉をどんどん口に放り込んでいく。
「……まあ最も、この見た目じゃよっぽどこじらせた性癖の人じゃないと食べないだろうけど」
それにしても、と金木は思う。
各所アイテムボックスの中にあったフライパンや鍋などの料理道具。最初は間抜けなプレイヤーに火を焚かせて喰人の襲撃を誘発する罠の役割しかないと思っていたが、こうして使ってみると重宝するものだ。
なにせ、流石に喰人とはいっても、“生”のままでは無理だ。僕達は人間なんだから、きちんと食材を調理して、自分たちの味覚に合う料理として加工するのが、食材への最低限の礼儀というものだろう。
「そう思わないかい? 小鳥遊くん?」
金木が視線を向けた先には、小鳥遊未来が横たわっていた。
服は全て脱がされており、最低限手だけ縄で縛られている状態。その気になれば走って逃げることも不可能ではなかったが、未来は虚ろな表情で金木の持っている“食材”を見つめていた。
「これも役得っていうのかな。知ってるかい? 星浦の教頭なんかはね、よく酔っぱらったら風俗店に行っては、君たち女子高生に対しての劣情を発散しているらしいんだけど、まさか僕みたいに女子高生の生足に噛みつくなんてこと、世界でも僕くらいしか出来ないことだと思うんだよねぇ。だとするなら、僕ももっと味わった方がいいのかな?」
疑問形だが、その言葉は小鳥遊に発せられたものではなく、独り言のようなものだった。
実際、小鳥遊は十数分前に事切れている。死因はおそらくショック死といったところか。それが自分の足を調理され喰われているのを目撃したからか、麻酔もなしに包丁で太ももの肉を斬り落とされたからかは定かではなかったが。
どのみち、金木はそんなこと興味はなかったし、あまり悠長にもしていられなかった。金木がゲームをクリアするためにはまだまだ村人サイドのプレイヤーを減らす必要がある。食べたらすぐに次の獲物を取りに行かねば――
「…………」
そこで金木はこちらに近づく足音に気づいた。
別に金木が特段聴力に優れていたわけではなく、相手があまりにも足音を隠さずに近づいてきただけだ。
立ち上がった金木が、小鳥遊の解体に使った包丁を手に取ると、やがて姿を現わした相手に乾いた笑いが漏れた。
なんでよりによって、こいつがここに来るのかな……。
「…………ミク、ゥ、オオオオオオオオオオオオ!!」
「チッ!」
金木が構えた直後、漆黒の剣を引き絞った狂戦士、須藤友樹が金木すらも凌駕するスピードで突進した。
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