第三十八話 清水家正
部屋に戻ると、再び清水がジャミングのスイッチを入れた。
「おっけー」
「どうやらこの上に浜口局長がいるみたいだが……。」
「ああ、あの男の様子だと、今、俺たちに局長に接触されるのは、避けたい。そんな感じだろうな。」
「それで? なにか釣れたか?」
「まあな、それなりに興味深いデータが出たぞ。」
「ほう。」
「まず110階以上は役員クラスの部屋だと言っていた。もし、それが本当なら、おかしなことになるんだ。」
「というと?」
「さっきの夕食で、同じテーブルの七人が役員だ。自己紹介を兼ねて全員と話しただろ?」
「ああ」
「奴らの口ぶりだと、局長の浜口から始まり、役員7人は、全員出席と言っていたはずだ。」
「ああ、それはソロモンがよこした資料にもそうなっていたはずだが。」
「今現在、俺らの上の階に生体反応が50オーバーも出ている。」
「なるほどな。確かに110階から125階の16フロアを7人の役員で、使いきれるとは思えないしな。」
「ああ、しかもだ、気が付いたか? あのエレベータ。120階までしか行けないようになっていた。」
「それは見落としてたな。」
「と、いうことは?」
「120から125階の6フロアが怪しいという事か。」
「ああ、しかも、その50以上の生体反応は、ここから10mから25mの範囲に散らばっている。」
「でっ、どうする?」
「とりあえずは、偵察ドローンを外壁から登らせて、覗けるところから内部を確認する。
あとで、電磁投影装置で、110階以降のこの摩天楼の構図を丸裸にしようと思う。
ただ、ここは、セキュリティーが厳重だからそれなりには時間がかかる。
と、いうわけで、決行は明日の夜でどうだ?」
「異論はない。作戦立案は、いつものとおりお前に任せるよ、清水。」
「へいへい。」
その夜、九条が眠りにつくのは早かった。
スナイパーの彼は、睡眠不足は命中精度が下がるからと、いち早く床に就く。
彼とコンビを組んで、十年余りになる。
作戦前夜、九条に安眠を与えることも、俺の作戦行動の重要な要素のひとつとなっていた。それ故、作戦中、特に重要な二・三日間は、俺は睡眠をほとんどとらない。
もともと、物心ついた時からパソコンや端末を夜通しいじっているような生活を送ってきたから、最新のコンシーラとメガネ型端末で目の下のクマを隠してはいるものの、素顔の俺の目の下は真っ黒なのだ。
「気持ちよさそうに眠りやがって。」
九条の寝顔を少し見つめて、清水は小さな声でつぶやくと、マジデウマイ屋特製のラム酒入りチョコトリュフを一つ口の中に放り込み、再び作戦の準備に取り掛かった。
翌朝、目覚めるや大きく伸びをする九条にむかって、清水は昨晩の成果と、今夜の作戦を告げた。
清水の話をじっと最後まで聞いていた九条は、何も言わずただコクリと首を縦に動かした。
早朝に行われた朝礼から、二日連続の晩餐会まで、長谷川の愛想笑いと大きな腹が無事揺れ続け、視察は何事もなく進行していった。
ただ一つ、清水が気になったことと言えば、昨日の夕食会で、九条が話を訊いたあの出っ歯の男の姿が、いくら探しても見当たらなかったという事だった。
その夜、二人は部屋に戻ると、清水が作戦を再度確認する。
「まずは、五十五階から上のすべての火災警報消火システムを誤作動させ、さも六十階から徐々に上へ上へと火が燃え上がっていくように消火システムを誤作動させる。
それと同時に120階から最上階までの暖房システムを全開、さらに、ダクトに昨晩、俺が仕掛けた麻酔ガスを噴射させ、さらに火災現場のリアリティを出す。
こうして火災現場に見せかけ、混乱を招いたところで、昨晩見つけておいた121階への出入口となるエレベーターに人が乗り脱出しようとしたところで、仮想の60階を作り停止させ、敵及び内通者を確保する。
このエレベーターは、地下のショッピングモールの関係者以外立ち入り禁止の先にあり、地下20階から地上121階までを直通で高速移動しているため、作戦終了後人員を地下20階に配備するよう手配した。」
「でっ、お前がこの作戦行動を行っている間に、俺は、昨日開けた部屋のガラス窓の穴から吸着性の靴と手袋、ワイヤフックガンを使い一気に8階分を駆けあがり、屋上にすでに送ってある装備を手に入れて、屋上にあると思われるヘリポートで本命を待ち受ける。
