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邂逅

「や、やめてください!」

「うるせえ、じたばたすんな!」


 ふんわりした髪を今風にボブカットにした少女に、これまた見るからに柄の悪そうなチンピラ顔の男が覆いかぶさっている。二人ともうちの学校の制服だし、ネクタイの色からボブカットの少女は一年生、チンピラは三年生だと分かる。先ほどの悲鳴はあの少女のだろうし、どうみても穏やかな雰囲気ではない。

 ここはどうするべきか、僕は数秒悩んだ後、草木の中から体を起こし、姿を見せた。

 そのまま堂々と歩み寄っていく僕の姿を、やがて二人とも捉え、少女は期待と不安、チンピラは警戒と怒りを含んだ視線を向けてくる。


「あぁ、なんだテメエはぁ!」

「はじめまして、僕は斎藤悠馬と言います」

「んなこと誰も聞いてねえよ!」


 なんだと聞かれたからわざわざ答えたというのに酷い言い様である。どうやらチンピラの先輩は見た目通り中身もチンピラのようだ。


「ところで、これはどういった状況ですか?」

「た、助けて! この人がいきなり襲って来たんです!」

「あぁん!? ただお前の携帯を貸せって言っただけなのにいきなりお前が逃げるからだろうが!」


 なるほど、状況は理解出来た。では、ここで僕が取るべき行動は一つだ。


「じゃあ、僕は腕の方を」

「……え?」

「……は?」


 今はチンピラ先輩が少女に馬乗りになっているところだったが、まだ少女の方は腕が自由だったので、それを僕が抑える。これで少女は完全に身動きが取れなくなったわけだが、少女はともかく、チンピラ先輩の方まで唖然としているのはどういうことか。


「どうしました? てっきり動きを止めたいのかと思っていたんですが」

「……ひ、ひゃはははは! おう、そうだ! そのまま押さえておけ!」

「分かりました」


 チンピラ先輩の言葉通り腕を抑えていると、下から少女がキッと睨め付けてきた。それを無視してチンピラ先輩の方を見ると、彼は目論見通り少女の携帯を手に取り、彼女に強引に指紋認証させてロックを外してから、迷いなく携帯を確認する――と思ったが、チンピラ先輩の行動は僕の予想と違っていた。


「ちょっと待ってください」

「ああん?」

「てっきり、携帯の中身を確認すると思ったんですが、なんで女の子の胸を触ろうとしてるんですか?」

「ああん? ちっ、心配すんな。俺が終わったら、あとでお前にも貸してやるから――」

「そうですか」


 言葉と共に、僕は少女の腕を抑えつけていた腕を放し、チンピラ先輩を突き飛ばす。そのときに、持っていた少女の携帯を掠め取ることも忘れない


「て、てめえ、どういうつもりだ!」

「あなたが見た目通り中身も残念な人だったので、協力者としては不合格という結論になりました」

「ふ、ふざけんな!」


 チンピラ先輩は立ち上がると、大振りのパンチを繰り出してくる。

 僕は、顔に向かって放たれたそれを両手で掴むと、そのまま背負い投げに持っていく。体格の良いチンピラ先輩がかなりの勢いで突っ込んできたから、腕を放した時には、彼は五メートルくらい吹き飛んだ。


「げふっ!」


 格好悪い悲鳴を上げて、背中から落ちたチンピラ先輩はそのまま激痛にもがく。受け身すら取れなかったのは驚きだが、多分大きな怪我はしていないだろう。チンピラ先輩が起き上がってこないうちに、僕は走って逃げだした。


「ちょ、ちょっと待ってよぉ!」


 それから数分走り、もう追ってこれないだろうと足を止めたところで、背中に息も絶え絶えな声が掛かった。見れば、それは先ほどあの場にいたボブカットの少女だ。


「? なんで追っかけてきたの?」

「はぁ、はぁ……そ、それ! 私の携帯、返してよ!」

「ああー」


 完全に忘れてた。

 僕は、まだ手に持っていた携帯を差し出すと、彼女はそれをひったくるようにして奪い取った。


「おいおい、なに怒ってるのさ」

「当たり前でしょ! 助けにきてくれたかと思ったら、突然あっちの味方するし、本当に怖かったんだから!」

「あー、それはごめん」

「演技なら演技だって言ってよね!」


 別に、最初のあれは演技でもなんでもなかったんだが、言えば目の前の少女との関係は修復不可能なものになりそうなので黙っておく。代わりに、僕は疑問を投げかけた。


「君も、気づけばここにいたってクチかい?」

「そうよ! もう、一体どうなってるのこれ! 目が醒めたら、急に森の中にいるし、ゲームとかクリア条件とか、訳わかんないし!」

「混乱しているところ悪いけど、良ければ君の役職を教えてくれないかな?」


 彼女は急に瞳を鋭くして、携帯を胸の前に抱くようにした。


「……そういうときは、大体言い出した方が先に教えてくれるものじゃない?」


 なるほど、彼女は少なくとも先ほどのチンピラ先輩よりは頭が回りそうだ。

 僕は頷き、正直に答える。


「それもそうだね――僕は斎藤悠馬(さいとうゆうま)。浦星学園の二年生で、ここに来たときは君がさっき言ったのと同じ感じ。役職は村人で、クリア条件はアイテムキーっていうのを五個集めて七日目を迎えること」

