第十二話 ブレスオブソロモン
見覚えのある真っ白な天井が、またもや司の視界を覆う。
そう、ここは、インペリアルの医務室だ。
なぜ私は、またここで眠っているんだろう。
今度は体のあちこちが痛い。
暫くぼんやりと真っ白な天井を眺めていると、白い天井を遮る、水色の大きなくまの顔が司の視野を埋める。
「ツカサー!気がついたか!」
「ああ、クマ吉、おはよう。」
「ピーチ、ツカサが起きたぞ!」
そう言うと、司の視界に、夢で見たピンクのくまの顔が飛び込んでくる。
「司、いけるか?」
「うん、体中痛いけど、大丈夫だよ。」
そう言うと、司はベッドから起き上がった。
「やっと起きたか、寝坊助。」
ふと声がした方を見ると、スーツ姿の純が立っていた。
その姿を見ながら、次第に司は記憶を取り戻していく。
「あっ、えっと、みんな無事なの?」
その司の声で、純の表情筋が緩む。
「ああ、おかげさまで全員無傷だ。
にしても、意識不明だったあんたが、意識取り戻した途端に、他人の心配とは、ったく。」
「私、急に頭痛がして、すわっていられなくなって…。」
「ほう、また、覚えていないのか?」
「頭痛まではね、でも……。」
「まあ、外傷は、打撲三箇所、擦り傷八箇所ってところらしいんだが、自分で立てるのか?」
「うん、大丈夫だと思う。」
「なら、ゆっくりでいいから、響のいる第3分析室に来てくれ。そこで今回の事実確認をしよう。
クマ吉とピーチは、この後予定があるんだろ。」
そういうと、純はスタスタと医務室から出ていった。
「ツカサー、大丈夫か? つかまる?」
そういって差し出されたクマ吉の手を借りて、司はベッドから起き上がった。
「おいら、ツカサが五日も寝たまんまだったから、ホントに心配したぞ。」
「えっ、私そんなに眠ってたの?」
「せやで。」
司は、着替えながら、夢の中で父が何を語り掛けていたのか、思い出そうとしていた。
「ああそうだ、今日の運勢は、っと。」
『トロイの木馬は、仮面の奥でほくそ笑む。』
クマ吉とピーチと別れて、第3分析室にたどり着くと、響が叫びながら司に抱きついてきた。
そのあまりの勢いに、倒れそうになった司を見かねた純が、間に入って響を引き離してくれた。
部屋を見渡すと、響、純、時任、高橋、そして赤城がいた。
「じゃあ、司ちゃんが覚えてないっていうことも踏まえて、あたしと司ちゃんが乗っていた管制車両を捉えた付近の監視カメラの映像を繋げたものと、音声は口の動きを元に再現したものを、見ていこうと思います。」
そういうと、響が大型のホログラフ映像の投射器の電源を入れた。
「司ちゃん、司ちゃん、大丈夫?」
「こうなったら、管制車Eポイントまで離脱開始。」
「管制車、間に合わない、車を捨てて身を隠せ。」
「1号車、こちら2号車、Eポイントからも敵機襲来、三機です。接触まで40秒。」
「見えたわ。一か八か直進する。」
応答する響の声と共に、映像の中で司たちの乗っていた管制車が敵機に向かってスピードを上げたその瞬間だった。
「ちょっと、司ちゃん! やめてー!!」
悲鳴にも似た響の声と同時に、車両が急カーブしてドリフトをしながら敵機に管制車の後方をぶつけた。
「きゃああああああ……。」
響の悲鳴が木霊する中、車両の扉が開き司が外に降りたつと、司はそのまま衝突によって倒れこんでいる敵機の胸部に駆け上がり、コクピット部分に三発、銃弾を撃ち込み、左手を空に翳した。
その様は、司とは別人のようで、荒い映像からもわかる程、その目は光を失っていた。
司は、そのままトラックを挟むようにやってきた敵機に向かって、銃を持ったまま左手を振り下ろす。
すると、空から飛来した黒い棒状の物が何本も敵機に降り注ぎ串刺しにした。
敵機は爆音を挙げ炎上、駆け付けたもう一機に向かい、同様に左手を掲げ振り下ろすと、またもや巨大な黒い棒が飛来し、敵機を串刺しにした。
この一連の戦闘時間は、わずか三十秒足らず。
映像には、本部と響との悲鳴にも似たやり取りや、クマ吉とピーチが司を呼ぶ声、各員からの状況を伝える声が入り乱れて録音されている。
映像の中で司は、初めに倒した敵機の上で膝をつくと、両手に取った武器、イグニスを手早く繋げ、異様な形のライフルに組み換えると中腰で構え発射した。
ライフル弾は、司の構えている方向のビルの隙間から、突撃してきた敵機の頭部を吹き飛ばした。
頭部を失った敵機はそのまま前のめりに転がる。
映像の中で、空から飛来する謎の棒と銃を使い、司は、敵機十三機をたった一人で無力化した。
