黒幕
「ほら、好きなだけ食べていいよ」
「…………」
バサバサバサーッ、と携帯食糧が山を作る。
これだけあれば、一人なら三日間は余裕で過ごせるだろう。村人のときだったら拝み倒すところだったが、生憎今となっては芋プレイをしているだけではクリアできなくなっており、口惜しい限りである。
不思議なのは、何故金木がこれを持っており、かつ僕に渡してくれるのかということだ。
「……交換できるアイテムなんて僕持ってませんよ」
一度死んだときに、集めていたアイテムキーなども全て消失しまっていたため、今のところ持っているのは鎖と鉈、そして五百のペットボトルくらいだ。
「ああ、そのあたりは気にしなくていいよ。これはお近づきの印みたいなものだから」
「……一応言っときますけど、これで恩を着せて何かやらせるっていうのは御免ですよ」
「あはは、心配しなくていいよ。どのみち、これらは僕にも無用の長物だし、捨てるのももったいないから残してただけで、君が消費してくれると僕としては逆にありがたいかな」
「…………」
金木の言葉には引っかかるものがあったが、今は置いておくことにした。
それよりも飯だ。思い返せば、最後に食事をとったのは昨日の夜だ。今日は丸一日何も食べていないうえで、更にけっこう激しい運動を繰り返した。食糧を前にしてから思い出したかのように脳が空腹を訴えていた。
「それでは遠慮なく」
今更細工などを警戒する必要もない。なにせ、金木は先ほどやろうと思えば僕を殺せていたのだ。毒を喰らわば皿まで、でもないが、ここは金木を一度信用してみるべきだ、と直感が囁いていた。
「…………なんですか?」
しばらくすると、金木が僕を見て微笑を浮かべていることに気づいた。
咄嗟に今食べている物を警戒したが、「ああ、違うよ」と金木が即座に否定する。
「君があまりにもあっさり食べるから、やっぱり僕の見立てに狂いはなかったなぁ、と思ってね。賢い君のことだし、リスクマネジメントしたうえで食糧に手を出すことを決めたんだよね?」
「この状況を考えたら、先生が食糧に何かする手間をかけるよりも良い方法が沢山あるだろうし、そんなの誰だって気づくでしょう」
「それにしたってもう少し警戒すると思うんだけど、君は何の迷いもなく食糧を口にした。自分の判断を疑っていない証拠だ。君となら最後まで上手くやっていけそうだ」
「…………それなんですけど、そもそも僕と先生がクリア条件競合してたら笑えないですよ」
金木の物言いに少し思う事はあったが、今はゲームをクリアするために建設的な話をしよう。
その思いで話題を転換すると、金木は首を傾げた。
「ううん……その可能性はかなり低いと思うけど……斎藤くん、君のクリア条件は?」
「先生は人に物を訪ねるときはまず自分からだって教わってないんですか?」
「うわぁ、初めて聞いたよ」
飄々と言ってのける金木。顔だけ見れば、本当に初めて聞いたような顔をしているから面の皮が厚い男だ。
「……まあいいですよ。先生のクリア条件にはそこそこ見当がついていますし、多分僕と競合はしてないでしょう」
「ん? 喰人のクリア条件が入ったマイクロチップでも入手しているのかな?」
「それはあなたが初日に壊したでしょう」
金木はポカンとするが、僕が表情を変えず見つめ続けると、やがてにこりと表情を変えた。
「うん、正解だ。僕だと当てたのも見事だけど、よくあの壊したマイクロチップも見つけたね」
「普通に考えて、あの説明会の場所で村人サイドの役職の情報しかないって言うのは不自然でしょう。それなら、あの場にいた喰人である先生しか犯人はいない」
「うんうん、素晴らしい解答だ。けど、斎藤君。一つだけ間違っていることがあるかな?」
「え?」
金木はまるで授業が始まったかのような口ぶりで話し出した。
「君はなぜ、あの場に喰人がいたと思ったんだい?」