「……随分正直に喋ってくれるんだね」

「訊いてきたのは君だろ?」


 肩を竦めて、次は君の番だ、と促すと、彼女は警戒しながらも答えてくれた。


信濃柚希(しなのゆずき)。浦星学園の一年生で役職もあなたと同じ村人」

「クリア条件は?」

「……今会ったばかりのあなたをそんなにすぐ信用出来ると思う?」

「僕は正直に言ったじゃないか」

「あんたが勝手に言っただけでしょ」

「……まあ、それもそうだね」


 細めていた瞳が、驚きで見開かれる。


「え、納得するの?」

「人が言いたくないものを強引に訊きだすのは良くないだろ?」


 それに、訊きだしたところでそれが真実とも限らない。役職が村人というのも実際怪しいものだ。

 それでも僕が正直に答えたのは、一重に彼女――柚希の信用を勝ち取るためだった。あの場面で嘘を吐いた際、何らかのことで嘘が露見した場合、彼女の信頼を獲得することは難しいだろう。逆に、もしも柚希が嘘を吐いていて、それが露見したときは引け目となり、僕に対してどうしても友好的にならざるを得なくなるだろう。


「ふーん…………ありがとう」


 柚希はどう解釈したのか、とりあえず小さな声で感謝の言葉を述べてきた。それだけで、多分この子は良い子なのだろうと察するには十分だ。


「で、ここからが本題なんだけど、もしよければ、これからしばらく一緒に行動しないかな。何も分からないこの状況で一人は不安だし、同じ役職ならクリアのための利点も多いと思うんだ」

「……分かった。あなたのことは正直まだ信頼できないけど、さっきみたいにまた襲われたら対処できないし、とりあえず利害は一致しそう。でも、さっきの奴みたいに少しでも変な気を起こそうとしたら許さないから」

「変な気って?」

「い、言わせんな!」


 柚希は顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまう。その反応が初々しくて、思わず頬が緩む。


「ま、これからよろしくな、柚希」

「い、いきなり名前で呼ばないでよ、馴れ馴れしい!」

「なんならお前も僕のこと、悠馬って呼んでもいいよ」

「言うわけないじゃん! あんたなんて先輩で十分だよ!」

「それは残念」


 緊張をほぐすように軽口を叩いていると、突然携帯が震えた。


「ひゃわっ!」

「今の、どっから声だしてんの?」

「う、うっさい!」


 赤くなりながら反論しつつ、柚希は携帯を開く。それにならうようにして僕も携帯を開くと、そこには「運営から」と書かれたメールが届いていた。


「運営って……本当にゲームみたいだな」


 メールを開くと、それはゲーム説明会への招待状だった。参加は自由だそうで、時間は一時間後。場所はE-5の集会所とあるが……。


「E-5ってなんだ?」

「先輩マップ見てないの? フィールドの座標みたいなものだよ」


 柚希に言われた通り、マップを開くと、フィールドの全体図に、縦と横に幾重にも薄い線が入っており、それぞれアルファベットと数字が書かれていた。集会所というのは、フィールド中央の廃村の真ん中に位置しており、ご丁寧にマップには現在地と尺度も表示されている。


「距離的にはここから三キロくらいか……。時間には間に合いそうだけど、行ってみるか?」

「……多分、他のプレイヤーも集まってくるだろうし、危険じゃないかな?」


 まだここで目を覚ましてからそれほど時間は経っていないはずだが、柚希は既に先ほどの経験から、このゲームの危険性について十分に理解出来ているようだ。


「まだゲーム序盤だし、始まって間もない今はみんな右も左も分からないだろう。そんな中、他にもプレイヤーがいるうえで襲ってくる奴がいるとは考えづらいかな」

「そうよね……それじゃあ、行ってみない?」

「了解」


 言葉ではそう言いつつも、このとき僕は別の危険性についても考えていた。

 それは、もしもこのゲームに参加したことがある、つまりは経験者がいた場合のことだ。

 他のプレイヤーのクリア条件がまだ何も分かっていない段階ではなんとも言えないが、指定された地点に素人プレイヤーが集まることが分かっているというのは、経験者からすれば格好の的なのではないか。無論、相手を傷つけるようなクリア条件が存在しない可能性だってあるが、カニバリズムゲームのルール説明でみた、あの運営側のあからさまな悪辣さは疑いようがない。

 そんな連中が、まさか何も起きずに森で数日生活をさせただけで終わるとは到底思うことが出来なかった。


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