アイテム探し
「目が醒めたみたいだな」
「……ここは?」
僕は黙って携帯を開くと、マップで現在地を彼女に見せた。
「君が倒れていたのはここ。今はそこから少し移動したんだ」
「先輩……私を、助けてくれたの?」
言葉とは裏腹に、柚希の表情は暗く、まるで助けてほしくなかったと言わんばかりだ。
「あのね、君には虎の子の回復薬まで使ったんだ。これで死にたかった、とか言ったらいくら温厚な僕でも怒るからな?」
「……いや、そういうわけじゃない。ありがと、結構先輩優しかったんだね」
そこで柚希は再会してから初めて笑顔を見せた。僕は少しだけほっとするが、それでも柚希が初対面のときと印象がかなり変わったことに違和感を覚える。なんというか、良くも悪くも、前はもっと明るい少女だった。
これは、柚希が負っていた傷と関係があるのかもしれない――
「柚希……会って早々悪いんだけど、何があったか教えてくれないか? 君は確か、優真たちのグループにいたはずだろ?」
「…………」
一瞬見せた笑顔は、すぐに奥へと引っ込んでしまった。
代わりに表に出た沈痛な面持ちは、それ以上質問を重ねることが躊躇われるほどだったが、今だって柚希を襲った相手が僕達を探しているかもしれない。あまり悠長にしていられない状況なのだ。
「柚希」
「……ごめん、もう少しだけ、時間を頂戴。今日の夜までには、“決めるから”」
最後の表現に少し違和感を覚えたが、とりあえず「わかった」と了承した。おそらく、これ以上急かしてもいい結果を生まないと、なんとなく察したのだ。
「それじゃあ、僕はアイテム探しに移るかな。柚希も出来れば手伝ってほしいんだけど、まだ傷が痛むか?」
「いいや、それは大丈夫。助けてもらったし、それくらいは手伝わせて」
「おーけー。それじゃあ、精々僕を楽させてくれ」
色々言いたいことを胸に仕舞うと、僕はスキャンを起動して、アイテムキーを探す作業に入った。
Side 優真
四日目の昼下がり。僕達はようやく拠点と出来る家屋を見つけた。
「流石に六人となると手狭な感じはするけど、屋根がないよりはマシね」
中に入って委員長が放った第一声に優真は苦笑を浮かべる。
「そうだね。ただ寝るのは少し窮屈そうだから、夜は俺と友樹は外かな」
「ばかじゃないの。いつ他のプレイヤーに襲われるか分からないんだから、そんなの危険すぎる。今は緊急事態なんだから、い、一緒に寝るくらい我慢するべきよ」
「もう~、委員長は素直じゃないなぁ」
「し、静花! どういう意味よ! ただ私は……」
「はいはい分かってますよー」
静花の意味深な態度に芽衣子は顔を真っ赤にした。そして何故か優真の方を見る。ここで何故僕が睨まれなければいけないのか。
「おうおう優真ぁ。お前は相変わらずモテモテで羨ましいな」
「何言ってるんだよ友樹。それより早く食糧を探しにいかないと」
六人という大所帯故、優真たちの目下最大の課題は食糧問題だった。
ここ三日間、人海戦術でアイテム探しに没頭した結果、アイテムキーはそれなりの数を手に入れたが、食糧が圧倒的に不足していた。なにせ、一箇所食糧が埋まっている場所を見つけても、中は精々二人分、しかも腹持ちが良いとはとてもいえない代物のため、一日二食は食べないと厳しいのだ。となると、一日に大体食糧を六回見つけねばならないのだが、出てくる食糧の中の半分は初日のような火を必要とするもののため、思うように食糧を確保できないのだ。
一度だけ、空腹に耐えかねた未来が火を使おうと進言したが、委員長に猛反対を受け、結局なしになった。優真も食べ盛りの高校生のため、小鳥の意見には惹かれる思いがあったが、初日の襲撃を思い出し、泣く泣く諦めた。