「それは、先ほど話したマイクロチップの問題と、そもそもあの場にいたプレイヤーの数自体、全プレイヤーの半数に及ぶものでしたから、その中に喰人がいる可能性が高いと考えて当然でしょう」
「なるほどね、けど、それじゃあ何故、あの中に喰人が“僕一人”だと思ったんだい?」
「…………まさか」
そこまで言えば、金木の言葉の真意が分かる。
「あの場には、まだ喰人がいたのですか?」
「惜しいね。正確には、“喰人サイドのプレイヤー”が全員揃っていた」
「――――」
絶句する僕の反応を見て満足そうにうなずく金木。
その態度は気に喰わなかったが、それよりも確認したいことがあった。
「喰人サイドには、やはり他にも役職があるのですか!」
「やはり、ということは、可能性については既に考慮していたみたいだね。素晴らしい。出会ったばかりだが、やはり君とならクリアも容易に思えてくるよ」
「そんなことはいいですから、役職と能力、そしてそれが誰かを教えてください!」
「――――狂人。狼ゲームを知らなかったら、名前だけじゃあどんなものかは予想つかないかな?」
「きょう、じん?」
「うん。そもそも喰人サイド陣営のプレイヤーは三人。喰人が二人と、狂人が一人。そしてその狂人こそが、喰人をサポートする役割を担うプレイヤーなんだ」
それから金木はどこからか紙とペンを取り出し、狂人について説明を書いてくれた。それから少し悩んだ末に、喰人の情報も書いてくれる。
狂人…身体能力B 初期装備 なし
喰人サイドのプレイヤーだが、占いの結果では「喰人ではない」と出る。喰人サイドのプレイヤーからは同族として扱われる。
「狂気」…占い師に占われても「喰人ではない」と出る。更に、喰人プレイヤーからは同族と判断される。
(クリア条件)喰人サイドのプレイヤーが一人以上クリア条件を満たす
喰人…身体能力A 初期装備 なし
喰人サイドの主要役職。クリア条件は村人サイドに比べてかなり難しいが、「捕食」などの強力なスキルを持つ。
「闇纏」…夜になるとプレイヤーは喰人の顔を判別できなくなる。
「飢餓」…長時間プレイヤーを「捕食」しなければ強烈な飢餓感を覚える。
「捕食」…プレイヤーを三人捕食することで「悪鬼」へと昇格できる。
「同族嫌悪」…例外として喰人のプレイヤー同士は決して協力できない。
(クリア条件)ゲーム中、人間以外の食糧を摂取せず、村人サイドのプレイヤーの数を喰人サイドのプレイヤーの数以下にする。
しばらく何も言う事が出来なかった。
狂人の存在も驚きだったが、喰人のクリア条件も想像を超えた内容であったためだ。
そして喰人のクリア条件を見てあることに気づき、金木の顔を見て息を呑む。
金木の顔は、ゲーム初日に見た時より明らかにやつれていた。
「先生、あなた……」
「ううん、まあ気づくよね。そうだよ、僕は初日から水以外を摂取していない」
「そんな! しかし、初日にカレーを食べたときは……ッ!」
「思い出したかい。そう、その日、僕の分は全て小鳥遊さんにあげてるんだよ。そして君なら分かっただろう? あの日、僕ともう一人、カレーを彼女にあげた人がいたよね?」
「…………」
暴露された情報が濁流のごとく思考を呑み込もうとするが、既に僕には嫌なほど事実はハッキリと浮かびあがってしまっていた。
――それでは……あのときから、僕は獲物として見られていたということなのか。
「その通りだよ」
まるで見透かしたように発した言葉。僕は金木を睨みつける。
しかし、それを意に介さず、金木は僕に安心させるような笑顔を向けた。
「さあ、次は君の番だ。君の役職とクリア条件、もちろん教えてくれるよね?」
読んでいただきありがとうございます。
一応、伏線は張ってあるので、喰人については誰だか分かる人には分かると思います。




