餌
短めです。
Side 悠馬
復讐者のスキル『嗅覚』も完璧ではないが、『超聴力』と組み合わせることで完全な索敵システムとなる。
プレイヤーの大雑把な位置を示してくれる『嗅覚』を基にその地点へ移動すれば、あとは鋭くなった聴覚が、勝手に相手の居所を教えてくれる。この『超聴力』も、明日の午前中を過ぎれば自動的に破棄されることを考えると、今日中に出来るだけクリア条件を進めておきたい。
時刻は十二時を回り、空が少し曇り始めた頃、次に僕が狙いを定めたのは、現在地から三キロほど離れたところに固まっていた二人組のプレイヤーだった。
二人、といえば僕の脳裏にはこの数日でお馴染みとなった双子の顔が浮かぶが、そのときはそのときだ。何も思わない、といったら嘘になるが、今の僕は一度死んだときから決定的に何かが変わった。昨日までは大事なことに思えていた常識、道徳、友情が、今では生き残るためならば全て些末な問題に思える。こういうのを生き意地が悪いというのだろうか。だとすれば、僕は甘んじてそれを受け入れよう。
出来るだけ足音を立てないように近づき、やがて目的の地点付近まで来ると、今度は聴覚を頼りにプレイヤーの位置を割り出す。そうして移動した先には、やがて草木を積んでカモフラージュされた、小さなキャンプ用のテントがあった。
「…………」
すぐに近づくようなことはせず、まずは身を潜めてテントとその周囲を観察する。ここに来るまでの途中、罠の類は確認できなかった。テントの周りも生活の跡は残っているが、特に不審な点はなく、カモフラージュされているとはいえ、テントもいたって普通のものだ。もう少し近づけば、テントの中の音も聞こえるかもしれないが、テント周辺は身を潜められる場所はなく、そのときは覚悟を決めなければならない。
「…………」
少し迷った末に、僕は一気に攻撃を仕掛けることにした。
中にいる二人のプレイヤーの候補としては、椎名姉妹か優真グループが有力だったが、先ほど携帯を確認したところ、こことは別に、四つの点が固まっている所があったから、そこがおそらく優真グループがいるところだろう。となれば、あの中にいるのはひよりとあずさである可能性が高く、戦力としての脅威は低い――
僕は『破壊の鉈』を左手に持ち、右手を『呪いの鎖』に添えて、テントへ向けて歩き出した。
敵の反撃も注意が必要だが、次に面倒なのが二手に分かれて一斉に逃げ出されたときだ。その場合一人は確実に獲ることが出来るが、もう一人は逃してしまう可能性があり、余計な時間を取られる。『超聴力』のスキルが明日の午前中までで切れてしまうことを考えると、ここで二人に余計な時間をかけるのはあまりよろしくなかった。
そのため、足音を殺してテントに近づいたわけだが、その甲斐あってかテントの中は特に動きがなかった。中からは規則的な息遣いが一つ聞こえてくるところを見ると、相手はもしかしたら眠っているのかもしれない。だとすれば好都合だ。
――待て、1つだと?
そのときになって、僕は初めて自分の後方に意識を向けた。テントの方にばかり意識を向けていたために、スキルを含めて全てそちらの情報しか拾うことが出来ていなかったのだ。
「動くな」
だから、振り向いた先に彼を確認したとき、僕は自分の失敗を悟った。
罠の類がない道中。中途半端にカモフラージュされたテント。いわば、それら全てが餌だったということだ。その餌で襲撃者の警戒を無意識に緩めさせ、逆に優位を取ることが彼の狙いだったのか。
完全に誤算だ。目の前の男は僕が思っていた以上に切れ者だったらしい。
「お前が来るのは予想外だったが……その身なりからして、まあつまり“そういうこと”でいいんだよな?」
「…………」
目の前でその男――荒木将人が獣のように唸った。
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