情報交換 1
今回のゲームは随分とスロースタートだなぁ。
二日目にして、まだ脱落者が一人も出ていないとは。それもこれも、あの『賞金稼ぎ』のプレイヤーが襲撃に失敗するから……。
まあ、確かにそのおかげで、ゲームが多少面白くなったのは確かだが……肝心のあれは、ただ翻弄されているばかりだぞ?
じき収束する? やれやれ、それまでに脱落しないといいがな。
――それで、君の自信作は一体いつになったら目覚めるのかな?
Side悠馬
「やぁお兄さんッ! 話はあずさから聞いてるよ。ほらっ、今だけはひよりの豊かな胸に飛び込んで存分に泣くがいいさっ!」
「…………」
どうやらあずさの姉はあずさくらいうるさいやつらしい。
「お、お姉ちゃんがごめんなさい……」
どうやらあずさはあずさの姉よりは気が利くやつらしい。
まあどんぐりの背比べだろうなとは思うけど。
「改めて紹介します。あずさのお姉ちゃんの椎名ひよりと、お姉ちゃんが拾った村人のプレイヤーの荒木将人さんです」
「よろしくねぇ~」
「……チッ」
「先行きに不安しか感じないな……」
クラスメイトに銃を向けられるという人生初めての体験の後、僕とあずさは当初の予定とは違う形になったが、とりあえずあずさの姉であるひよりたちと合流しようという話になった。
正直、先の一件で人間関係というものにはうんざりしていたし、割と真剣に芋プレイに徹することも考えたのだが、それをするにしても、まず他のプレイヤーとは出来るだけ顔を合わせた方がいいと思ったのだ。でないと、そのプレイヤーが僕を襲ってくるか、そしてその特徴などを把握して対策を取ることが出来なくなる。
そういう点では、目の前の荒木将人は、まさしく僕を襲ってきても不思議ではなさそうな雰囲気の人間だった。
「……おい、ガキ。約束通りてめえの妹と再会するまで待ってやったんだ。いい加減情報交換と行こうじゃねえか」
「もう、将人さんはせっかちだなぁ。そんなんじゃ女の子にモテないゾ?」
「ぶん殴りてぇ……」
いや、見た目よりいい人かもしれない。もしも僕があずさに言われてたら問答無用で彼女を置いていっただろう。
未来たちとの関係は破綻してしまったが、とりあえず僕のクリア条件を満たすには、当初の予定通り、出来るだけ多くのプレイヤーと友好関係を築けばいいことに変わりはない。そういう点では、目の前の将人と呼ばれた男も例外ではないし、一応挨拶だけでもしておくとしよう。
「はじめまして、斎藤悠馬です」
「あ? ああ……」
「…………」
会話が終わってしまった。暖簾に腕押しとはこういうことを言うのか。なにこの相手にされてない感じ。
「あずさ、僕も出来れば早く情報交換して少し一人になりたい。お姉ちゃんに言って早く話を進めてくれないか?」
「あ……そうですよね、分かりました」
僕の心情を察してくれたあずさが、早速テレパシーでひよりに要望を伝えてくれたようだ。先の一件があってから、なんだかあずさが気を遣ってくれているように感じる。
「――あずさっ! いくら生まれて初めてお姫様だっこされて逃げてきたからって、そんな簡単になびくチョロインが妹だなんてお姉ちゃん許さないからねっ!」
「ちょ、お姉ちゃん!?」
それに比べてひよりの方は本当に気を遣ってくれない。そして将人の露骨な舌打ちが傷心中の心に痛い。
本当に早く、一人になりたいなぁ。
「――コホン。それじゃあ気を取り直して、情報交換としゃれこみましょうか」
あれからようやく事態が収拾し(とは言っても、単にひよりをあずさが宥めただけなのだが)、やっと僕達は本題に入ることが出来た。
あずさ曰く、将人の役職は村人で間違いないという。その根拠がひよりの言というのは少々不安だが、共鳴者で間違いないひよりが一日将人と共にいて危害を加えられていないということは、確定とはいかないにせよ、村人であるという判断材料としては悪くない。
そもそも、最初から誰も信用しないで一人で行動していれば、情報という面において圧倒的不利になる。中盤以降ならまだしも、序盤はいかに他のプレイヤーと情報交換してゲームを探っていくかということが、このカニバリズムゲームの定石なのではないかと僕は考え始めていた。
「じゃあ最初に自分の役職とクリア条件ね。ひよりの役職は共鳴者。共鳴者の能力は相方、つまりあずさとテレパシーを使って意思疎通することが出来るんだ。あと、ドロップしたスキルも共有出来たりするから、結構便利な役職なんだよ?」
「ん? ちょっと待って」
始まってすぐに水を差すのは気が引けたが、それでも無視できない情報が紛れ込んでいた。
「ドロップしたスキルって言ったよね? それ、どういうこと?」
「あれ、あずさ話してないの?」
「あー、そういえば話してないね。悠馬さん、『スキャン』でアイテム、つまり食糧や武器、情報が詰まったマイクロチップが手に入るのは知ってますよね?」
「うん」
「実はそのマイクロチップの中には、稀にスキルが入っていることがあるんです」
「……まじ?」
