説明会 2
『他に質問がないようでしたら、次の説明に入らせていただきます。三つ目に「スキル」機能があります。これは特定の役職に与えられたスキルを、このアプリを開きスキルボタンをタップした際に発動させるものです。ただし、スキルには常時発動型のパッシブスキルと、スキルボタンから発動するアクションスキルがあり、タップすることで発動するのはアクションスキルのみです』
「……どういうこと?」
次の説明は荒唐無稽すぎて、柚希が漏らした疑問の声はそこに集まった皆の気持ちを代弁するものだった。
『これについては、特定のプレイヤーを不利にする可能性があるため、私の方からこれ以上お伝えすることは出来ません』
先ほどの詳細な説明とは打って変わった態度に、一同は困惑して目を合わせる。これ以上の詮索は許さない、運営の言葉の裏には、暗にそのような意味が含まれていた。
「それでは、これを使用すれば話して頂けますか?」
『――それは』
しかし、そこで意外な救世主が現れる。
運営に初めて感情らしき言葉を発することに成功したのは、それまで沈黙を貫いていたこの場での唯一の大人、金木先生だった。
「僕は集会所には一番乗りでしたが、その際スキャンを使用した際、反応したのがこのマイクロチップです。先ほどの話では、スキャンで入手できるのはアイテムキーだと聞いていましたが?」
金木の言葉には運営への疑惑が込められていたが、しかしそこで僕は思い出した。違う、運営は嘘を言ったわけでは無い。事実、運営は金木の言葉をすぐに否定した。
『私が先ほど申し上げたのは、アイテムキー“など”ということです。つまり、スキャンを使用した際には、そのようなアイテムキーとは別の物が見つかる場合があります』
「そ、そんな大事なことは最初に言って欲しいんだけどなぁ……」
運営が嘘を吐いた、という自分の主張が外れたことに、金木は恥ずかしそうに顔を歪めた。歳はまだ若く、精々二十中盤から後半に見える彼だが、そのはにかんだ表情は、どことなく子どもっぽいように見えた。
『しかし、そのマイクロチップを見つけたことには驚きました。それは説明会の前後にしかアドバンテージを発揮しないアイテムでしたが、まさか今回、それを見つけるプレイヤーがいるとは思いませんでした』
「うん、先生ってばすごい!」
「あはは……いや、たまたまだよ……」
橘が褒めると、金木は照れたように頭を掻いた。しかし、その光景とは別に、僕は今の運営の言葉に僅かな引っ掛かりを感じた。
『では、先にそのマイクロチップについて説明させていただきます。金木様、そのマイクロチップをあなた様から見て、右から二番目のテーブルの下にある小型端末に差し込んでください』
「え……あ、本当だ」
指示通りの場所に小型端末を見つけた金木が驚きの声を上げる。
みんなが金木の元へと集合する中、小型端末にマイクロチップが差し込まれると、端末は眩しいばかりの光を画面に湛え、文字列を浮かび上がらせた。
「えっ……」
その声は誰のものだったか。
しかし、端末に書かれていた情報は、全員を驚かせるのには十分な内容だった。
役職一覧(村人サイド)
村人…身体能力B、初期装備 なし
村人サイドの一般的な役職。特に突出した能力を持たないが、条件を満たすことで異なる役職に変化する「昇格」というスキルを持っている。
戦士…身体能力A、初期装備 剣(ランダムに一つ)
村人サイドの戦闘職。身体能力が高く、初期装備で武器を持っている。
占い師…身体能力C、初期装備 杖(ランダムな攻撃魔法一つ)
身体能力はやや低いが、「占い」というスキルを持っており、一日に一度、プレイヤー一名を喰人かそうでないか占うことができる強力な役職。
共鳴者…身体能力B 初期装備 なし
共鳴者は二人一組であり、相方が死ぬと、もう一人も死ぬ。その代わり、共鳴者同士は「テレパシー」を使うことが出来る。
聖職者…身体能力C 初期装備 杖(ランダムな攻撃魔法一つ)
身体能力は低いが、一日に一度、プレイヤーの一人にあらゆる攻撃を一定時間弾き返す結界を張ることが出来る。