「それじゃあ、今日もアイテム探しに入りたいと思うんだけど、昨日と一昨日の探索で、付近のアイテムは大体取り終えたと思うんだ。だから、今日は小川を越えた先、フィールドの端ギリギリのところを探すのはどうかな?」
優真の提案に一同は考える素振りを見せる。
最初に質問したのは遥香だ。
「それは大丈夫なの? 確か、フィールドから出たらペナルティがあるって言ってたけど」
「もちろん、不意に越えたりしないように、ある程度距離は取るつもりだよ。でも、遥香が言ったようなことを心配するプレイヤーは他にもいるはずだ。だから……」
「そのあたりはまだアイテムが多く残ってるってことだね!」
僕の言葉を引き継いだ静花の結論に頷く。
四日目ともなると、自分たち以外のプレイヤーが開けた形跡のあるアイテムボックスや、何かを掘り起こした跡などが時折見つかるようになってきた。小川を越えた最西端はここから一キロほど、この小屋から歩いても精々十五分ほどだし、大した距離ではないだろう。優真の提案はそのまま受け入れられ、今日の捜索範囲が決められた。
「あとは、ここに誰が残るかっていうところだけど……」
「うぅ……ごめんね、みんな……未来のことは気にしないで……」
一人毛布にくるまり寝込んでいた未来が弱々しい言葉を口にする。
色々なことがあったせいだろう、今朝から体調を崩した未来は、それでも先ほどこの小屋を見つけるまでは頑張って自力で付いてきたが、ここに着いた途端、気が抜けたのか歩けなくなってしまったのだ。
幸い、熱はそれほどなさそうだったが、それでもこんな状況下で彼女を一人ここに残すわけにもいかない。少し危険ではあるが、誰かがここに残る必要があった。
「それなら、私が残るわ。未来の世話は学校にいるときから慣れてるしね」
「委員長、ありがとう」
「うぅ……ごめんね、メイちゃん」
自主的に居残りを決めてくれた委員長に礼を言うと、彼女はふっと柔らかく笑った。
「困った時はお互い様。だから未来は今日は休んで、少しでも早く回復なさい。優真くんたちも、私のクリア条件のためにも頑張ってきてよね」
芽衣子の役職は村人で、クリア条件は『未使用のアイテムキーを五個所持した状態で七日目を迎える』こと。同じく村人である優真と同じクリア条件のため、もしかしたら村人のクリア条件は全て同じなのかもしれない。
「ああ、任せてくれ」
「何かあったら大声で呼べよ。俺が飛んできてやる」
「戦士は別に耳が良くなるわけじゃないんでしょ。呼んだって聞こえないわよ」
「委員長の声なら、俺はどこにいたって聞きつけて飛んでいくぜ」
「はいはい」
友樹のアプローチに苦笑して、芽衣子は早く行けとジェスチャーする。友樹の気持ちを芽衣子も知っているからこそ照れ臭いのかもしれない。
「そういう意味だと、友樹は俺たちと合流しない方が良かったんじゃないか?」
「は? なにがだ」
小屋を出たあとにそう言うと、友樹は不思議そうな顔を向けた。
「だって、俺たちと合流しなかったら、友樹と委員長は二人きりだったわけだろ」
「ああ、そういうことか。ばかやろう、それとこれとは別だ。ダチを見捨てられっかよ」
「なんだよ友樹、良い人かよ」
「知らなかったのか? 俺は結構良い奴なんだぜ」
「……バカみたい」
がはは、と笑っていた友樹に後ろから付いてきていた遥香がぼそりと言う。横を歩く静花は苦笑だ。
「分かってねえなぁ遥香は。男同士の友情ってもんをなぁ」
「はいはい、優真と友樹が仲良しなのは知ってるから、未来ちゃんと委員長の分まで沢山ごはん見つけるよぉ!」
後ろの遥香に振り向こうとした友樹の背中を静花が押し、強引に話を打ち切る。
そのいつもの光景に優真は苦笑を浮かべ、気持ちを新たに引き締めた。
絶対にみんなで帰って、またこの日常を取り戻すために――
読んでいただきありがとうございます。