「まじです。だからほら、悠馬さんがあずさと最初に会った時、多分悠馬さんはあずさの存在に全く気付きませんでしたよね? それはあずさが最初にドロップしたスキル、『気配遮断』によるものなんです」
言われて僕は思い出す。確かに、最初に集会所前であずさに会った時、僕は簡単にあずさに背後を取られていた。あれにはかなり驚いたので印象に残っている。
「ただ、ドロップスキルは補正が入っているのか、役職持ちのプレイヤーが最初から所持しているスキルに比べれば、少し使いづらい印象ですね。例えば、あずさの『気配遮断』でいうと、使用できるのは毎日一度、十分しか使用できませんし、他のプレイヤーが五メートル以内に近づくと強制的に解除されて、逆に携帯からアラートが鳴ってあずさの位置がバレちゃうんです」
「なるほど……」
おそらく、それは運営があくまでプレイヤーの役職を重視しているということだろう。もし多くのプレイヤーがスキルをドロップしてばかりいた場合、役職などは関係なく、ただの異能バトルのようになってしまう。そうなればプレイヤー同士の駆け引きなどの要素はなくなるため、運営はその可能性を排除したのだろう。
「あと、ドロップスキルはプレイヤーごとに一つしかインストールできないと思うよ。これは、村人の将人さんと共鳴者のひよりたちしか参考例がなかったけど、突出した能力がない村人で一つだから、多分そうだと思う」
そして、ひよりが続けた言葉で僕の予想が正しかったと確信する。やはり運営は、僕達に心理戦の要素を求めているのだ。
「分かった。ごめん、話を戻してくれ」
「ほいな。それじゃあ続けてひよりのクリア条件なんだけど、これは共鳴者がお互い生存し、村人サイドのプレイヤーが四人以上クリア条件を満たすこと。ただし、これは共鳴者は含まないから、将人さんと悠馬さんを除いても、あと二人クリア条件を満たす必要があるってことだね」
「あずさも共鳴者なので、クリア条件はお姉ちゃんと同じです。あとはドロップスキルとして今話した『気配遮断』を持っている、ということでしょうか」
ひよりの言葉をあずさが引き継ぎ、そう締めくくった。ご丁寧にドロップスキルまで言ってくれたのは、僕達に対する信頼か、または何も考えていないか。
ひよりとあずさは次に右隣りに座っていた僕の方を見た。次は僕に喋れということだろう。
「僕の役職は村人、クリア条件は未使用のアイテムキーを五個所持した状態で七日目を迎えること。ドロップしたスキルはないし、今は本当に一般の人間と同じ能力ってところかな」
「えー、弱っちそうだね」
「あ、あずさは弱くても良いと思いますよ!」
あずさのフォローは姉の暴言をカバーするためか。しかし全然フォローにはなっていない。
最後に、一同は残った将人へと視線を向ける。
「……荒木将人。役職は村人で、クリア条件は今の奴と同じ、未使用のアイテムキーを五個所持したうえで七日目を迎えること、だ」
「へー、同じなんだ」
「ということは、共鳴者のクリア条件もそうだし、もしかしたら同じ役職同士はクリア条件が同じなのかもしれませんね」
「あれ、でもそしたら、アイテムキーの奪い合いとかになったりしない?」
妹の言葉に、姉のひよりが首をかしげる。
それについては僕も少しだけ可能性を考えていた。しかし、昨日アイテムを探して思ったことがある。
「それなんだけど、多分、奪い合いにはならないんじゃないかと思う。昨日はさっき話したグループでアイテム探しをしたんだけど、半日もかからずにそこそこアイテムキーは手に入ったんだ。もちろん、捜す人数も多かったし、そのポイントがたまたま多かったっていう可能性もあるけど、ルールのところにも『同じ役職は原則クリア条件が競合しない』ってあるし、きっとその点は調整されていると思う」
「えーでも、その言葉信用できるの? だってひよりたちをこんなゲームに巻き込んだ連中だよ?」
「確かにそれはそうだけど、彼らの目的が僕達にこのゲームを真面目に取り組ませることなら、ルールに嘘は書かないはずだ。それは信用を裏切ることに繋がり、ルールの拘束力を失うことに繋がるからね」
仮にルールの内容が嘘っぱちだらけだとしたら、誰がそれを馬鹿真面目に守ろうとするだろうか。
そうなってしまえば、もうゲームどころではなくなってしまう。
「なるほど……じゃあもしかしたら、アイテムキーというのは探せばわりとすぐに出てくるかもしれないってことですね。もちろん、この段階で断定するのは危険ですが」
あずさの推測に僕も頷く。僕も同意見だった。これに関しては、今日からするアイテム探しで明らかになっていくことだろう。
それぞれの役職に関しては既にお互い知っていることも多く、話は次へと進む。
「それじゃあ、次にひよりたち以外、つまりここに来るまでに会ったプレイヤーの情報交換といこうか。最初に、一番出会っているプレイヤーが多いであろう悠馬さんから話してもらおうか」
ひよりの言葉に僕は頷く。正直、まださっきの一件は自分の中で消化しきれてなかったが、ここで私情は挟むまい。僕は、出来るだけ主観的にならないように話し始めた。
読んでいただきありがとうございます。




