束の間の芋プレイ
ゲーム二日目の午後は、それまでの怒涛の出来事が嘘のように波風立たない穏やかなものだった。
あずさたちから少量の食糧を分けてもらい(無論カレーではない)、それで腹ごしらえしつつ、午後からはスキャンを使って本格的なアイテム探しを始めた。
それまで喰人や賞金稼ぎ、そして未来たちとのことで頭がいっぱいだったが、あくまでも僕のクリア条件はアイテムキーを集めて七日目まで生き残ることなのだ。最低限自衛が出来る武器も欲しかったし、アイテム探しは僕にとって急務といえた。
それから日没まで僕はアイテム探しに没頭したが、その甲斐あってか、その日はアイテムキーを二つ、そして食糧を二回見つけることが出来た。
ただ、食糧の一つはパンであったため問題なかったのだが、もう一つの方は加熱が必要な食材だったため、泣く泣く諦めることにした。まだ本格的な飢餓に襲われているわけではない以上、初日のようなヘマをするわけにはいかない。幸い、パンの方は一人なら二食分くらいにはなる程度の量だったため、これで夜と明日の朝の分は確保できたということだ。
そして、アイテムキーの方だが、僕は思い切って二つとも使用することにした。食糧以外の有益な武器や情報が見つからなかったのもあるし、クリア条件を満たすことも大事だが、まずは心許ない自衛の面をなんとかしたいという思いが強かったからだ。
結果、アイテムキーを使いアイテムボックスを開けたところ、思い切った甲斐があったといえるほどには収穫があった。
ひとつは武器。とはいえ、その中身はよくヤクザもののドラマなどでみる小さな太刀だった。ドス、といえばイメージしやすいだろうか。小さなため、制服の中に隠すことが出来るが、ボウガンに対する護身用の武器としては微妙かもしれない。
二つ目は情報。つまりマイクロチップだった。これまで、マイクロチップによる情報はもっぱら各役職についての詳細な説明が多かった。今回もそれに期待して、僕は早速マイクロチップを携帯に差し込んだ。
「それで出てきたのがその情報ってこと?」
「そうだよ。同じ村人サイドの二人には伝えた方がいいと思ってな」
三日目の午前十時。僕は林の中でひよりとあずさに再会していた。
彼女たちと別れるときに、毎日午前十時に指定の場所で落ち合い、情報交換をすることを約束していたのだ。
僕は自分は既に目を通したマイクロチップをあずさに渡す。彼女はそれを受け取ると、早速携帯に差し込み中身のファイルを開いた。
「これって……!」
「ああ、遂に喰人の情報が分かった」
僕は昨日読み取ったマイクロチップの情報を思い出す。
『役職説明
喰人(二人)…身体能力A 初期装備 なし
喰人サイドの主要役職。クリア条件は村人サイドに比べて難しいが、「捕食」などの強力なスキルを持つ。
「闇纏」…発動することで、夜になると村人プレイヤーは喰人の顔を判別できなくなる。
「飢餓」…長時間プレイヤーを「捕食」せずにいると、強烈な飢餓感を覚える。
「捕食」…プレイヤーを三人捕食することで「悪鬼」へと昇格できる。
「同族嫌悪」…例外として、喰人のプレイヤー同士は決して協力できない。』
残念ながらクリア条件までは書かれていなかったが、その内容はまさに僕達が求めていたものだった。ひよりとあずさもその内容に瞠目している。
食い入るように携帯の画面を見つめていた二人だったが、やがて顔を上げる。
「もしこれが本当なら、喰人のクリア条件は……」
「ああ。おそらく村人サイドのプレイヤーを殺すことが条件だろうな」
残念ながら、喰人という名前は伊達ではなかったらしい。
だが情報には他にも気になる言葉があったことに二人は気づいただろうか。
すると僕の期待通り、あずさの方から僕に問いかけてきた。
「悠馬さん、この内容……他にひっかかる点がありませんか?」
「ああ、喰人の説明欄のところだろう」
「はい」
あずさは画面をこちらに向けると、話に上がった部分を指差した。
「ここ、喰人の説明に、『喰人サイドの主要役職』とあるんです。確か、この主要役職という言葉は、村人サイドだと村人の役職説明に書いてあるんですよね?」
僕は無言で頷く。あずさには村人の役職の説明文章を一言一句そのまま教えていたが、まさかここまで憶えているとは思わなかった。実はかなりの記憶力を持っているのかもしれない。
だが、それよりも気になっているのは話の続きだ。
「つまりあずさはこう思うんです――村人サイドと同じように、喰人サイドにもいくつかの役職が存在する」
「……だとしたら、本当に参るな」
喰人の能力はどうみても強力だ。身体能力は言わずもがな、そのスキルの数と内容は癖がありながらも村人より高い能力を持っていることは明らかだ。バッドステータスらしいスキル、「飢餓」と「同族嫌悪」も、前者については影響がどれだけ出るかも分からないし、僕達に有利に働くようには文面からは読み取れない。後者に対しては『協力できない』というあまりにも漠然とした内容のため、どこからが協力といった扱いになるかなど、曖昧な点が多すぎる気がした。
