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おおかみと七匹の子やぎ 1

 しばらくして静花が体を離したとき、未来は既に泣き止んでいた。

 いつもなら落ち着きを取り戻すのにもっと時間が掛かっていただろうに。彼女もこのゲームで成長したということだろうか。

 そのときだった。弛緩していた部屋の空気が、突然鳴り響いた扉のノックの音で瞬時に凍り付いた。


「――ッ!」


 特に反応が早かったのは荒木だ。

 彼は立ち上がると腰に手を伸ばしてそれを――杖を取り出し、即座に扉の方に向けた。

 そのまま荒木は攻撃を仕掛けてしまいそうな雰囲気だったが、「待って!」と静花が制した。


「襲うつもりだったなら、わざわざノックなんてしてこないんじゃない?」

「ハッ、どうだか。そう思わせるのが向こうのねらいかもしれねえぞ」


 短い言葉の応酬だったが、優真が落ち着きを取り戻すにはその間だけで十分だった。


「まずは向こうが誰で、何が目的かを聞こう。ひよりちゃんはまだ窓から体を出さないで」


 なるべく外には漏れないような声で話すと、荒木も意図を汲んでか、声を抑えて反論する。


「そんな悠長なことしてられっか。ここにはもう十分村人サイドのプレイヤーがいるんだろ? なら、外にいる奴がなんであれ、先手必勝を取るのがいいだろうよ」

「相手が村人サイドのプレイヤーならことを荒出てずに仲間にするべきだ。幸い、今ここには占い師の遥香がいる。彼女の占いを見てからでも遅くはないんじゃないか」

「バカが。我妻の占いを使うためには対象を目視する必要がある。扉の外の奴が喰人だとしたら、羊の小屋にわざわざ狼を入れてやるようなもんだぞ」


 それは優真にだって分かっている。優真は、急に『おおかみと七匹の子やぎ』を思い出した。

 狼は七匹の子やぎを喰らうべく、子やぎたちの母のフリをしてなんとか家の中に入れてもらおうとする。様々な偽装を施した狼を母であると信じた子やぎたちは、狼を中に入れ、そこで一匹の子やぎを残し、他は全員食べられてしまうのだ。


「――ごめん、開けてくれないか? 僕だよ僕、金木亮だ。さっき偶然荒木くんたちがこの部屋に入っていくのを見かけたんだ。外は雨が冷たくて、止むまでの間だけでもいいから中に入れてくれないかな?」


 遂に、扉から声が掛かった。声の主はたしかに、優真の記憶にも一致する金木先生の声だった。

 ひよりとあずさがほっと胸を撫でおろす。彼女たちにとって金木は担任の先生でもある。彼女たちにとっては信頼できる人物なのかもしれないが、生憎と遥香や荒木の表情は硬いままだ。

 そして、意外な人物までもが、金木に対して過剰とも思えるほどの警戒感をあらわにした。


「駄目ッ、ぜったい開けないで!」


 声を潜めてはいるものの、その声には迫力があった。

 扉を開けてはならぬと主張した主である未来は、今まで優真たちでさえ見たことのないほど強張った表情を浮かべていた。


「ど、どうしたの未来ちゃん……?」

「だ、だめ……だめなの……だってあいつは……あいつに……未来は一度襲われたんだから!」


 誰かが息を呑んだ。

 呼吸を忘れそうになるほどの衝撃の中で、再び扉はノックされる。


「おーい。もしかして、僕は警戒されているのかな? 大丈夫、僕は喰人ではないよ。なんなら、そこにいる我妻くんに占ってもらったっていい」

「それが出来れば苦労しねえんだよ……」


 荒木が舌打ちするように、遥香が占うには対象を目視する必要がある。一応、窓際から玄関にいる金木を目視して占うという方法も存在するが、遥香が目視する以上、当然金木の方からも遥香は丸見えになる。仮に金木が……万が一にも金木が喰人だった場合、それは絶好のチャンスだろう。占いを待つ暇もなく金木は本性を現し、まずは無防備になった遥香を襲うことだろう。