映像を見終わった司は、自分でもこの事実は受け入れ難かった。
「これが……、私……ですか。」
黒煙を噴き上げる数多くの敵機の残骸の中で、銃を構えたまま立つ、自分の姿を見ながら、思わずそんな声が漏れでた。
一同、言葉を失い黙り込む中、静寂を破ったのは局長の赤城だった。
「それで、この映像について判っていることについて教えてもらえないか。」
その問いに、映像に見入っていた響が、我に返ったように説明を始めた。
「まず、この映像について、本人である神山司は、全く記憶に無いと述べていることから、以前にも、近衛捜査官から報告のあった、トランス状態だったのだと推察できます。
また、突如飛来した黒い棒ですが、これは、青森国防軍駐屯地試作兵器、電磁加速兵器T6高速弾であることが確認できています。
国防軍の青森駐屯地空軍一佐の報告によると、高レベルの権限、おそらくはソロモンの統帥権により許可され発射されたということです。
さらに、神山司捜査官の装備、『イグニス』についても、開発当時の兵器と外観は酷似しているものの、高速弾の搭載が可能であるなど、大幅な改良が加えられていることが分かりました。
念のため、誰が、どのように改良したのかを調べようとしましたが、これもソロモンシステムに阻まれて、捜査は難航しています。以上です。」
そう言い終えた響は、厳しい表情を崩さず席に戻った。
と、同時に、純が手を挙げると、
「ちょっと待ってくれ、神山捜査官の超人的な戦闘ぶりは、時間をかけて解明していくとして、それより今回の東北食糧基地における戦闘で重要なのは、大量のインパルスが管制車両に真っ直ぐ向かっていったことだ。
これはどう見ても、神山捜査官をターゲットにした『アダマスの鎌』の罠だったと思わざるを得ない。」
すると、時任捜査官が、後を続ける。
「そう考えると、きっかけとなった東北食糧基地に於けるテロだったり、アダマスのエースが映っている映像を残してみたりと、随分時間をかけた、手の込んだトラップをかけてきてやがる。」
「しかもっすよ、東北の食糧基地に神山捜査官が派遣されることを、そんな早い時期に、一体誰が判っていたんすっかね。事前にこちら側の確かな情報を手に入れてないと、そもそもこんな罠は仕掛けられる筈がないっすよ。」
「前回のエリア30においてもそうだったし、インペリアルの少数しか知りえない極秘情報が、『アダマスの鎌』に筒抜けになっているという可能性は高いわよねえ。」
と、響が言うと、
「そのことは、私も危惧していたところだ。
エリア30で、エースが純に投げてよこしたインペリアルのバッジだが本物だったよ。しかも、あの時、時任、高橋の両名がバッジを奪われてはいなかったということは、奴等はどういうルートでインペリアルのバッジを手に入れたのか……。」
赤城が考え込んでいると、純が、
「局長、事後承諾で申し訳ありませんが、先程こちらに来るエレベーターの中で、偶然、第4課の上杉捜査官に出くわしまして、一か八か捜査協力を依頼したところ、意外にすんなりと引き受けてくれましたので、来週からでも内部調査チームに加わってもらう予定です。これで近いうちに、内部調査にも何か進展があるのではないかと思われます。」
「おお、あの斎元局長の言うことしか聞かない4課のエスパーチームが、よくぞ引き受けてくれたねえ。流石は、純だ。
えーっと、響君?まだ、何か説明があるのだろう?」
と、赤城が、続きを説明を促すと、
「あ、ああ、そうです、そうです。では、次の新たな映像を見て下さい。」
と、響は新たなホログラフ映像を映し出した。
「これは、今回の神山捜査官のトランス状態の時の脳波を計測した映像なんですが、ご覧いただくとわかるとおり、少し常人と違う点が確認できます。」
「ほう、それはどういう事かな。」
響きの含みのある言い方に、赤城が問いかける。
「えっと、みなさんもご存知かとは思いますが、人の出す脳波は、主にα波β波θ波⊿波に区分されます。α波は、比較的落ち着いた状態の時に、β波は興奮状態の脳が多く出します。そして、θ波は深い眠りの時などに出るもので、⊿波はとても深い眠りや意識がない時に現れます。これを基にして、赤城さん、このトランス状態の司ちゃんの脳波は、どのような状態だったと思いますか?」
「それは、普通に考えれば、戦っていたのだから、βとういうことになるはずだが、彼女自身の記憶もないということからすると、⊿波という事なのかい。」
