回帰
「……ここだね」
それから歩いて三十分ほど。
僕とあずさは、昨日の焚火のあとが残る民家の前までやってきていた。
焚火の周りには飯盒やスプーンが散乱しており、当時ここにいた人達の慌てぶりが伝わってくる。
しかし、昨日見つけたアイテムなどはごっそりなくなっているところを見ると、優真たちの誰かが逃げるときに持って行ったか、襲撃者が回収したかのどちらかだが、おそらくは後者だろう。
「悠馬さん、これ……」
あずさが指さしたのは民家の壁だった。
古めかしい木造の壁には、自然によってできた傷の中に、真新しい細い穴が開いていた。
「これは…矢傷だな」
「ということは、襲撃者は弓矢を持っていたということでしょうか?」
「いや、矢だけならボウガンという線もあり得る。どのみち、襲撃者は遠距離武器を持っていたようだな……」
それに、矢の痕があっても、肝心の矢が見つからないということは、襲撃者がきちんと回収していったということだ。遮蔽物の多い森の中からともかく、平原などは出来るだけ通らない方がいいかもしれない。
「――誰だ」
僕の声に、民家の裏手にあった茂みががさりと動く。
あずさは気づいていなかったようで、慌てて僕の後ろに下がった。
「こっちには銃がある。ここで撃ち合いもいいが、出来れば穏便な形で済ませたい。こっちは、ゲームが始まって右も左も分からないもんでね」
嘘とハッタリを使いながら、僕は目の前で隠れる人物が、脅威になり得る可能性は低いと考える。
隠れ方も杜撰だったが、それ以上に僕が声を掛けたとき、向こうはすぐに動き出さず、今もじっとこちらを窺っているだけだからだ。襲撃者ならすぐ武器を向けてくるだろうし、おそらく相手は村人サイド。慎重と言えば聞こえはいいが、ただ単に臆病なだけだろう。
「多分、君も村人サイドだろう? 僕達も村人サイドだ……と言っても信じてはくれないだろうし、そうやって隠れ続けてるってことは、そういうつもりってことでいいんだな?」
「ちょっと悠馬さん……」
あずさが僕の袖を引くが、一向に姿を見せない相手に歩み寄るつもりは毛頭ない。
窮鼠猫を噛む、とはまた少し意味が違うが、追い詰められた人間が、突発的に襲い掛かってくる可能性は充分にあるからだ。
「…………うそ」
「――うん?」
やがて聞こえてきたのは、小さな、しかし濃厚な敵意の籠ったそんな言葉だった。
そして、それは聞き覚えのある知り合いの声。
「斎藤くんは……斎藤くんは村人なんかじゃない……裏切者の喰人でしょ……!」
「その声……小鳥遊さんか?」
僕の呼びかけに応じたわけではないだろうが、茂みから立ち上がり、姿を見せたのはやはり小鳥遊未来だった。
しかし、彼女を見て僕は警戒をマックスに引き上げる。袖を掴むあずさは「ひっ……」と悲鳴を漏らした。
「小鳥遊さん……銃なんか向けて、どういうつもりかな……?」
「少しでも動いたら撃つから……!」
未来が持っていたのは拳銃。それをこちらに向けて、彼女はその愛らしい顔を見たことがないほど憎悪に歪め、僕を睨みつけた。
未来が持っている銃は、おそらく昨日のアイテムボックスから見つけたときの物だろう。昨日は、遥香の役職のカミングアウトなどもあり、銃の所在についても有耶無耶になっていたのだが、まさかよりにもよって彼女が持っているとは……。
しかし、今はそんなことを考えるより、この状況をどうにかする方が先だ。あのグループの中で、最も精神年齢が幼い彼女なら、下手をすればそれこそいきなり発砲してくる可能性もある。
「小鳥遊さん、落ち着いて。昨日君たちが襲われたことはこの子から聞いている。助けにいけなかったことは申し訳ないけど、みんなは無事なのか?」
「そうやってみんなのところに行って、今度こそ未来達を殺す気なんでしょっ! もう絶対騙されないんだから!」
「ッ!」
未来の引き金に掛かる指に力が籠る。それを確信した瞬間、僕はあずさの手を取り民家の壁に走り込んだ。
パァンッ!
爆竹にも劣らない音が鳴り、小鳥が木から飛び立つ。あの女、マジで撃ちやがった!
「あっち行って! 未来達の前に、もう二度と姿を現さないで!」
「小鳥遊さん、話を聞いてくれ!」
「昨日、斎藤くんが出てった後、すぐに私たちは襲われた……斎藤くんが喰人で、未来たちを襲ったんだ!」
「違う! 僕はただ――」
「うるさいうるさぁい! 斎藤くんの言葉は全部嘘嘘嘘……ッ! 未来はもうだまされないんだからぁ!」
またしても銃声が鳴り、足元の土が弾ける。駄目だ、完全にヒステリーを起こしている。
刹那の間、僕はどうするか考える。銃声を聞きつけた優真たちが来るのを待つか? だが、万が一彼らも未来のように僕が犯人だと決めつけていたらどうする? 流石に六人を相手に、しかも一人は銃を持っている相手に上手く立ち回ることは不可能だ。それとも、あずさを囮に……いや、あずさに誤解を解いてもらうか? 最悪、彼女が凶弾に撃たれても、その間に僕が銃を奪えれば……いや違う、そもそも僕のクリア条件はなんだ。村人同士で争えば村人サイドのプレイヤーは減り、結果的に僕が襲われる確率が上がるだけだ。くそ、喰人のクリア条件さえ分かれば、こんなことには……!
「悠馬さん……」
完全に熱くなり、冷静な思考を失いかけていたとき、僕の腕に抱きついたあずさが震えた声を上げた。
こちらを見上げたあずさと目が合うと、震える彼女の瞳が恐怖に揺れているのが見える。
「……一旦ここは退こう――小鳥遊さん! 分かった! 僕達は二度と顔を出さないから撃たないでくれ! 喰人以外にも村人を襲うプレイヤーが集まってくるかもしれない!」
「ッ!」
彼女が怯んだ隙に、僕はあずさを抱えて走り出した。森ほどではないにせよ、家屋が立ち並ぶ廃村エリアは遮蔽物が多い。
そうして僕は、昨日と同じく、しかし状況は全く異なるままに逃走することとなった――
章立てするかは未定ですが、一応ここで一つの区切りということになります。
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