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私の王子様

 Side 悠馬


「――で、まんまと逃げられたわけですか」

「あはは、面目ない」


 森中に響いた爆音の後、しばらくしてそこに行けば、金木が一人胡坐をかいて座っていた。

 僕の顔を見ると、はにかんだように笑う。

 彼の体には、数えきれないほどの小さな傷が出来ていた。


「いやぁ参ったよ。爆発のせいで手榴弾の破片と一緒にそこらへんに生えていた氷柱がいくつも飛んできちゃってさぁ」

「それでも、その程度の傷なら先生なら追う事は出来たでしょうに」

「君は僕をなんだと思ってるんだい?」


 怪物だよ、とは流石に口にしなかった。


「……まあ確かに、君の言う通り傷だけなら問題なかったんだけどね。今はだいぶ治ったけど、手榴弾が近くで爆発したせいで耳と目もしばらく使い物にならなかったんだよ」

「耳は分かりますけど、目もですか?」


 手榴弾に詳しいわけではなかったが、閃光弾とかならともかく、手榴弾で目を傷めることなどあるのだろうか?


「あれ、君にはまだ話していなかったかな、僕のドロップスキルのこと。僕のスキルは『夜目』、文字通り、夜でも視界をある程度確保できるってものなんだけど、弱点として日差しの強い昼間なんかは逆に視界が制限されるんだ。さっきの爆発のときも、一応目は護ったんだけど、それでも一時的に盲目になってしまってね。まあ言い訳にしかならないんだけど」


 肩を竦める金木。そういえば昨日の夜、ボウガンで襲われたときにそんな話をしていた気がする。

だが、金木が自分で言った通り、それは言い訳にしかならない。


「分かりました。ですが、これから一体どうするつもりですか? ここで一人も仕留められなかったとなると、今日中に最低でもあと四人は殺さないと先生だってクリアできないんですよ。今となっては村人サイドのプレイヤーはバラバラに逃げてるんですから急がないと本当、に……」


 最後まで言い終わる前に僕はそれに気づいた。

 金木はいつもの柔和の笑顔を保ったままだ。


「……最初からこれが狙いだったんですか? 密集していれば確かに手間は減るけど、既に『昇格』が済んでいる村人のプレイヤーを大勢相手にするのは困難だ。だから、時間的な問題は大きくなるけど、各個撃破が可能になるようにあえて奴らを逃したんですか?」

「まあ欲を言えば、あの場で一人くらいは仕留めておきたかったけどね。それでも今日中には余裕で間に合うと思うよ」


 金木は立ち上がると屈伸運動を始めた。まるで今までが準備運動にも満たなかったとでもいうかのようだ。


「さて、斎藤君。それじゃあ早速始めようか。まず、一番近くにいるプレイヤーはどこかな?」






Side 未来


「はあっはあっはあっ!」


 あれからどれだけ走っただろう。相手が高い身体能力を持つ喰人であることを考えたらもう少し距離を稼いでおきたかったが、未来の体が限界だった。

 近くの木に背中を預け、そのままずるずると尻をつける。未来の心臓は今や破裂しそうなほどに激しく脈打っている。

 しばらくは新鮮な酸素を取り入れることに精いっぱいで何も考えられなかったが、しばらくして落ち着いてくるとやっと思考する余裕が生まれる。

 そして考えることは、ここ数日何十回、いや、何百回と思い浮かべた男の子の顔だ。


「優真君……無事に逃げられたかな……」


 未来の想い人である天道優真の顔、そして最後に見た地面に横たわる彼を思い出し未来の心が痛んだ。

 どうして未来はあのとき優真君を置いて逃げちゃったんだろう。あの男を静花ちゃんが足止めしてくれたなら、優真君を起こして一緒に逃げることくらい出来たかもしれないのに。

 あの場で静花と共に金木と闘うという選択肢はそもそも未来の中には存在しない。そもそも未来は普通の女子高生なのだ。あんな風に戦ったりすることは自分には絶対に出来ない。私は遥香のような乱暴者ではないのだ。

 でも、これからどうしよう。

 未来はこれからどうやって安全に“優真に会うか”を考える。

 未来にとって、このゲームの勝利条件とは優真と共に生き残ること、逆に言えばそれ以外はどうなったっていい。勿論、友達の静花たちが生き残ってくれたら嬉しいが、それは彼女が頑張って達成することであり、未来が手を貸すことではないのだ。

