『賞金稼ぎ』 金目義彦
Side 金目
――畜生め。
金目は心中でその日何度目になるか分からない悪態を吐いた。
畜生、こんなはずじゃなかった、畜生。
胸中で漏らす悪態は、会社勤めの金目の中では最早ルーティーンと化していた。それを決して口に出さないのは、口に出したとしても現実は何ら変わらず、ならば行動で現在の状況を変えてみせろという自分への戒めのようなもの。しかし、命が懸かっているこのゲームに限っては、金目はいつもほど冷静さを保つことが難しかった。
一体、あれはなんなんだ。
金目が昨日からずっと考えていることは、自分を一晩追い回してくれた忌々しい少年の存在。いや、そもそもあれは人間なのだろうか? 前回のゲームに参加していた金目にとっても、あの狂戦士の存在は知らなかった。
ゲーム初日に自分が『賞金稼ぎ』の職業になったとき、金目は差し引きなしで、このゲームは自分の勝利だと確信した。クリア条件こそ『プレイヤーを三名以上殺害する』という難易度が高めのものだったが、それでもこの職業ならいけると思った。前回のゲームに“喰人”として参加し、クリアした自分なのだ。あのおぞましいクリア条件を思い出せば、むしろこのクリア条件は温いとさえ思えた。
何より、賞金稼ぎの最大のメリットは、喰人並みの身体能力を誇っているにも関わらず、村人サイドのため、占い師の占いに引っ掛からないという点だった。それを考えたら、一度聞いている説明会に参加し、他のプレイヤーと合流することも手だったかもしれない。しかし、金目がその選択をしなかったのは、一重にこのゲームの人選の偏りによるものだった。
前回のゲームでも、この偏り方は明らかにおかしいと思ったし、今回のゲームでは多少改善されていると思った。しかし、蓋を開けてみればこの有様。むしろ、金目のような成人のプレイヤー自体、まだ一人しか見たことが無かった。
そしてこのような疑心暗鬼を生む環境において、知り合いで固まるグループの中に知らない人が一人で飛び込むというのはかなり危険だった。村八分にされるだけならまだ良いが、その機に乗じて喰人の餌食になればひとたまりもない。事実、前回のゲームにおいて、喰人の同胞はその手口で一人殺していた。
そんな理由から、金目は最初から単独行動を続けたわけだが、その結果は予想以上に芳しくなかった。初日に焚火をするという間抜けなプレイヤーの集団を発見するも、誰一人殺すことが出来ず絶好のチャンスを失い、その後は村人プレイヤーが警戒したせいか、三日間誰とも会う事はなかった。
だからこそ、昨夜少女の悲鳴が聞こえてきたとき、金目はチャンスだと思った。
もちろん、相当大きな声だったから、自分以外のプレイヤーにも聞こえていたはず。そう判断した金目は、あえて現場に行くのを遅らせ、村人の仲間割れなり、喰人の襲撃なりで場が混乱したときに漁夫の利でまとめて処分してしまおうと考えた。結果、現場に着いたときには金目が考えていた通り、混沌とした空間が出来上がっていた。
問題は、賞金稼ぎのクリア条件が、他のプレイヤーの「死亡」ではなく、「殺害」であるという点だった。つまり、三人は金目自身の手で殺さなければならないということ。既にその場には死体が二つ出来上がっており、立っていたのは四人ほど。喰人らしき剣を持ったプレイヤーが少年を一人殺そうとしていたので、それを待つということも出来たのだが、しかしそうなると、他の二人の少女を喰人より先に殺し、更にそのうえで喰人も殺害せねばならないという状況に陥ってしまい、少年を先に殺した場合にも、下手をすれば獲物を取られたことに腹を立てて喰人がこちらに襲ってくる可能性もあった。
だからこそ、金目は賭けに出た。今にして思えば、あれが最大の失敗だったといっていい。
金目は、少年に釘付けになっている喰人を先に処分しようとしたのだ。いくら超人的な身体能力を持つ喰人も、感覚器官は常人と変わらないことは喰人になったことのある金目が一番よく知っていた。だからこそ、あのタイミング、あの位置なら殺れる、と金目は確信し、ボウガンを放ったのだ。
誤算があったとすれば、狙いをつけたプレイヤーが、喰人でも戦士でもなく、全く未知の役職だったということ。
結果をみれば、金目のボウガンは、ソイツの超人を超えた反応速度により、難なく払い落とされた。
「なにっ!?」
商談などが多い仕事柄、金目は感情コントロールには自信があったが、そのときばかりは動揺が口に出てしまった。
そして動揺が悟られたのか、剣を持った化け物は、金目を見て吠えた。
「シャァア!」
「ッ……くそがっ!」
化け物が目標を少年から金目へと変えたことを察し、金目は迷うことなく背を向けて走り出した。
