メールの示す先
Side 金目
畜生め。どうしてこうも上手くいかない。
振り返り、追手がいないことを確認して金目はようやく足を止めた。
強化された体にも関わらず、肺は新鮮な空気を求めて呼吸を繰り返し、酸素が足りなくなったせいか頭がガンガン痛む。
木に寄りかかり座り込むと、金目は呼吸が落ち着くのを待った。
こんなはずじゃなかった。
これを考えるのは何度目だろう。ゲームはまだ終わっていない間にこんなことを考えてはいけないと分かってはいるが、気づくと思考はそのことでいっぱいになっている。大体、今回のゲームは前回に比べて明らかにおかしい。昨日の戦士まがいの狂った少年も大概だったが、さっきのあの男は一体何者なのか。気取られないように最大限注意して監視していたし、ヘマだって一つもしなかったはずだ。まして、背中に向かって放たれた矢を掴むなど、喰人だった自分の経験から言わせれば有りえない芸当だ。
あの男には敵わない。先の一件を金目はそう結論付けるしかなかった。しかし、そうなるとこのゲーム中に決して近づいてはいけないプレイヤーは二人となり、まだ一人も殺害できていない金目としてはかなり動きづらい状況となった。せめて、村人プレイヤーの位置だけでも特定できれば……。
そのとき、自分の胸ポケットから電子音が鳴り響き金目は心臓が飛び出しそうになる。
「…………!」
慌てて周囲を確認するが、しばらく経っても虫の鳴き声以外は何も聞こえてこない。
ほっと一息吐いた金目が携帯を確認すると、メールが一通届いていた。
――これは。
差出人の名前を確認して金目は目を見張る。その名前を視るのは金目にとっては二度目だった。最初に見たのは初日の夕暮れ、そのときのメールの中には焚火が上がる先に村人プレイヤーの集団を知らされたときだ。
つまりは金目の協力者。『賞金稼ぎ』という役職上、どうしても他のプレイヤーとの協力体制は難しいのだが、決して不可能な話ではない。そして事実、金目はこうして協力者を獲得しており、今その人物から新しい情報が送られてきたのだ。
「おお……!」
中身を読み、金目は顔を綻ばせる。
メールに示された位置に村人プレイヤーがいるというのだ。しかも位置的にはここからそう離れていない。未だ一人も狩れていない金目にとっては望外の幸運だった。
勿論、罠の可能性だって十分あるが、一度目にメールが来た際、“彼女”が自分の役職と目的を明らかにしたうえで情報提供し、それが事実その通りであったことから金目はメールの差出人を信頼していた。それでも、いつもの金目なら多少なりとも用心していたのだろうが、このときの金目は度重なる襲撃の失敗と、クリア条件が少しも達成されていないことによる焦りから、携帯をポケットに戻した時には既に行動を開始していた。
猟師の経験もある金目にとって、森の中で音を殺して移動することは慣れたものだ。
そうして誰にも見つかることなく、スイスイと移動して目的地に着いたときには、メールの内容通り、毛布をかぶった人影が一つ、地面に寝転がっているのが見えた。
――情報通り。
金目は逸る気持ちを抑え、ボウガンを構える。そのまま徐々に前進し、絶対に外さない距離まで近づいていく。
今日は月明かりが少なく、眠っている人物の輪郭が見えるようになったのは、彼我の距離が五メートルを切ったくらいのときだ。そのとき、遅ればせながら金目は横たわる人物の隣に置いてある武器に目が向いた。
流石に金目も焦っていたとはいえ、傍にあった武器を見落とすとも思えない。しかし、その武器を見たことで自分が気付かなかったことに金目は合点がいった。
眠る男の傍に置かれていたのが、昏い赤と漆黒に覆われた、禍々しいデザインの剣だったのだ。
「…………?」
金目はそれを見たことがある気がした。
どこで見たのだったか……それを考えながら、自分の心臓が徐々に早鐘を打ち始めていくのが分かった。
根拠のない不安、いや、恐怖か? そこまで考えてから、金目はその剣をどこで見たかを思い出し、少しだけ、ほんの僅かに呼気が漏れた。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