 そう、未来はゲーム開始時に自分の役職を見たとき、むしろ優真と二人で生き残ることが出来る役職だと感じた。その後、優真が村人であると分かり、喰人を利用すれば、窮地に陥った未来を優真ならば助けてくれる。そしてピンチに陥った二人はその中で徐々に愛情を募らせていく。こういうのを吊り橋効果っていうんだっけ? 未来が愛読する少女漫画にはよくある展開だ。

 しかし、当たり前だが、現実にそう上手くはいかない。未来は優真と二人きりになるどころか、予想以上の人数だったクラスメイト達に囲まれながら過ごし、四日目以降は優真と会う事さえ叶わなかったのだ。ここまで思い通りにいかないことがあるのか、未来はもしかしたら世界一不幸な女の子かもしれない。彼女にとっては、今や自分をそのように認識していた。


『優真君へ。

 大丈夫?

今、未来はF8エリアにいるよ。

お願い、助けにきて       未来』


 しかし、まだ未来に手は残されている。

 未来のドロップスキルは『通信士』、他プレイヤーに対してメールの送信を可能にするもの。

 生憎受信までは出来ないが、それでも他力本願の究極である未来にとっては天啓のようなスキル。

 これまでは優真を呼べば他のプレイヤーも一緒に合流してしまう可能性があるため使わないようにしていたが、今となっては全員バラバラになってしまったためその心配もない。あとは、優真を信じてここで待つだけだ。

ただそれは、あくまで自分を狙うプレイヤーに見つからずにいたときの話であったが。


「――見つけたよ」

「ひっ!」


 悲鳴を上げた未来が振り向いた先には金木がいた。

 それを見て未来は――ほっと胸を撫でおろした。


「なんだ先生かー、びっくりしちゃった」


 安心して溜息を吐いた未来、しかし徐々に沸々と胸の奥から憤りを感じ始める。


「それにしてもさっきはどういうこと。未来は、未来と優真君以外なら殺してもいいって言ったよね? それがどうして、真っ先に優真君を倒しちゃったの?」

「それは僕も想定外だったんだよ。君の言いつけ通り、あのときは静花君を狙ったんだよ? でも、そこに優真君が割り込んできたから仕方なく迎撃したらあんなことになったんだ。不可抗力じゃないかな?」

「なにそれ、未来はそんなこと知らない。未来は優真君と一緒になりたいの。そのためだったらなんでもするし、だからこれまで先生にみんなの居場所を教えたんじゃん。ここまでやったんだから、先生だって未来を助けてよ!」

「あはは、でも僕にみんなの居場所を教えたのは、小鳥遊君、君のクリア条件のためでもあるんじゃないかな? 『狂人』の役職である君のクリア条件を満たす為にね」


 金木の言葉に未来が言葉に詰まった。

 未来の役職は『狂人』。クリア条件は『喰人サイドのプレイヤーが一人以上クリア条件を満たす』こと。つまり、未来が生き残るためにはどのみち、あの山小屋にいたプレイヤーの半分以上が殺されなければならなかったのだ。そうすれば残った数少ないプレイヤーである未来を優真は助けてくれたに違いないのに……!


「だ、だからって先生が失敗したら何も意味ないじゃん! どうするの!? 明日はゲーム七日目、つまり村人プレイヤーのほとんどがクリアしちゃうんだよ!? クリアしたプレイヤーも村人サイドの人数に入れられちゃったら、未来たちより少なくなることなんてなくなっちゃうかもしれない! このままじゃ未来たち、死んじゃうんだよ!」


 堰を切ったようにあふれ出した未来の言葉を黙って聞いていた金木は、しばらくしてから「うん、そうだね」と頷いた。


「そ、そうだねって……」

「小鳥遊君、君は一年生の頃、僕の授業を聞いていたから聞いたことあると思うけど……いや、知らないか。君は授業中だって異性の男の子のことしか考えていなかったからね。じゃあ今特別に講義をしてあげよう。君は幸福ってなんだと思う? お金持ちになること? 長生きすること? 違うよね。幸福とは、個人にとっての快楽を追及することじゃないかな?」


 いきなり何を話し出したのか。

 遮ろうとした未来の言葉は、金木の手で制されてしまう。


「無論、一概に全てこう言えるわけではないし、教科書にだってこんなことは書かれていない。今言ったことが幸福の定義なら、社会のルール等は全て個人の幸せを阻害するだけのものになってしまうからね。でも、僕の考える幸福とは今言ったような定義だし、だとすれば人生はたとえ短くても楽しんだ者勝ち、そういう風に捉えられないかな?」