ここは、飛行禁止地区であるため、おそらく屋上のヘリは普段は格納され衛星写真でも確認できないようになっているはず。」
「そのとおり。なお、作戦終了後、我々は速やかにスラム街に設定されたEポイントまで撤収する。」
作戦を確認した二人は、自室に戻ると左手につけた今時珍しい機械腕時計を見せあう
「では、これより作戦を開始する。時間合わせ。」
九条はそう言うと清水の目をしっかりと見つめた。
「俺たちならやれるさ。」
清水はそう言うと九条の肩をポンポンと叩き室内の機材のほうに歩き始める。
「ああ、作戦開始だ。」
そう言い終えると、九条も先日開けた例の穴に手をかけた。
作戦第一段階。
巨大な摩天楼のそびえる鉄の城に火災避難警報が流れる。
まだ二日目の晩さん会の終了から三十分と経っていないため、ビル内は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。
各階のエレベーターホールは、人でごった返し、エレベーターで避難することに見切りをつけたものは階段を駆け下りる。
さらに警報アラームと消火システムの
『火は、上層へと延焼しています。』
というアナウンスが流れ、警報が鳴り響く中、混乱は一層激しさを増す。
その様子は、地上二百五十メートルの外壁を吸着器を付け慎重に上っていく九条にさえ、第一段階は、大成功を収めていることが、清水の報告を待たずに伝わってきた。
「こちら02、フェイズ1は成功した。局員達は、かなり混乱しているようだ。続いてフェイズ2に入る。」
「01、了解」
清水の通信が切れ、部屋の中を伺うと人影は見えないが、瞬く間に室内に黒い煙が充満していくのが見えた。
それを確認するや、素早く黒い特殊スーツの後頭部に手を遣ると、九条の顔を覆う様に毒ガス用のマスクが自動装着された。
「これは何の騒ぎなの。」
武装した男たちが待機しているオフィスに女の甲高い声が響く。
武装集団の男たちは、いづれも屈強な肉体をしているが、声を荒げヒールを鳴らしながら入ってきた女性と目を合わせようとはしなかった。
彼女は腰まで届く白髪で赤眼。ワインレッドのパンツスーツに黒いハイヒールをはいている。
そのとき武装集団の中の一人が小さな声でつぶやく。
「俺ら、ずっとここに待機させられてんだ、何の騒ぎか知るわけねえだろ。」
すると女は振り向きざまに呟いた男の前にカツカツと歩いていくと、男の胸ぐらをつかみながら、
「もう一度言ってみな。」
と、凄むが、男も負けじと、胸ぐらをつかまれたままの体勢で声を荒げた。
「ああ、何度だって言ってやるよ。
こんな窮屈な部屋に閉じ込められたまんま武装させられて、もうかれこれ五十時間も経つんだ。
今、外で騒がしいのは俺らだってわかるが、一歩も外に出れねーんじゃ、何があったかなんて分かるわけねーだろ。
作戦がうまくいかなくてヒスるのは勝手だが、俺たちまで巻き込まないでほしいね。
俺たちはキング様の部下で、おめーの部下でもなければ、辛抱強く愚痴を聞いてやるあんたの男じゃねーんだからよお。」
「言いたいことはそれだけ?」
「ああ、まだまだあるさ。だが、このくらいで勘弁しておいて……。」
男がそう言い終わらぬうちに、男は床にねじ伏せられ、次の瞬間には黄金の銃が眉間に突き付けられていた。
「じゃあ、あたしからもいいこと教えてあげるよ、坊や。あたしはね、今、こうやってあんたらみたいな使えない奴らを引き取ってやっているが、もし、あたしがあんたらを引き取らなかったら、一体どうなってたと思う?」
その問いかけに、男は眉間に銃を押し込められ、一瞬で押さえつけられた恐怖に身動きが取れない。
「分からないかい? あんたらは、実験室行きだったんだよ。それをこのあたしが拾ってやっているんだ。涙流して感謝してもらってもおつりがくると思うんだけどねぇ。
それともう一つ、言い忘れていたが、あたしは、人を殺すのに何のためらいもない。才能のない奴なんか同じ生き物として見ていないんだからね。」
そう言うと、女は引金にゆっくり人差し指をかけ、引いた。
カチッと静かな音を立てて、その黄金の銃の撃鉄が落ちる。
それと同時に男は失禁する。
「あらあら情けないねぇ、こんなことでおもらしかい?」