「惜しいのですが、実はそうではないんです。
私も驚きましたが、トランス状態の司ちゃんの脳からは、2種類の脳波、βと⊿を観測することができました。」
「それはつまり…」
そう言いかけて赤城はうつむくと、一瞬間をおいてから呟いた。
「とても心が落ち着いた状態で、眠りながら彼女は戦っていたということか。」
「半分正解です。捕捉しますと、実は、この時、脳波を出していた意識が二つ、司ちゃんの脳の中に存在するということを示しています。」
「ほう、二重人格者という事かい?」
「近いのですが、司ちゃんの場合は、おそらく司ちゃんの意識と、脳内のチップの意識の多重人格。
つまり、司ちゃん自身が危険を感じた時に現れる第二の人格とでもいうのでしょうか。そう表現するのが正しいのかもしれません。」
「第二の人格か…」
「はい、司ちゃんの脳内にチップを埋め込んだ何者かが、窮地に陥った司ちゃんの体を支配し、司ちゃんの体をのっとって、その状況を打破していると、いうことになります。」
そういい終えた響は、司に視線を移す。
「司ちゃん、何か心当たりはない?」
「ごめんなさい、私、……特には……なにも。」
「そっか」
「あ、でも一つだけ…」
「ほう、それは?」
「意識を失う前に、もの凄い頭痛が走ったんですけど、その時に頭の中に言葉が浮かんで……。」
「言葉?」
「はい、確かオーバードライブ、ブレスオブソロモンだったと思います。」
「なるほど、オーバードライブ……か、司君はその脳裏に浮かんだ言葉を声に出したかい?」
「はい……たぶん……。」
「なるほどな、と言うことは、司君の脳裏にあるのは司君や我々が一つづつ保有するソロモンシステムから与えられたセイクリッドアイテムと同じような物ということになるのかな。」
その発言に対し響が答える
「はい、声に反応して起動するという点でも酷似しています。しかし、脳内に埋め込むなど聞いたことがありませんが…」
「私もだよ、司君、脳内にあるセイクリッドアイテムはいつ埋め込んだかわかるかい?」
そう言われ、司は今ままでの自分の人生を思い出すが頭にチップを埋め込む手術などした記憶はない。その司の表情を悟ってか赤城は続けた。
「覚えてないと言うことは、物心つく前と言う事か、もしかしたら生まれる前の可能性もあるね。」
少しの沈黙が研究室を支配したとき、司が口を開いた。
「あのう、クマ吉とピーチは、どこに行ったんですか。」
すると、赤城が司の方に視線をむけ、
「あの二人も、神山捜査官同様、この戦闘では八面六臂の大活躍だったからねえ、それなりに損傷個所があってね。今、技術開発部が頭突き合わせて修理しているよ。」
「そうだったんですか……。あの子達ったら、なんにも言わないから。」
「心配かい?」
「はい、とても。」
うつむく司に、赤城は指輪型のアケロン端末を操作して、一つのデータを司に送信した。
「それがあれば、自由に技術開発部の部屋に入れるよ。
前にも約束した通り、開発にも参加して構わないよ。司君のポテンシャルをもってすれば、彼らも大歓迎だろう。」
「あっ、ありがとうございます。」
「技術開発部のラボは、地下三十階にある。早く行ってやりなさい。
ああ、それから、司君は、自由が欲しいのだったねえ。二、三日、自由な時間をあげるから、ゆっくり休んで、怪我もちゃんと直しなさい。
響君、会議はこれで終了、でいいかな。」
うなずく響を確認して、部屋を出ていく赤城の背中を、見送った後、純が口を開いた。
「司、アンタ、本当に大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫だよ。」
「まあ、無意識で戦ってるって言うんだから、そもそも無理な話かもしれないが、アダマスのターゲットはあんただから、気を付けろよ。あんまり無茶はするな。」
「なになに、もしかして、心配してくれてたりするの?」
そう、司がからかうように言うと、純は珍しく真面目な顔のままで、またしても司の頭を、ぽんぽんと叩いた。
「俺はただ、そうやって逝った奴らを何人も見届けてきたってだけだ。」
そう言い残して、部屋から出ていった。
司は、突然頭を優しくたたかれたのと、純の優しい眼差しに、今までにない心臓の鼓動を感じていた。
「純は、たまにああいう事を、自然にすっとやっちゃうのよね。本当にたちが悪いわ。」
司の後ろから、純の消えていった扉を眺めながら響が言った。
「ええ、本当に。」