 その占い師である遥香は、未来の言葉の真意について問いただそうとしているところだった。


「未来、それどういうことよ!」

「今言った通りだよ! 未来は昨日、森の中であの人に襲われたの!」

「それって、見間違いとかって可能性は……」

「夜でもあれだけ近かったら未来が見間違えるはずないもん!」

「ですよねー……」

「ひより! こんなときにふざけてる場合か!」

「ふ、ふざけてなんかないよ~」


 先ほどまで潜められていた声も周りがヒートアップするのに乗じてどんどん大きなものへとなっていく。

 外にいる金木にも、それは聞こえていたようで、次に聞こえてきた彼の声からは悲しみが滲み出ていた。


「…………どうやら椎名君たちもいるらしいね。確かに、二年生とは僕は学校であまり関わりもなかったし、君たちが信用できない気持ちも分かるよ。けど、もしも僕が喰人なら、わざわざ扉をノックしたりせず、強引に扉を破って入っていた方が早かったんじゃないかな? それに、我妻君や小鳥遊君は一日目は一緒に行動していたじゃないか。皆がルールを把握していなかったあのときこそ、僕が喰人だったら見逃さずに襲うと思うんだけど、どうかな?」


 まるでささくれた生徒を説き伏せるような優しい声音だった。しかも、僅かに滲み出る悲しみの感情は、今自分たちが扉を開けないせいで傷つけているものだという事実が心に突き刺さる。これには荒木も苦々しい顔だ。

 小さな、本当に聞き逃しそうなほどの音であったが、外から一つ、くしゃみが聞こえた。

 急速に冷えていく空気の中で、おずおずと静花がそれを口にした。


「ねえ……やっぱり中に入れてあげようよ。先生、このままじゃ本当に風邪をひいてしまうかも……」

「だ、ダメだって! 静花ちゃん、私のいう事を信じてないの!? 本当に昨日、未来はあの人に襲われたんだって」


 未来の言葉に頷いたのは荒木だ。


「ああ、小鳥遊の見間違いの可能性ももちろんあるが、不用意に中に入れて実は喰人でしたじゃあ洒落になんねえ。せめて、一つ保険をかけておきてえところだが……」

「じゃ、じゃあ遥香ちゃんが窓から先生を見て占ってよ。そしたら、未来のいう事が本当だって分かるんだから」

「あんたそれ、私に囮になれって言ってるのと同じって分かってる? もし先生が喰人だったら、そのとき真っ先に死ぬのは私なんだよ?」

「それでも、未来たちを助けるためには必要なことだよ。遥香ちゃんの危険一つで、他の未来たちが助かるんだから、遥香ちゃんはするべきだよ」

「ッ、あんたねえ……!」

「二人ともやめて!」


 まずい。普段から衝突が多かった二人だが、この極限状態の中だと、少しの不和で関係は容易に破綻しかねない。何か、この状況を打開する有効な手立てはないのか……?

 口論に発展しそうになっている遥香と未来の仲裁を静花に任せ、優真は考える。問題は外にいる金木が喰人であるかどうか。優真の脳裏には、再び『おおかみと七匹の子ヤギ』のストーリーが再生されていた。

 あの話の中では、部屋に入れてしまった狼によって、子ヤギたちは食べられるが、一匹だけ見つからずに隠れていた子ヤギがいる。やがて帰って来た母に惨状を伝えた子ヤギは、後に昼寝をしている狼の腹にいる兄妹たちを助け出し、代わりに石を詰め込んで狼を成敗するわけだが……。


「――――あ」


 そのとき、脳内に一筋の閃光が走り、無意識に声が出た。

 部屋にいた人達の視線が一気に集まる。

 代表するように、荒木が言葉を発した。


「その顔、何か浮かんだって感じだな」

「…………正直、今咄嗟に出ただけで、穴だらけかもしれないけど……」

「他に手もねえんだ。話してみろよ」


 そして、僕が自分の考えを伝えてみると、荒木はにやりと笑った。ここに来て初めて見た、腕白そうな少年の笑みだった。


「良いぜ。俺は賛成だ。多少不確定要素もあるが、今はこれくらいでも上出来だろ」

「うん、私も優真くんの案に賛成。他の皆は?」


 静花の声に反対する声は上がらない。決まりだ。

 これで自分の案によって今いるみんなの生死が左右されるかもしれない。優真は乾いた喉を鳴らした。


「……それじゃあ始めよう。みんな、くれぐれも音を立てないように……」


読んでいただきありがとうございます。

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