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私はオートバイ  作者: 京丁椎
9/18

私はホンダゴリラ(倉庫の主)

フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。

実在する人物・団体・地名・施設等とは一切関係ありません。

私はホンダゴリラ改。あるプライベーターが組み立てました。

今は大島サイクルの倉庫で休んでいます。


部品を剥ぎ取られて配線と足回りだけになった私は

トラックに乗せられて高嶋市へやって来ました。


「おお。来たか。」

相撲取りの様に肥った男が私を出迎えました。


こんな重い人を乗せるのは嫌だなぁ。


そんな事を思いながら新しい御主人を見ていたのです。


御主人様の生活は不規則でした。朝早くに家を出たり、遅く帰ってきたり。

私をかまってくれるのも平日だったり一週間以上空いたり。


「昔取った杵柄やな。工具を捨てんでよかった。」

使い込んだKTCの工具で私に部品を組みこんでくれました。


サービスマニュアルを見ながらの慎重な作業。

パーツリストと照らし合わせて部品を注文。

どうやら見かけの割に慎重な性格らしい。


毎月少しずつ部品が組み込まれていきました。

しかし、私が元の姿を取り戻しつつあるのと対照的に

御主人様の体調はおかしくなっていきました。


ある日、とうとう作業が止まりました。

どうしたのかな・・・私は物置で待つしかありませんでした。


しばらくして物置の戸を開けた御主人様は・・・少し痩せていました。


ストレスで内臓を壊してしまったそうで、元気がありませんでした。


「腹減った。でも食べられへん・・・力が入らへん。」

空腹を紛らわせるように御主人様は私を組み立てていったのです。


「ハァ・・・ハァ・・・しんどい・・・力が出ん。」


辛いなら休んで!ゆっくりでいいから!


私の訴えは届かない。


御主人様の作業のおかげで私は完成して再び道路へ。


知り合いのバイク屋さんに行って


「サーカスの熊みたいって言われるんですけどね。」


私をおじさんに紹介する彼は、少し疲れているようだったけれど

満面の笑みだった。


「とりあえず形にしただけなんですけどね。」


他のみんなと同じようにカスタムするのかな・・・

それより御主人様の体の方は大丈夫なのかなぁ。


私は心配でした。


それから数日後。御主人様は仕事を辞めました。


「体と一緒にお前も完璧にせんとな・・・」


辛そうに私を直す御主人様・・・表情は優しいけど体調は悪そう。


再びエンジンを降ろして4速ミッションの組み付け。

エンジン内を清掃。ベアリング・各部消耗部品・オイルシールを交換。

ポート研磨・バルブ摺合せ・・・等々。


「うう・・・力が出ん。何でや・・・何でなんや?」


御主人様の体はどんどん痩せていく。力が出なくて

ナットを外せずエンジンをバイク屋さんへ持って行ったりしていた。


手の感覚が狂って締め付け感覚がわからないとトルクレンチを購入。

力が入らないと言いながら必死に組み立てしてくれました。


御主人様の理想の形となった私は湖周道路を軽快に駆けました。


御主人様。私がこんなに走れるのはあなたのおかげ。


さぁ、出かけましょう・・・気持ちよく走っていたその時、


急にスロットルが閉じられて、私は路肩に止まりました。


「ハァ・・・ハァ・・あかん。苦しい。」

御主人様は苦しそうにしていました。


熊みたいな体だったのに・・・ずい分痩せちゃったな。


御主人様。私は元気になりました。今度は私の番。

一緒にお出かけして元気になりましょう。私が元気にします。


私は彼に語りかけるが届かない・・・。


家に帰るとご主人様は私のタンクを撫でて言ったのです。

「お前は直っても、僕の体は元に戻らへん・・・うう・・・戻らへん。」

泣きながら崩れ落ちました。


泣かないで・・・一緒にお出かけして元気になりましょう。

お願い。御主人様・・・泣かないで・・・。


それが私が見た御主人様の最期の姿でした。


その日の晩。御主人様は私を置いて出かけていきました。


御主人様は自殺しました。病を苦にしての首吊り自殺。

享年40歳。 早すぎる死でした。


「バイクは直っても僕の体は治らない。」とだけ書かれた遺書。

私を残して彼は逝ってしまいました。


誰も来ないお葬式。私はぼんやりと眺めていました。


お葬式が終わってから何日経っても

彼の御両親は私を見るたびに泣いていました。

「もう全部忘れようやないか。全部処分して・・・。」

「うん・・・うん・・・。」


私は大島サイクルに預けられました。

「残されたバイクを見ていると息子を思い出して泣いてしまう。

処分してもらえないだろうか。」


「これを直している時はあの子・・・楽しそうに・・・昔みたいに・・・」


「そうですか・・・。」


私はナンバーが切られ、倉庫で保管されることになりました。


御主人様がクリヤー塗装してくれたナンバーが外されました。

ナンバーが付いたままだと税金が掛かるんだから仕方ないのです。

寂しいけど仕方が有りません。


廃車の為の書類を出そうとツールボックスを開けたおじさんが

何やら1枚の紙を見ていました。


「これは僕が生きた証・・・・やと・・・。」


「元気になってバイクに乗るんやない。バイクに乗って元気になるんや。

生きた証って何や!死んでどないするんや!」


おじさんは肩を震わせて泣いていました・・・


あれからどれくらい経ったのでしょう・・・。


私は今も大島サイクルにいます。

ナンバーは付いていませんが、おじさんは暇なときに表へ出して

エンジンをかけてオイルを巡らせてくれます。


今日もエンジンをかけてくれました。

軽いキックでエンジン始動。今日も絶好調です。

トコトコとアイドリングをしながら日向(ひなた)ぼっこ。


そんな私を見た人は「可愛いバイクですね。」と笑顔になります。


御主人様が聞いたら何と思うでしょうか。

最後に泣いていた姿を思い出すと、アイドリングが乱れます。


店主のおじさんは


「可愛いだけやないで。乗っても楽しいんやで。」

ニコニコと笑顔で答えています。でも、少し寂しそうです。


楽しくなんかない。私が本当に楽しいバイクだったのなら、

御主人様は自殺なんかしなかった・・・多分。


私はホンダゴリラ改。あるプライベーターの最後の作品。

そして・・・彼が生きた証。


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