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激突

 Side 天道

 体が軽い。剣道の全国大会直前の体を限界まで絞っていたあの頃さえ比べようもないくらい、今の優真の太刀筋は“走っていた”。


「ッ」


 優真が地を蹴ったのに少し遅れ金木も後退する。一歩で数メートルの距離を引き離す金木の脚力も脅威ではあったが、剣を持った優真の方がリーチが長い。振るった優真の一の太刀は躱されるが、続く二の太刀が金木を捉えた。

 斬ったのは左の二の腕。骨までは届かないものの、決して浅くない傷を付けるが、金木は表情一つ変えずに間合いを取る。

 再び睨みあいになる二人だが、傷を負ったにも関わらず、金木の顔には余裕の笑顔が貼りついていた。


「なるほどね……天道くん、君が優しい人間なのは結構なことだけど、いいのかい? 君がここで僕を殺さなければ、後ろにいる君の友人の何人かは食べられちゃうかもしれないよ?」

「…………」


 優真はなるだけポーカーフェイスを維持するが、内心では今の攻め一回で自分の狙いを看破されたことに驚愕していた。

 金木の言う通り、今の優真は金木を殺すつもりなどなく、はじめから彼を戦闘不能に追い込むことがねらいだった。今は敵対する間柄だが、それは所詮このゲームの運営によって決められた役職が原因に過ぎず、このゲームを生還すれば、また改めて金木とは先生と生徒という間柄で関係を始められるかもしれない、という希望があったからだ。

 それに、後ろでこちらを見守るひよりとあずさにとって、彼は担任の先生なのだ。その先生を目の前で斬るだけでも忍びないのに、そのうえ殺すことなど優真自身想像がつかないし、全く考えられなかった。


「先生、もう一度だけ、考え直してくれませんか? 今なら、まだ引き返すことが出来ます。俺たちが殺しあえば、この光景をどこかで見ている奴らの思う壺です」


 代わりに優真の口から出てきたのはこんな言葉だった。

 金木は一瞬ぽかんとするが、すぐに溜息を一つついた。まるで授業中に居眠りしている生徒を見つけたような反応だ。


「天道くん、歴史か英語の授業で習わなかったかな? the die is cast! 既に賽は投げられているんだよ。誰が何のためにこんなことをするのかなんて分からないが、既に状況は動いているんだ。僕が生き残るためには君たちを手に掛けないといけない。君たちが生き残るには僕を退けなければならない。今は、それ以外のことなんて考えるべきではないと思うけど……!」

「くっ!?」


 金木が動いた。

 怪我などまるで物ともせず四つ足の獣の如き速さで疾駆する金木に向かって剣を構える。が、金木は急に方向を転換し、優真の横をすり抜けるようにして走り去る。そこでようやく、優真は金木の狙いに気づいた。


「逃げろ! 先生の狙いはそっちだ!」

「クソがっ!」


 悪態と共に前に出た荒木が杖を構える。水の刃を作りだす荒木の杖だが、しかし振るわれる寸前で荒木の動きが止まった。その視線と意味に気づき、優真は絶句した。金木の位置は、ちょうと荒木と優真を線で結んだときの位置を走っており、この状況だと水の刃は優真を巻き添えにしてしまう可能性が高かった。

 はじめから金木はこれが狙いで……!


