初戦闘
「武器を捨てて両手を挙げろ。妙なことをしそうだと感じたらすぐに撃つ」
将人の言葉は真剣そのもので、今にも銃口からは銃弾が飛び出しそうだ。
だから僕にもまだチャンスはある。さっき後ろから撃たれていたらその時点で終わっていたが、彼は明らかに銃を撃つことに未だ抵抗を持っている。それ自体は別に不思議なことではなく、むしろ当たり前のことだが、今の僕に言わせれば甘いと言わざるをえない。
それでも、もしも僕が攻撃する素振りを見せたら、彼は今度こそ撃ってくる、そこまで将人も甘い人間ではない。仕掛けるとしても、慎重にタイミングを計らなければならない。
「あ、荒木くん、誤解だ。僕はただ、テントの中に誰か確認しようとしただけだし、これは護身用で持ってただけだ」
「聞こえなかったのか? 次はねえぞ」
聞く耳持たず、か。
僕は持っていた鉈を手放し、地面に置いた。
「これでいいかい?」
「まだだ。後ろに持ってる変な鎖もだ。このゲームの中じゃあ、それもただの鎖ってわけじゃない可能性だってあるしな」
勘の良い男だ。やはりそう上手くはいかないらしい。
僕は将人の指示通り、ベルトから鎖を外すと、ゆっくりとしゃがみ、地面に鎖を置く。
「僕をどうするつもりだ?」
「お前の携帯を預からせてもらう。何かしようとすればスキル画面を俺が見るって言えば、頭の悪くねえお前なら分かるだろ」
「なるほどね」
確かに他のプレイヤーを殺さずに無力化する方法としては悪くない。しかし、結局それは悪くないだけで、最善の方法ではない。
疑わしくは罰せずという言葉があるが、このゲームはその逆だ。少しでも怪しいプレイヤーには極力近づかず、それが無理なら殺すのが手っ取り早いのだ。
こんな風に。
「ッ!」
僕が膝を曲げた瞬間、将人は躊躇わずに発砲した。
しかし、狙いは胸ではなく足。銃など日常では扱わないため、撃つときに視線を下げてしまったのは仕方なかったとは思うが、そんな見え透いた行動を取れば、今の身体能力が向上した僕の反射速度なら躱すことが出来る。
「この速さ、やっぱりテメエが――」
「言っとくけど、本当に喰人ではないからね」
将人が二発目を撃つ前に、僕のハイキックが炸裂する。
不思議な感覚だ。僕、いや……斎藤悠馬の記憶にはやはり武道の経験などないのに、今の僕は体が自然に動くほどに、体が荒事に慣れ切っている。やはり僕はもう斎藤悠馬ではないらしい。
「チィ!?」
ハイキックをなんとか両腕でガードした将人だが、その威力を殺すことが出来ず、体勢を崩す。
その隙を見逃がさず、僕は将人の腕をとると、そのまま一気にこちらへと引き寄せる。
「なに――ガッ!」
自分でも驚くほど綺麗に決まった背負い投げ。なんとか受け身が間に合った将人であったが、衝撃を吸収しきれずに声なき悲鳴を上げる。
「最初に僕を撃っていれば、今の立場は逆になっていたろうに」
地面に落ちた鉈と鎖を拾い、痛みに呻く将人を見下ろす。
寝転がったまま、僕を見上げるその瞳には、未だ闘志の炎は消えていない、が、もう手遅れだ。
僕は一切の躊躇なく鉈を振り下ろす――そのとき不可思議な現象が起こった。
「ッ」
甲高い金属音が鳴り、同時に破壊の鉈の効果で爆発が起きる。
しかし、鉈を持った手から返ってきたのは肉を裂き、破壊する手応えではなく、コンクリートを叩いたかのような不可視の衝撃だった。
「これは……!」
衝撃で鉈が手から零れ、後方へと飛んでいく。しかし、僕はそちらに目もくれず、突如僕と将人の間に現れた半透明の壁を信じられない気持ちで見た。
「間に合ったみてぇだな……」
前髪を額に張り付かせながらも笑う将人、そして彼が今まさに持っていた携帯を見て、僕はこの現象にようやく合点がいった。
「そうか……それは聖職者の『結界』のスキルか……」