たった今思い出した男の顔が次の瞬間には目の前にあった。
構えていたはずのボウガンはいつの間にか手元から消えて――いや、あった。ボウガンを握った腕ごと男の後ろの地面に落ちていた。
「うわぁああああ」
逃げ出そうとしたとき、金目の右足に激痛が走る。
見ると、男の振り下ろした剣が金目の足と地面を縫い付け、少しでも動かそうとすれば激痛を走らせることになっていた。
「う、ぁ」
思わず腰を着いた金目を男は正気とは思えない瞳孔の開き切った瞳で見下ろす。金目の周囲には特有のアンモニア臭が漂い始めていたが、それは男も、そして金目も終始気づくことはなかった。
Side 悠馬
朝起きると良いことと悪いことがあった。
悪いことは今朝起きると、ドロップスキル『超聴力』による恩恵が無くなっていたこと。これについては昨日から分かっていたことではあるのでしょうがない。
良いことの方は、起きて携帯を確認すると、残りプレイヤーが十一人となっていたことだ。既に脱落していたのは委員長こと間島芽衣子とチンピラ先輩こと茂木武夫、そして昨日の夜、また新たに一人脱落者が出たらしい。
僕にとっては誰が死んだところでデメリットがあるわけでもなく、むしろ僕が危険を冒して他のプレイヤーを襲う必要が無くなるのでメリットがあるくらいだ。
マップを確認したところ、昨日金木と別れたポイントには寝る前と同じく一名のプレイヤーの反応がそのままだ。どうやら脱落したのは金木ではないらしい。少し複雑な気分のまま朝食を済ますと、そのポイントへと移動する。
「やあ、おはよう、斎藤君」
集合時間三十分前に着くと、金木は歯磨きをしていた。昨日のことで彼が何をしても大抵驚かないと思っていたが、これには流石に乾いた笑いが起きた。
「? どうしたんだい?」
「いや、なんで歯磨きしてるのかなって」
「そりゃ君、虫歯を予防するためだよ。いくら水しか飲んでいなくても、寝てる間に口の中の細菌は物凄い数になるからね。健康な体は日々のちょっとした心がけから成り立つんだよ」
そうしてこんな保健の先生みたいなことを言ってくる始末。もう下手にそういうことには触れず、ゲームクリアのための事務的な話をすることにした。
「プレイヤー人数、減りましたね」
「ああ、さっき見たよ。昨日のうちに一人減ったらしいね。ないとは思ったけど、君がやられたのかと思ってヒヤヒヤしたよ」
この狸め。
心にも思っていないであろうことを言う金木の言葉を無視し、僕は話を続ける。
「それで、昨日は具体的には話しませんでしたけど、これからどうするんですか? プレイヤーを減らしていくっていうのは決めてましたけど、具体的な方法は考えてましたか?」
「ああ、そのことだけどね」
ぶくぶくぺー。
金木はペットボトルの水で口をゆすぐと(このゲームでは勿体なさすぎる使い方だ)、枝に掛けていた上着に腕を通した。
「今朝方、僕の協力者から連絡があってね。そのポイントに複数人の村人プレイヤーがいるらしい。僕は今からそこと合流しようと思う」
「ちょ、一人で行く気ですか?」
「相手が昨日君が襲った二人だったら面倒だろ? それじゃなくても、他のプレイヤーからすれば君は死んだと思われているだろうし」
「く……」
言っていることは正しいのだが、金木に言われると不思議と癪に障る。ただ、そんなことだけで正論を否定するわけにもいかず、僕は不承不承頷いた。
「分かりました……ちなみにその協力者っていうのは、喰人サイドのプレイヤーなんですか?」
「うん、そうだよ。どういう原理かは知らないけど、喰人同士は協力出来ない仕様になっているみたいだから、実質喰人サイドっていっても、協力できるのはその子くらいなんだけどね」
そう言って苦笑いを浮かべた金木は、ふとその笑みの色を濃くして――
「……まあぶっちゃけ、その協力者の子が、一番得意じゃないんだけどね――」
ゆっくりと曇天の空を仰いだ。
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