情報交換 2
説明会で優真たちと出会ってから行動を共にしたのは、ほんの半日程度であったが、それだけのことでも全てを詳細に話し終えるのには三十分くらいの時間を要した。
まあそれも、ひよりが「その優真さんってかっこういい?」とか「金木先生ってうちのクラスの担任だー!」とか「未来さんって人なんかいやなかんじー」とかことあるごとにまぜっかえしてきたせいもあるのだが。
「ということで、あそこは一番村人サイドのプレイヤーが集まっているグループだから、みんなも一度合流してみるといいんじゃないかな」
話の最後にそう締めくくると、それまで僕に話しかけようとしてこなかった将人が初めて言葉を掛けてきた。
「お前のその言い方、自分はもう関わりたくねえって言っているように聞こえるぜ」
「そりゃああんな目に遭ったんだから、そう思いたくもなるよ」
未来に拳銃を向けられたときは本当に驚いた。今でもあの場面を思い出すと無鉄砲な彼女の行いにはらわたが煮えくり返る思いだ。
――あれ?
しかし、僕はそこで自分の感情に小さな違和感を覚える。
それがなんなのか、思い出そうとしたときに、隣に座るあずさに声を掛けられ、強制的に意識を現実へと引き戻される。
「あの、聞きづらかったんですけど、悠馬さんって、あの未来って人と元々仲が悪かったんですか? 未来さんの思考は確かに筋は通っているのですが、なにか冷たい、といいますか、確証もないのにクラスメイトを撃つというのは、いささか飛びすぎなような気がして……」
「僕が、普段の生活で彼女に恨まれるようなことをしていたんじゃないかってこと?」
「も、もちろん悠馬さんに限ってそんなことはないと考えづらいのですが」
「いや、別に僕は人が良いわけじゃないことは昨日のことで知っていると思うけど」
「あ、はい。ただ、悠馬さんはそういう面倒事も含めて、関わらない方が身のためと考えるタイプですよね? けど、何か問題が発生したときには周囲の迷惑とかは全然考えないですから、そういう場面で、何か未来さんに恨まれるようなことをしたのかと」
「ああ、それは確かにありそうだ」
「あずさちゃん……よくそんな男に惚れれるね」
「だから違うって!」
双子のやり取りを意識から外し、僕はちょっと真剣に学校で何か未来の不興を買ったことがあったかと思い出す。
――――あれ?
「どうしました?」
「いや……もう少し待って」
おかしい。僕が未来と同じ星浦高校に通っていたことは分かるし、自分のクラスがどこか、更にはクラスメイトや担任の名前や顔も全て思い出せる。
しかし、記憶を探っても探っても、学校での日々の記憶が見事に思い出せないのだ。
「おかしいなぁ……」
自分がクラスの中ではヒエラルキーが低いことも憶えているし、それでも友人は数人いて、いじめられることもなく普通に学校生活を過ごしていたことも分かる。なのに、肝心の具体的なエピソードが全く出てこないことを知り、得体の知れない薄気味悪さを感じる。
まるで、悪夢から醒めた直後のような、現実と夢との境が分からず、目の前の風景が急に不気味に見えるあの不快感――
「……そいつ、別にあの女に恨まれるようなことはしてないと思うぜ」
ピシャリ、と冷や水を浴びせられたかのように急に意識がクリアになる。
僕を白昼夢から醒めさせてくれたのは、意外なことに将人だった。
「あれ、将人くんももしかして悠馬さんたちと同じクラスだったの?」
「ちげーよ。学年が同じってだけだ。けど、そいつがいたクラスは天道やら橘やら須藤がいて、学年の中でも相当な有名人がそろってるとこだったからな。嫌でも目に付いたし、その中でのこいつがどういうポジションだったかも知ってる」
「へー、ちなみにどんな感じだったの?」
「一言でいうなら、空気だな。誰とも深く関わらない代わりに、誰からも恨まれることなく過ごす」
「そ、それは悠馬さんらしいです……」
将人の説明は僕の中の「斎藤悠馬」の認識と同じで、少しだけほっとする。
しかしなぜだろう。将人の説明を聞いても、僕はほとんど自分の話、という感覚がなかったのは――
「まあ、いいや。ぶっちゃけ悠馬さんの話なんてどうでもいいし! それより、次はひよりたちの番だね!」
「お、お姉ちゃん……」
最早失言とさえ思わなくなってきたひよりの言だが、当の本人とは違うところであずさがあたふたしている。このあずさは本当に昨日の夜会ったあずさなのだろうか。実は昨日の夜はひよりと会っていたのではないかと錯覚しそうになる。