「この役職の能力はテメエが教えてくれたからな、助かったぜ!」
将人が携帯を持つ反対の手から取り出したのは指揮棒くらいの長さの杖。
それが僕に向けられる直前に体を反転させ、一気に後退する。
直後に飛んできたのは、水の刃。躱せない速度……ではないが、二発目が横合いの樹木を深々と切り裂いたのを見れば、当たれば腕の一本や二本は容易にお釈迦だろう。
「おいおいおい……」
こんな反則じみた武器を持ったうえでバリアまで使えるって、どんなインチキ役職だよ。
威力を見る限り、あまり保ちそうにはないが、やむを得ず一時的に木を盾にして隠れる。先ほどの水の刃がニ発も当たればこんな木など保たないと思ったが、予想外に将人から追撃の魔法は飛んでこない。様子見か、それとも発動回数に制限があるのか。
「我妻! 今のうちだ、逃げるぞ!」
そんなことを考えているうちに、将人たちは逃走に移ろうとする。我妻というと、優真グループにいた我妻遥香か。確か彼女の役職は占い師。村人でない以上、『昇格』で役職が変わることはなく、ならば彼女には『結界』のスキルがない……。
「試してみるか」
僕は身を隠したまま、将人たちのいる方へ鎖を投げる。木から顔を出すこともしていないので、投げた方向は将人たちとは大きくずれているだろう。
そこで僕は呪いの鎖に念じる。我妻遥香。彼女を追い、捕縛しろ。
すると、それに呼応したかのように、鎖は不自然に軌道を変え、僕の死角、つまり将人たちのいるだろう方向に一直線に飛んでいく。よし、やはり呪いの鎖の効果は目視していなくても発動するらしい。
「ッ、この!」
だが、鎖の伸びていった先で、遥香のものおと思われるそんな声が聞こえたかと思うと、鎖は急に勢いを無くし、こちら側へ跳ね返された。木から少しだけ顔を覗かせれば、走り去る遥香の手にも、将人と同じ杖が握られていた。どうやら、遥香のもつ何らかの魔法で鎖を跳ね返されたらしい。
どうする、すぐに追うべきか。今ならまだ追いつけるが……いや、仕切り直すか。
僕は完全に足音が聞こえなくなったことを確認すると、ようやく体を起こし、近くに刺さっていた鉈を引き抜いた。
携帯のマップで確認すると、予想通り将人たちはまだそれほど離れていない。遥香はともかく、やはり将人も『昇格』によって聖職者となったせいで、身体能力が落ちているのだろう。この速度なら撒かれることはまずもってないとみていい。
僕はすぐに将人たちを追う事はせず、次に彼らが使っていたテントの中を物色する。日ごろからいつ出てもいいように準備していたのか、テントの中にはロクな物が残っていなかったが、装備を軽くするために置いて行ったのか、未開封の水のペットボトルが二本転がっていた。
一応、何か細工が施された形跡がないかを確認したあと、僕はそのうちの一本を一息に飲み干した。思えば、今日は起きてから何も食べ飲みしておらず、あっという間に飲み干してしまった。
「次からは注意しないとな……」
水でやや重くなった胃をさすると、残った一本をこれまた置いてかれた背嚢に入れ、出立する。
将人が『結界』を発動した以上、しばらくは攻撃を仕掛けない方がいいだろう。それは彼らが魔法の杖という厄介なアイテムを持っているならば尚更だ。だが、強力な効果を持つ結界であるからこそ、それほど持続時間は長くあるまい。精々長くても一時間程度だと思うが、一応夜までは様子を見た方がいいだろう。今日は雲も厚く、夜になればいつもより暗くなるだろう。視覚が使えなくなっても、しかし僕にはまだ『超聴力』がある。そうなれば、アドバンテージがあるのはこちらだ。いずれは彼らにも疲弊が見えるはずだ。
僕はそのように算段を付けると、早速彼らの追跡を開始した。
読んでいただきありがとうございます。