賞金稼ぎ…身体能力A、初期装備 ボウガン
村人サイドの特殊役職。喰人に劣らない身体能力と戦士を凌ぐ武装を持つが、その分勝利条件は困難。
※また、ゲームの進行によって役職が変化し、記述にはない例外的な役職も存在します。
「これって……村人の役職だよね!」
「おいおい、これは使えるぞ!」
「おお……」
記載されていた内容は、ルールには書かれていなかった村人サイドの役職一覧だった。ゲームの全貌が全くつかめていない状況の中で、この情報というのは確かに莫大な恩恵だ。静花や優真だけでなく、僕も小さく感嘆の声を上げていた。
喰人サイドの役職までは書かれていなかったが、これを見る限り村人サイドの役職は六種類のようだ。村人の他に戦士、占い師、共鳴者、聖職者、賞金稼ぎがあるようだが、これらの名前と能力には、どこか見覚えが……。
「あぁ! ねえ、これって狼ゲームと同じじゃない!?」
「狼ゲーム?」
「あっ! 未来、それ知ってるよ!」
初めて弾んだ声を上げた未来に、聞き覚えのない単語を聞いた僕や柚希が眉根を寄せる。
「知らないの? 最近流行ってるカードゲームだよ! 全員で話し合って、狼さんが誰かを当てるゲームなの!」
「あー、それ、友達から聞いたことあるかも」
未来の説明になっていない説明に、しかし遥香は心当たりがあったようだ。
「遥香も知ってるのか?」
「私も実際にやったことはないけどね。ゲーム参加者には最初にそれぞれ役職が与えられるんだけど、その中に狼って役職が紛れ込んでるの。それを、話し合いや役職の効果を使って狼を見つけるゲーム……って感じだよね?」
「うん。それで、その狼ゲームの中にも、ここにある占い師とか、戦士って役職があって、能力も結構似てるんだよね。特に占い師なんて、もうそっくり」
「未来、狼ゲームなら自信あるよー! 優真も、分からないことがあったら何でも私に聞いて!」
「――でも、“これ”は狼ゲームではないんですよ?」
柚希の冷めた声音での指摘に、先ほどまではしゃいでいた未来の表情が露骨に引き攣った。この子、案外空気読めないのね……。
すると、流石に雰囲気を悪くしたことを察した柚希が、慌てたように言葉を付け足す。
「も、もちろん、今先輩方が言ったように、その狼ゲームっていうのと共通する部分はあると思います。でも、それはあくまで参考に留めておいた方がいいっていうか……変な言い方ですけど、このゲーム自体をゲーム感覚で進めるのは絶対にまずいと思うんです」
「うん、その意見には僕も賛成だ。とはいえ、その狼ゲームがこのゲームに関係している可能性は高い。だから、もし何か気づいたことがあれば、みんな遠慮せずに話して、情報を共有していくって方向がいいと思うな」
柚希の言葉を肯定し、金木は先生らしくその場をそう締めくくった。職業柄、こういう場をまとめるのは慣れているのだろうか。そのあと、それでいいかな、という風に目線を合わせた相手が優真だというのも、この場の人間関係を見事に弁えている。
「はい、先生の言う通りだと思います。だから未来、分かったことがあったらどんどん言ってくれな?」
「う、うん、任せてよ!」
『話は大体まとまったでしょうか? そろそろ次の説明に移りたいのですが』
待ってくれていたのか、そこでしばらく黙っていた無機質な声がそう告げてきた。
流石に、ここで今出た情報について話し合うのを待ってから説明してくれとは言えず、無言の肯定を僕達はすることになる。
『では、先ほどのスキルについての質問の答えを改めてさせていただきます。例えば、そこに書かれている占い師を例に挙げて説明しましょう。占い師のプレイヤーには、スキルアプリの中に「占い」という項目があります。それをタップすることで、説明にあるようにプレイヤーを一人選び、喰人がどうかを判断することが出来るのです』
「強すぎな能力じゃない? それ」
と、あきれ顔で言ったのは遥香。
「でも、狼ゲームでは、占い師の効果には、連続して使えないっていう弱点があったよ。このゲームでもそれはあるんじゃない?」