「だとすると、長生きしたいっていう人の本当の欲望は少し違うかもしれないね。その人は長生きすることによってより多くの幸福を感じたいってことだと思う。でも、それなら長生きしなくても、短い時間で一生分の幸福、つまりは快楽を得ることが出来れば解決するんじゃないかな? つまり生きたいという気持ちは死への生理的恐怖から生じる幻想の欲求であって、僕達が幸福を感じるためには不必要なものだ」

「ここまで話せば僕が何を言いたいか分かるよね――別にこのゲーム、勝利して生き残る必要なんてないんじゃないかな? 折角こんな法の目が届かない場所に来られたんだ。好き放題やって、終わったら勝手に死ねばそれでよくないかい? 特に喰人のクリア条件を満たすためには倫理的なタブーを犯さざるを得ない。そうしてクリアして現実に戻った先で、僕達は果たして幸福な人生を送ることが出来ると思うかい? 答えはノーだ。僕は、僕達は、喰人サイドになった時点で、既に道は決まっているんだよ」


 金木が腰から取り出した光る物を見て未来は喉から引き攣った声が出た。

 鈍い光を放つ出刃包丁を持った金木は、幽鬼の如くゆらりゆらりとこちらに向かって歩いてくる。


「君がもう少し我儘を言わなかったら、天道君ともう一度会わせるくらいはしてあげたんだけどね。もうそろそろ、僕も空腹が限界なんだ」

「~~~~ッ、~~~~ッ!?」


 視界が涙でぼやける。ここに至ってようやく未来は、金木がしようとしていることに検討がいった。

 腰が砕けて立ち上がることが出来ない。未来は必死に悲鳴を上げた。


「きゃぁあああああああああッ!! 助けてえええええええ!! 殺されるううううう!!」

「無駄だよ、近くに君のお仲間はいないよ」


 金木がゆっくりと包丁を振り上げる。

 未来はぎゅっと目を瞑り叫んだ。


「助けて、優真くぅうううん!!」




「――アンタの狙い、ようやく分かったよ」




「ッ!?」


 未来は閉じていた瞳をパッと開いた。

 金木も石像のように動きを止めている。


 まさか……。


 未来は、声の方を見て驚きで体を硬直させた。


「よもや先生がそこまで大声で無駄話をするわけありませんし、それは僕に向けたメッセージってことでいいんですよね?」

「ふふっ、まあ言いつけ通り離れたところで待機しているとは思わなかったよ」


 木々の向こうから姿を現わしたのは未来の待ち望んだ天道優真ではなく、裏切者の斎藤悠馬だった。


「――ち、違ぁああああう!! 天道の……天道優真君の方を未来はァアア!」

「五月蠅いな」


 金木がこちらも見ずに包丁を振り下ろす。

 視界の真横を包丁が一閃し、次いで小ぶりの耳が地面に落ちた。

 直後に左の側頭部に激痛が走る。


「ぎゃぁああああああああ!!」

「……はぁ」


 溜息を吐いた金木が再び包丁を振るう。

 それで未来は、のたうつような激痛から解放された。






Side 悠馬


「殺さないんですか?」

「五月蠅いから黙らせただけさ。食材は新鮮な方が良いって相場は決まってるからね」


 気絶した未来を案じるように金木が体を受け止めた。

 しかし、今は未来のことなどどうでもいい。僕は金木の言葉が真意かを確かめねばならない。


「さっきの、本当ですか?」

「なにが?」

「死ぬ気か、ということです」

「別に自殺する気は毛頭ないよ」


 金木は未来をお姫様だっこする。


「同じことです。狂人である未来を殺し、協力者である僕を無くせば、先生はどうやって他のプレイヤーを見つけるつもりですか」

「まあやりようはあるさ。それに、僕が動かなくても君がある程度数は減らしてくれるだろ?」

「…………やはり、あなたと組んだのは失敗でした」

「そうかな。おかげで密集していた他のプレイヤーを各個撃破しやすくなったと思うけど」

「…………」


 金木はそのまま僕を横切り森の中へ入っていく。


「それじゃあね。もうお互い会わないことを祈ってるよ」

「…………よく言いますね」


 金木はからからと笑い、やがて後ろ姿も見えなくなった。そう思わせて近くに潜んでいる可能性もあるが、未来という食糧を抱えている以上可能性は低いだろう。彼はこれから小一時間は“食事”のはずだ。

 僕は携帯からマップを開く。残りプレイヤー数は12名、が、それも直に11名となる。

 時間は正午を回った頃。残り時間は半日を切ってしまった。金木の手助けもない以上、おちおちゆっくりもしていられないな。

 最後の最後で強力なラスボスが現れたことに舌打ちして、僕は歩き出した。


読んでいただきありがとうございます。

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