普段の金目の運動不足の体では決してありえないような速度で木々を抜けて走るが、後ろを振り向かずとも、追ってくる足音がどんどん近づいてくることは嫌でも分かった。
「ッ!」
出し惜しみをする暇もない。
金目は走りながら携帯を取り出すと、入手したドロップスキル、『スキル発動時間短縮』を発動させ、同時に賞金稼ぎのスキル、『罠設置』を発動させた。
金目が走り去った地点に、瞬く間に細いワイヤーが設置され、そこを通れば矢が飛んでくる即席トラップが作られる。本来は設置するのに数分かかるこのスキルも、ドロップスキルにより瞬時に出来上がったわけだが、これには発動回数制限があり、今のでドロップスキルは撃ち尽くしてしまった。
だが、それでもあの化け物には足止め程度にしかならないだろう。そう考えていた金目の予想は、すぐに覆された。
「――ィ」
トラップを踏んだ瞬間、化け物の開き切った瞳孔が少しだけ動いた。
次の瞬間、三方向から同時に飛んできた矢を、化け物は剣を一振りするだけで全て叩き落していた。
「ッ!? 畜生がぁ……!」
「シィイネエエエエエッッ!!」
そのとき金目が少しでも動揺して判断を遅らせていれば、今頃命はなかっただろう。しかし、彼は仮にも前回のゲームを生き残った勝利者。自分の杓子で測れないものを、既に散々経験していた。
金目は懐からある物を取り出すと、振り向きざまに化け物へと思い切り投げつけた。それを化け物は先ほどと同じように剣で叩き落す。そのときには、既に金目は耳を塞ぎ目を瞑って、木の影に転がり込んでいた。
「ッ!? シャァアアアッ!!」
金目が投げたのは、虎の子のスタングネレード。流石の化け物も、間近でそんな物が爆発すればひとたまりもなかったらしい。
「ぐっ……!」
しかし、咄嗟に隠れたとはいえ、近くで爆発したスタングレネードの威力はすさまじく、金目も平衡感覚がかなり失われた。それでもあの化け物から逃げることができたのは、一重に生きたいという彼の願望による力だったのだろう。
そうして、夜が明けるまで遠くから聞こえる獣のような遠吠えに恐怖しながらも、金目は無事夜を乗り越えることが出来た。
だが、逆に言えばそれだけだ。昨日の戦闘で金目は生き残るために持ちうる手段を全て用い、結果ほとんどの武器やスキルを使ってしまった。
残っているのは初期装備のボウガンとナイフのみ。しかもボウガンの方は、出来る限り矢の回収は行ってきたとはいえ、ここにきてかなり数が心許なくなっている。昨日の化け物がうろついている以上、これまでのようにアイテムキーの探索も容易ではない。これ以上襲撃に失敗して矢を失うわけにはいかなかった。
方針は決まっている。単独、もしくは少人数で動いているプレイヤーを狙い、背後から奇襲する戦法。これまでは効率ばかりを求めすぎて、結果的に二兎追う者一兎を得ずという格言をそのまま実行してしまっていたわけだ。それを反省し、今度は時間が掛けてでも、一人一人確実に取っていく。残りプレイヤー数も少し心配だが、まだ十人以上残っているのだ。一日一人のペースでいけば、なんとか間に合う。
問題は、いかに単独行動をしているプレイヤー、その中でも村人のプレイヤーを見つけるかだが、やはり有望なのは、初日に襲ったグループの中の誰かだろう。勿論、あの中に喰人がいる可能性だって決して低くないが、それならば初日の襲撃で自分が返り討ちになっていてもおかしくない。あの中に喰人がいたとすれば、ただの間抜けである可能性が高いということだ。
――まあ、あの場面で一人も殺せなかった自分が言う台詞でもないが……。
心の中でそう自嘲したときだった。金目の耳が小さな足音を捉えた。
すぐに金目は腰を上げ、身を低くして音のした方へ向かう。
すると、そこには一人の男の姿があった。
――あれは……。
それは、まさに金目がたった今捜していた絶好のカモだった。
“カモ”は、周囲に一応気を配りながら歩いているものの、その足取りはゲーム経験者の金目から言わせればお粗末の一言に尽きる。仮に今、ボウガンを一つでも放てば、彼は何もすることが出来ず、倒れることになるだろうが……。
いや、落ち着け。自分は今考えていたように短絡的に動いてきた結果、こうして窮地に立っているのだ。ここは多少我慢し、彼が隙を見せて万一にも外さない状況になるまで、出来る限りこらえるのだ。そして、そのときになるまで、自分も彼に存在を気づかれることがないように注意して動くことが必要――
つまり、この狩りが金目の今後に活かされるということ。むしろ、最初にこれほど簡単なカモが出てきてくれるというのは、自分もまだ天に見放されたわけではないらしい。
知らずのうちに緩みそうになる口元を引き締め、金目は目の前を歩く、このゲームでは珍しい自分とあまり歳が離れていない青年の追跡を始めた。
読んでいただきありがとうございます。