「俺は大丈夫だから――」

「遅いよっ!」

「ぐぁ!」


 金木のハイキックが荒木に炸裂。咄嗟に頭をガードした腕などなかったかのように荒木を吹き飛ばした。

 転がる荒木をすぐに視線から外し、次に金木は静花を捉える。それにカッと頭に血が昇り、優真は全力で地面を踏み抜いた。


「させるか――な」

「来ると思ったよ」


 はめられた。

優真の突進のタイミングを完全に読んでいたかのように金木はすぐに視界に優真を捉え、優真が剣を振るうより早く横腹に蹴りを食い込ませた。

 体に垂直に蹴り込まれ、体がくの字に曲がる。肋骨から嫌な音。静花の悲鳴が聞こえた気がした――


「に、げ……!」


 最後まで言う暇もなく、優真は横合いに吹き飛ばされる。

 地面を何度もバウンドし、ようやく慣性が優真の体を解放したときには、既に意識はなかった――






Side 金木


「みんな逃げて!」


 水、風ときたら今度は氷か。

 静花の杖から放たれた冷気が自分の足元に届く直前に飛び退れば、先ほどまでいた地点に氷柱が逆さに生えそろう。


「静花!?」

「この人の狙いは私たちが杖の攻撃で同士討ちになることを恐れて攻撃の手を緩めさせること。それなら、私達が分散すればいい。ここは私が抑えるから、早くみんなは逃げて!」

「そ、そんなこと……」

「う、うわぁああああ!」


 戸惑う遥香をよそに、静花の言葉に真っ先に従ったのは未来だ。

 小動物のようにすばしっこく森の中へ逃げ込んでいく未来。もしも金木だけなら見つけるのは大変だっただろうが、今は全プレイヤーの位置を把握している斎藤がいる。今逃がしても特に支障はない。


「遥香、ひよりちゃんとあずさちゃんを連れて早くいって!」

「……いや。優真や将人だっているんだ。アンタを置いてくなんて!」

「そうやって足止めすることが先生の狙いなの! だから今だって襲ってこないでこっちの様子を窺っているの!」


 暖かみのある垂れ目を精いっぱい吊り上げてこちらを睨む静花に金木は興奮を覚える。同時に、忘れかけていた食欲が暴れ出すように脳内を蹂躙する。


「……静花一人でどうにかなると思ってんの?」

「そう思うなら早く行って。あなた達が逃げなきゃ私だって逃げられないんだから」

「…………死んだら私が殺してやるからね」

「意味わかんないよ」


 乾いた笑みを浮かべた静花は、そのまま遥香たちを見送る。


「死んだら絶対ダメだからね!」

「静花さんっ、これを」

「…………ありがとう」


 去り際、ひよりが激励を送り、あずさは何かを静花の後ろ手に渡した。静花の背中越しのそれを確認することは出来なかったが、なんだろうか。一応警戒しておこう。

 やがて、そこに立っている者が金木と静花二人になった。厳しい瞳をこちらに向ける静花とは対照的に、金木の心は既にこの場の勝利を確信していた。


「美しい友情だね。教師として、君のような生徒がうちの学校にいることを誇りに思うよ」

「…………先生、考え直しては、くれませんか?」

「はは、君は本当に優真くんと相性ばっちりだね」

「……応じる気はない、ということですね」


 静花が杖を振るう。

 再び金木の足元に氷柱が発生するが、この攻撃は発生までラグがある。そのときにはもう、金木は静花まであと一歩というところまで来ていた。


「はぁ!」

「!」


 しかし、静花はそれをあらかじめ予期していたようだ。

 よく見れば、既に静花の周りには半円形に霜が足元にかかっており、金木が急ストップしたのと同時に、眼前にいくつもの氷柱が生えそろった。


「くっ!」


 氷柱の先端が体のあちこちを浅く切り裂くが、大事には至っていない。他のプレイヤーが刃を作りだすという範囲の狭い能力しか使ってこなかったために油断していたが、こんな広範囲にすることも出来たのか。

 しかし、今ので静花の周りに漂っていた冷気が完全に霧散する。打ち止めか、そうでなくても次の攻撃までは時間が空くことを金木の戦闘勘が伝える。

 氷柱を避け横から周りこもうとしたとき、静花が後ろ手に持っていた物――つまり、先ほどあずさに渡された物が見えた。


「ッ」


 その正体が手榴弾と分かったとき、金木は迷わず後退しようとした。

 しかし、間合いが開けば逆に手榴弾を投げやすくするだけ、それならば前進した方が誤爆を恐れて投げにくくなるのではないか。そう考えた一瞬足を止めてしまったことが金木のミスだった。

 静花の手から放られた手榴弾が空を舞い、轟音と共に破裂したのはその直後だった。


読んでいただきありがとうございます。

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