仮に今僕達が喰人に襲われれば最低一人は犠牲者が出るだろう。これに対抗できる村人サイドの役職など、戦士と賞金稼ぎくらいだろうか。しかも、そのうえで喰人は二人いるのだという。
そしてあずさの仮説は、更にそのうえで他にも喰人サイドに既に役職持ちのプレイヤーがいるかもしれないということだ。これまでは平等性を強調する運営の言葉を多少信じていたが、人選の偏りなどを知った今となってはそれさえも甚だ疑問だ。もしかしたら、村人という役職は思っていた以上に外れ役職なのかもしれない。
無論、村人の「昇格」スキルのように、喰人も何か条件を満たすことで違う役職に変わる、という線もない話ではない。しかし、もしもあずさの考えが事実だった場合、僕達はゲーム開始時点から不利な立場にいることになる。
このことを話すと、明るさを絶やさないひよりでさえも表情は暗いものになった。
「流石にこれだけの能力を持っている喰人サイドが、他にプレイヤーがいるとは考えたくないけど……」
「あずさからさっき言っておいてなんですが、やはり喰人サイドのプレイヤーは決して多くないと思います。でなければ、これはゲームではなく、喰人サイドによる狩りになってしまいますし」
「……けど、運営の平等という言葉が信用できなくなった以上、断言できるものでもない……」
得た情報は大きかったが、逆に気持ちは沈む一方だった。
とりあえず明日も地点だけは変えて、同じ時間に二人との再会を約束すると、僕は再びアイテムキーを探す作業に戻った。
ゲームの勝敗とは関係なく僕が気付いたことといえば、やはりこのゲームがいかに現実離れしているかということだった。身体能力、そしてスキルについてもそうだが、昨日からあれだけ使っている携帯は、よくみると充電という概念がなく、常に同じ明るさを放ち続けている。太陽光発電だとしても、僕は普段、携帯はポケットに入れているわけだし、どうやって電力供給をしているのかはさっぱり見当がつかない。
そんなことを考えながら、その日も日没まで作業は続けた。結果的にその日の収穫は食糧が数日分、アイテムキーが三つほど見つかった。やはりこのペースでいけばアイテムキーは容易に五個集まるだろう。もしかしたらアイテムキーはゲームにとってそれほど重要ではないのかもしれない。
食糧は昨日と同じように、何故かフライパンや鍋などの調理器具と一緒にシチューのルーや生ラーメンなどが入っており、それらは全て放棄することにした。運営は僕たちにキャンプでもしろというのだろうか。
それでも、食料は明日の夜までは十分に足りる量を確保できたし、更に三つのうち二つを開けたアイテムボックスの一つからは、なんとドロップスキルが手に入った。
『スキル
「超聴力」…発動することで、聴力を大幅に向上させる。このスキルは、取得した72時間後に失われる』
嬉しいことに、このスキルはしかもパッシブスキル、つまり常時発動型のスキルのようで、時間制限があり、実際の戦闘にも役には立たないものの、事前に戦闘を避けるという目的を達成するためには、むしろ村人と相性が良いスキルに思えた。
そしてその日の夜、早速そのスキルが発揮されることとなる。
「――ッ」
距離にすれば十五メートルくらいだろうか。
今日は月が雲に覆われ、葉を茂らせた木々が並ぶ僕のいる場所からは見えないが、こちらに向かってくる足音が一つ。
どこか覚束ない足取りだが、このまま鉢合わせするのは危険すぎる。何より足音が一つということは向かってくる人は単独行動、つまり獲物を探しに来た喰人や賞金稼ぎである可能性が高い。
僕は少し迷ったが、近くの木陰に隠れることにした。逃げるという選択肢もあったが、喰人にせよ賞金稼ぎにせよ、身体能力は村人より高いAだ。追いかけっこでは勝てる見込みはないのだから、それならばじっと息をひそめてやり過ごす方が賢明だと思ったからだ。
やがて足音をスキルを使わなくても聞こえるほどの距離まで近づき、やがて人影を肉眼でも捉えた。
――あれは……柚希、か?
出てきたのは見覚えのある少女、信濃柚希だった。彼女とは優真たちと別れて以来会っていないのだが、彼女は彼らのグループの中から抜けたのか?
そのとき、月にかかっていた雲が途切れ、辺りは一時的に明るくなった。
と、同時に、柚希の体が小さく揺れた。
「…………!」
はっと小さく息を呑んだ。
よくみれば、柚希の体――正確には彼女の腹部は、制服が赤黒く変色し、彼女の顔も病人のように真っ青だったからだ。
「…………ぅ」
そして、僕が見ている目の前で柚希は倒れた。
うつぶせに倒れたまま動かないが、微かに肩は上下している。僕は少しの間だけ、彼女を助けるべきかどうか悩んだ。
――そういえば、初日も柚希をどうするかで迷ったな。
「ッ、仕方ない!」
僕は木陰から飛び出すと、彼女の元へと駆け寄った。
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