そうあざ笑うように言うと、男の眉間から銃を抜き取り、ポケットから出したハンカチで銃身から男の汗油を拭きとった。
「いいかい、今度逆らうような奴がいたら、本当に殺すからね。」
その女の声に、全員の視線が女に集まる。
「ほらほら返事は? 本当にわかったのかい。」
すると、部屋の各所からまちまちに
「ウッス」
と、聞こえた。
女はその返事を聞くと、両手を広げ半ばあきらめた様な仕草をした。
「おそらく、これは、あのインペリアルの高官様が何か仕掛けてきたに違いない。
全員戦闘準備にかかっとくれ。あたしは、キング不在の間、此処の防衛を任されてる。相手は、たった二人だ。失敗は許さないよ。」
そう言って、女がそのフロアを後にしようとした時だった。エレベータへ向かう女の足が止まる。
「あんたら、……此処暑くないかい? それに妙な臭いもするね。」
長い白髪を翻し、周囲を見渡すと、空調用の通気口からわずかにではあるが白い靄のようなものが出ているのに気が付いた。
「毒ガスだ、全員マスク装備。」
そう叫ぶと、女は、口元をハンカチで抑え非常階段へと走る。
女が階段を駆け上がり、その一番上の扉の所まで走ると、下の階の男たちが煙に混乱している音が聞こえた。
「ほんと、アイツらは使えないね。キングが人体実験に回そうとした気持ちがわかるよ。」
吐き捨てるように呟きながら格納庫のドアのロックを生体認証で解除すると、後ろから追いかけてきた護衛の男二人と共に扉をくぐった。
扉をくぐった先には真っ暗な部屋が続いていたが、女が足を進めるにしたがって、バンバンバンという音と共に手前から奥に向かって白いライトがついていく。
そして、その奥には小型の高速輸送攻撃機があった。
女は護衛の男の片方に顎で何かを指図すると、その男は駆け足で部屋の壁の側面にあるパネルを操作した。
すると部屋の端のハッチが開き屋上に滑走路が姿を現す。
それを確認し護衛の男が輸送機へ駆け足で戻ろうとした時、女の目の前で男の眉間に風穴があいた。
慌てて女は機体に身を隠し、黄金の銃を抜いた。
「誰だい?」
その質問に答えるかのように、もう一度何かが空を切るような音が響き、残りの護衛の男がまたしても眉間を打ち抜かれて、女の前方に崩れ落ちてきた。
女は身を隠していたはずの護衛の男の死を確認すると、敵の位置を突き止めようと、発射場所付近に目を移し、そして息をのんだ。
厚さ30㎜の輸送機の扉にも、きれいな風穴があいていたのだ。
「何者だ。下の騒ぎもあんたの仕業か?」
しかし、2人の護衛がやられてからは、一切の音がしない。
「何か答えたらどうなんだい。」
その時、格納庫の扉が開き、暴走した男3人が部屋に入ってきた。
「クイーン様、火災です。大規模な。下の奴らですが、エレベーターに乗って逃げた奴ら以外は、ほとんどが煙を吸って次々に倒れ……。」
そこまで報告した時、男とその脇に立っていた男の左右の太ももが次々と打ち抜かれた。
「ぎぁー、うぅぁ。」
彼らは、声にならない声を上げ悶える。
それを見て、クイーンは狙撃手の位置を把握した。
スナイパーは格納庫の外の滑走路の先端で巨大な対マテリアルライフルを構えていた。
『この長距離では分が悪い。だが、動けば確実に撃ち殺されるか、いや、さっきの弾の威力を見る限り、すでにいつでも殺れる状況なのだろう。
ならば、なぜ私を殺さない? 私を殺せぬ理由でもあるのか。
それにおかしい、あの威力の弾を太腿に受けたなら、男たちの下半身は粉々になるはず。それがなぜ貫通しただけにとどまっているのか……。あっ、』
クイーンが気が付いたときにはもう遅かった。
『そうだ、あの対マテリアルライフルを構ているのはダミーだ。初めの2射以降、相手はすでに移動している。
男たちの太腿を撃ったのは、騒がせて近づく足音を消すため。この戦い方を何故か私は知ってる。そう、知っていたのに……!』
気が付いたときには、背後から接近してきていた黒ずくめの男に銃を奪われ、刺激臭のするハンカチで口を塞がれると、その次の瞬間に、全身の力が抜け意識を失った。
作戦は成功した。
先ほど清水から、Eポイントへ避難するとの連絡が入った。
九条は、意識を失った白髪の女の口に先ほどのハンカチを押し込むと、女の体をベルトで自分と固定し、少し大きな羽の付いたムササビスーツで地上300メートルの夜空にとびこんだ。




