おおかみと七匹の子やぎ 2
Side カナキ
さて、どう出てくるだろうか。
カナキは肩に染み入る雨粒の冷たさに舌打ちを我慢しながら、山小屋の中で揉めているであろう生徒達の出方を待つ。
ここに来る前に斎藤から聞いた話では、この中にいるプレイヤーの数は七。残りプレイヤーが十一人であることを考えると、実に半数以上がこの狭い山小屋の中にいるということになるが、もしここでカナキが“五人”以上殺せば、その時点で喰人のプレイヤーはゲームをクリアできるということだ。
――冗談じゃない。
カナキは自殺願望を持っているわけではもちろんないが、かといって他のプレイヤーのようにただ純粋に自分が生き残るためにゲームをクリアする、という気も毛頭なかった。折角いつもと違い、ここでは合法的に犯罪を犯すことが出来るのだ。そんな千載一遇のチャンスを逃す手はないだろう。もちろん、最終的にゲームはクリアするし、そのためにも今ここで多少は村人サイドのプレイヤーを削っておきたいわけだが……。
「…………ッ」
不意に眩暈がしてカナキは少しよろめいた。意図的に意識から外していた飢餓感に急に猛烈な勢いで押し寄せてくる。
カナキは自分の腕に噛みつき、その欲求に必死に耐える。流石のカナキにも、五日間水のみで生活するという経験はなかったが、喰人になったせいなのか、断食による体への影響はほとんどない。ただ、気を抜けば押し寄せてくるこの猛烈な飢餓感だけはどうしようもなかった。
薬物の禁断症状とはこんな感じなのだろうか、と思えるほどに強力な欲求。胃からの空腹も限界だが、顎の咀嚼筋が何か歯ごたえのある物を噛みたい、噛み千切りたいという欲求もすさまじい。正直、今朝も斎藤と会った時は食らいつきたい気持ちを抑えるのにかなり苦労した。この日に日に強くなってくる飢餓感を考えると、近いうちに理性を失ってしまいそうだ。
「――分かりました。先生を中に入れます」
そのとき、ようやく扉の奥で返事があった。この声は天道優真か。
その内容に、カナキは思わずほくそ笑みそうになる。
別に小細工なしで最初から扉を蹴破り押し入っても良かったのだが、扉を破壊して突入する場合、一人ではどうしても隙が生まれてしまう。ならば、正攻法で堂々と向こうから自分を中に入れてくれる可能性に賭けてみたのだ。
どのみち、自分を中に入れないのならば、斎藤と連携を取って着実に数を減らすことにする予定だったが、まったく、本当にうちの学校の生徒は良い子ばかりで涙が出そうになるよ……。
「ただ、一つお願いがあるんです。正直、俺は先生が喰人である可能性を捨てきれません。なので、中に入るなら、その間先生の携帯を俺たちに預けていてほしいんです。もちろん、先生が喰人でないと分かれば携帯はお返しします」
「…………うん、その警戒はもっともだ。分かったよ」
しかし、次に出された条件は少しだけカナキを迷わせることになった。
それでも中に入ればこちらのものだ。携帯を渡すときに近づいてきた人物を人質にして逆にこちらが彼らの携帯を回収してもいい。彼らの方が人数は圧倒的に多いが、逆にそれがカナキにとって優位に働くこともあるのだ。
「ありがとうございます。それでは今鍵を開けます。そのとき、鍵を開けても俺がいいと言うまで扉を開けないでください。一応。俺が下がってから入ってもらうので……」
「分かったよ」
一応警戒している、ということなのだろうが甘い。多少距離を取ったところで喰人の足ならそれを瞬間的にゼロにすることが出来てしまう。それに室内に入ってしまえば、荒木や我妻の持っているという魔法の杖も無暗に発動することは出来ない。狭い室内の中なら仲間にも被害が及んでしまうかもしれないからね。
部屋から足音が徐々に近づいてくる。鍵を開けるべく扉に近づいてくる天道のものだろう。
しかし、そのとき天道の足音に紛れてそれより遥かに小さな足音を捉えた。やがて木造の壁が少しだけ軋む音が聞こえ、横から気配を感じた。
その方向に視線だけ動かすと、山小屋の窓からそっとこちらを窺っている顔が見えた。我妻遥香だ。彼女はこちらを見て、手に持った携帯を操作している。
「では鍵を開けます。先生、さっき言った通りすぐには開けないでくださいね」
そのとき、カナキは彼らの狙いを理解した。なるほど、会話で扉の方に意識を集中させ、その隙に横から我妻が自分を占うということか。占いに目視などの条件が必要だということは予想出来ていたので、両脇の窓は常に警戒していた。だが、それは向こうも織り込み済みで、だからこそ会話でそちらに意識を向けさせようとしたということか。狙いは悪くないがやっぱり甘い。
「残念だよ」
カナキは懐から拳銃を取り出し、窓から顔を覗かせる我妻に向けて引き金を引いた。一度、二度、三度。三発中一発が我妻の額に命中し、彼女の瞳が驚愕に見開かれる。勿体ないが、これで一人仕留めた。
――いや、違う。我妻の顔が勝ち誇ったものに変わる。
彼女の体と銃弾の間に半透明の壁が形成されていた。これは、聖職者の『結界』のスキル……。
そのときカナキは、ようやく自分が相手の罠に嵌ったことに気づいた。
「やっぱりクロかよぉ!」
「チッ!」
カナキが後ろに跳んだ瞬間、中から扉を切り裂き、そのまま自分へ飛んでくる水の刃が迫る。
右肩を切り裂かれ、その拍子に握っていた銃を落とす。舌打ちして後ずさったカナキの眼前に、ようやく小屋の中にいた教え子たちが姿を現わす。
「…………信じたかったですよ、先生」
そして、その中で代表するように天道が一歩前に出た。手には正眼に構えられた一本の剣。
そういえば、この男、確か剣道で全国大会に出場するほどの腕だったはずじゃあ……。
「ですが先生。あなたは遥香を殺そうとした。そんなあなたを俺は許すことは出来ない……行くぞ」
言い切った途端、天道はカナキに向かい駆け、剣を振りあげた。
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