しかし、そのやり取りを見て、どこかほっとした自分がいた。それは僕も“分かる”のではなく“憶えている”。あずさには先を話すよう促す。
「あずさ、別に気にしてないし、僕もどちらかというとそっちの話が気になる。続けてくれ」
「……悠馬さんがそう言うなら」
では、と前置きしてあずさは話し始めた。
ここから一キロほど先の丘の上の平原に山小屋があり、そこに一人のプレイヤーが拠点を作っていること。しかし、そのプレイヤーは拠点の周囲にトラップを張り巡らせ、昨日優真たちを襲ったのもおそらくそのプレイヤーだということ。
そして、先ほど僕とあずさが見た襲撃現場で矢の痕があり、それが将人が入手した情報である『賞金稼ぎ』の初期装備であるボウガンと考えると一致することが分かった。
「つまり、昨日の襲撃者はその拠点を構えている『賞金稼ぎ』のプレイヤーである可能性が高いってことか?」
「そうなりますね」
「もちろん、断定はできまぜんが」とあずさは語尾に付け足すと、皆は一度押し黙った。
賞金稼ぎ、という役職があるのは説明会のときに知っていたが、まさか村人サイドのプレイヤーにも関わらず、村人サイドを襲撃するとは思いもよらなかった。何が『同じサイド同士のプレイヤーは原則クリア条件は競合しない』だ。賞金稼ぎのクリア条件であるらしい『プレイヤーを三名以上殺害する』は、仮に喰人が三人以上いた場合は必ずしも村人サイドのプレイヤーを殺害する必要はなくなるため、競合しないとは言えなくもないが、明らかに喰人より弱いであろう村人の役職のプレイヤーを賞金稼ぎが襲わないわけがないだろうが。運営の底意地の悪さに虫唾が走る。
しかし、と僕は同時に一つの疑問を覚えた。
僕の仮説では、昨日のあのグループの中に、最低一人は喰人がいたと睨んでいる。それは勿論、集会所の近くに埋めてあった粉々のマイクロチップを見つけたことが原因だが、もし賞金稼ぎが喰人がいたとも知らずに襲っていたのならば、喰人にとっては、賞金稼ぎを返り討ちにするチャンスだったのではないだろうか。いや、下手をすれば、賞金稼ぎが他の村人プレイヤーを襲っている間にまとめて仕留めることも出来たかもしれないし、最低でも混乱に乗じて占い師である我妻遥香を処分したかったはずだ。それをしなかったのは、単に喰人が間抜けだったから? いや、集会所でマイクロチップを先んじて潰すほどのプレイヤーが、そんなヘマをするとは思えない。ではなぜ……?
……よもや、ここまできて喰人のクリア条件が『村人を殺すこと』ではないというオチがあるのではないだろうな? だとすれば、運営は喰人を恐れる僕達をみて腹を抱えて笑っているところだろう。
その後、将人からは他に二人のプレイヤーと遭遇したことを明かされ、その名前を聞いて流石に僕は笑ってしまった。
「悠馬さん、なに笑ってんの?」
「いやだって、これは笑うしかないでしょ」
「?」
不思議そうにするひより。だが、これを聞けばそうもしていられまい。
「この情報交換で、一応14名全プレイヤーが出そろったわけだ。けど、数えてみなよ? そのうちの半分――僕を含めて七人が二年A組に所属しているんだよ。あれだけ説明会でプレイヤー同士の平等性を訴えていたのに、この人選は悪意しか感じないよ」
同じクラスの友達がそれだけいれば、お互い協力しあい、クリアを目指すことだってできるだろう。しかし、その中に同じクラスでありながら僕は入ることが出来ない。たった今将人から聞いた二人のプレイヤー、須藤友樹も間島芽衣子も、優真たちと同じ最上位カーストの人間。更に僕をつまはじきにして共通の敵とすれば、彼らの信頼関係は最早容易に壊れることはないだろう。
そしてその中に喰人サイドのプレイヤーが存在することはほぼ確実といっていい。彼らの中に紛れる喰人からすれば、まさに絶好の狩場ということだ。
「願わくば、彼らのグループが一分一秒でも長く存続することは祈るばかりだね――」
「悠馬さん?」
立ち上がった僕を見て、ひよりとあずさは不思議そうに僕を見上げた。
将人の方は既に僕の意図を察したようで、こちらの方を見向きもしない。
「あずさ、短い間だったけどそこそこ楽しかったよ。お互い、ゲームを無事に終えられたらまた会おう」
「ゆ、悠馬さん。これからどうするつもりですか?」
「決まってるだろう――――――――芋プレイさ」
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次回、既出情報まとめです。




