私はホンダゴリラ(大島中所有)
そう言えば、主人公(?)もバイクに乗っていますね。
忘れていました。
物を大事にする店主です。
「バイクは組み立てるのも売るのも面倒。仕事ならともかく、自分のバイクなんか
面倒な事をしたくない。だから、気に入ったバイクとはとことん付き合う。」
そんな事を言ってます。
私はホンダゴリラ。大島サイクル店主の愛車。
今どき『安曇河町』ナンバーなのは古いから。
店主が社会人になって通勤に使う為に買ったのが私。
その頃は先代店主に整備をしてもらってた。
今思うとあいつとは随分長い付き合いね。
よ~く観察しないと解らないけれど、ウチのは左足が若干不自由なのよ。
左手も力が弱いからって大石さんに頼んでクラッチ無しに
してもらってたと思う。
今でこそ「ノーマルっぽいのが一番」「純正流用が一番好き」
なんて言ってるけど、若い頃は弄繰り回してたのよ。
何を思ったか知らないけど、気が付けば今のスタイルになってたね。
あいつ、若い頃は結構苦労してるのよ。
今都の運送屋が飲酒運転・居眠り・強い合無視で
あいつの両親が乗った軽トラと正面衝突。両親は即死。悲惨な事故だった。
あの時は揉めに揉めてたし、賠償金やら何やらで嫌がらせにもあったみたい。
1人で両親を送り出し、保険やらいろいろ手続きが終わって一息ついた途端
勤めていた工場が倒産。あいつは淡々と手続きをしてたなぁ。
お付き合いしてた女の子も亡くしてあいつは一人ぼっち。
久しぶりに私と出掛けた時は気が緩んだのかな。
泣きながら湖周道路を走ってた。
再就職はなかなか上手く行かなかったみたい。フォークリフト免許や
大型二種免許。危険物取り扱いの資格も取ってたけど
あいつは面接で落ちちゃうんだよね。愛想が無いから。
今思うと、あいつが資格を取ったり勉強したりしていたのは
寂しさを紛らわす為だったのではないかと思うけど
私はバイクだからその辺りは解らない。
その頃、大石のお爺さんは体調を壊していたのだろう。
オイル交換に行っても店が閉まっていたりしてた。
久しぶりに点検をしてもらった時にお爺さんがウチのに
何やら神妙な顔で相談していた。
「大島はん。買って欲しいもんが在りますのや。」
「何やいな?まいどまいど買えへんで。失業中やのに。」
普段はニコニコ話す大石さん。その日は違った。
「この店ですわ。」
「店?店売るんか?僕、商売なんか解らへんで」
「商売のやり方ごと売りますわ。大島はんなら大丈夫。儂に任せなさい。
贅沢さえせんかったら一生喰って行けるようにしましょう。」
それからウチのは必死に修行してた。大石さんも必死だったと思う。
顔色は良くなかったし、少しずつ痩せてた。
店が大石サイクルから大島サイクルへと名前を変える前日。
「ほな、坊主の事を頼むで。」
大石さんは皺だらけのオイルが浸み込んだ手で私のタンクを撫でた。
任せて・・・声が届いたかどうかは解らない。
次の日、開店を見届けた大石さんはニコリとして去って行った。
それからは会っていない。
大石さんが居なくなって、空いた家に私たちが引っ越してきた。
両親が建てた家は借家として貸し出している。
処分するのは忍びなく、住んでいると両親を思い出して辛いからだとか。
20代は商売に必死。30代に入って順調な所を悪い奴に利用されて店を潰しかけた。
必死になって店を立て直して気が付けば30代半ば。
あいつは頭が禿げた。本人が言うには「禿げてない。禿げかけてるだけや」
なんて言ってるけど、世間一般の基準では禿げていると思う。
何処からどう見てもおっさんだ。
「中ちゃん。良い人は居ないの?」
「ええ歳やから諦めた。もうバイクが嫁状態やな」
そんな事を言いながら時は過ぎてあいつも40代。
この数年は奥様方も諦めたらしく、結婚に関しては何も言わない。
私の事を「この子が中ちゃんのお嫁さん。」なんて言い出した。
今日は何やら騒がしい。常連客と何かしている様だ。
カレーの匂いがする。出汁が効いた大島家特製カレー。
もうあいつの代で絶えるのかな。
早く嫁を貰え。孤独死しても知らないぞ。
私はホンダゴリラ。大島サイクル店主の愛車。
大切にしてもらっているけれど、お嫁さんではない。
これで一段落。
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切関係ありません。