『肯定です。占い師の効果は一日一度、つまり一度発動した場合24時間が経過するまで再度発動することは出来なくなります。更に、これはスキルとは関係がありませんが、一部の役職では身体能力に制限がかかり、他の役職のプレイヤーに対して不利になることがあります』
「ちょ、ちょっと待ってくれ。それは、俺たちの元々の運動神経を基に、役職は決まってるってことか」
『否定です。役職の振り分けは、プレイヤーの元々の身体能力とは関係なく決定しています。例えば、天道様の身体能力がCで、小鳥遊様の身体能力がBだった場合、天道様はこのゲーム中、一時的に小鳥遊様より身体能力が低いことになります』
「そ、そんな馬鹿な話があるか!? つまりゲームの内容が現実に反映するっていうのか!」
『“ゲームの中”において、ゲームの内容はプレイヤーの皆さまにも実際に反映します。例えば、身体能力Cのプレイヤーでしたら小学校高学年程度、Bでしたら高校生程度、Aでしたら、個人差はありますが百メートルを五秒程度で走ることや、三階から飛び降りても無傷な身体能力を得るプレイヤーも存在するでしょう』
もちろん、個人差はありますが。
語尾にそう付け足した運営だったが、それでもその内容はこんな状況下の中でもイマイチ信じることは出来なかった。
運営もそれは理解しているのか、特にそれ以上これについて言及することはなく、話を進めることを優先した。
『身体能力の問題に関しては、ゲームを進めるうちに、身を以て理解して頂けると思います。脱線しましたが、スキルについて、および役職の性質や特性についてはこれで理解して頂けたと思います。最後に、「プレイヤー情報」についてですが、これについてはルールに書かれている通りで、あまり説明することはありません。強いて言うならば、「スキル」もそうですが、他のプレイヤーにその画面を見られた場合ペナルティ、つまりゲーム失格となりますので、アプリを起動する際は注意してください』
「な、なんでそれだけで失格になるのよ!」
『ゲームを盛り上げるうえで必要な措置です』
そっけない返事に遥香は露骨な舌打ちをするが、その説明で僕はペナルティのなる理由が大体検討がついた。
ゲームを盛り上げるうえで必要な措置、ということは、逆に言うと、このゲームは互いのプレイヤーが自らの役職とクリア条件を交換しあうと成り立たなくなるということだ。
つまり、このゲームは情報というものが、ゲームをクリアするために重要になるということ――
『これで私からの説明を終了します。何か質問がある方はいますか? 答えられる範囲でお答えします』
「今後の話し合いもしたいけど、一旦外に出ようか。あと数時間もしたら陽も沈むし、その前に食糧を確保しておきたいからね」
「賛成です」
説明会が終わり、スピーカーから何も声が聞こえなくなると、金木はそう提案してきた。自然とここにいるメンバーは、これから一緒に行動する流れになっているみたいだが、さて、僕はどうしようか。
「斎藤くんと信濃さんも一緒に来るよね?」
「これからよろしくね、二人とも!」
しかし、そんな風に悩んでいる間に、優真と静花にそう声を掛けられ、既に別行動するとは言えない空気になってしまっていた。団体行動というのはこういうことがあるからあまり好きになれない。
一応、柚希の方を一瞥すると、彼女は僕にしか分からないくらいに小さく頷いた。その仕草が、まるで僕だけは信用してくれているみたいで少しだけ心が弾む。まあ、そんなことはないんだろうけどね。
「うん、これからよろしくね、みんな」
「よろしくお願いします」
とりあえず、そうして頷いた僕は、晴れて優真くんたち学年の最上位カーストのグループと行動を共にすることになった。
色々と不安要素はあるパーティーだったが、今はとにかく情報が欲しい。多少リスクを負ってでも、情報収集することが適切だと、このときは考えていた――
説明回が少し長くなってしまいましたが、これから話は進む(はず)なので、次も読んでいただければ嬉しいです!