私はスーパーカブ70(葛城の通勤・プライベート用)
普段は白バイに乗り『バイクに乗った騎士』とも呼ばれる葛城さん。
今の愛車に乗り換えた頃のお話。
このお話はフィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切関係ありません。
わたしはホンダスーパーカブ70。世界中で最もありふれたバイク。
最初のご主人様はお爺ちゃんだった。田んぼや畑の見回り。
リヤカーを引いた事もあったかな。
めったに3速へ入れて走る事は無かったわね。
何で私を買ったのか分からない。50で十分なのに。
オイル交換はしていたけどオイル漏れ修理はしてくれなかった。
お年寄りはその辺りがルーズよね。
まぁ、新聞配達で走り回るプレスカブに較べれば労働環境は良い方か。
いつの間にか私は納屋で眠り続ける様になっていた。
おかしいな。お爺さんはどうしちゃったのかな?
埃が積もる。ネズミが配線を齧る。ガソリンは腐る。
どうやらお爺さんは亡くなったらしい。
あら~。どうしましょ?次は誰が私に乗るのかしら?
ある日、納屋のシャッターが開いた。
トラクターさんやコンバインさんと一緒に私も外に出た。
トラクターさんとコンバインさんはトラックに積まれて去って行った。
ご主人様の息子だろう。どことなく面影のある男は私を見るなり
ため息をついた。
「ハァ~、70って書いてあるやん。オレ、乗れへんわ。
ウチの親戚で自動二輪免許持ってるのって誰か居たけ?」
え・・・誰も免許を持ってないの?
やばい。海外へ輸出されるパターン?海外は嫌だなぁ。
日本の上質なオイル、舗装された道、のどかな畦道・・・。
すっかり身に馴染んだ私には酷だよ~。
「あの店で買い取ってもらうか。」
連れて行かれたのはお爺さんに私を売った自転車屋さん。
まぁいいか。ここなら酷い目には会わないでしょう。
おじさん久しぶり~。お互いにちょっと歳をとったかな。
ところが、おじさんはとんでもない事を言い出した。
「うん。このエンジンを使おう。」
・・・ん?このエンジンを使うですって?車体はどうすんのよ?
やだ!分解されて売り飛ばす気だ!私はまだ走れる!
そんな訴えが聞こえるはずがない。おじさんは私のエンジンを降ろした。
シートを外されてタンクも外された。
「う~ん。ネズミが齧ってるな。配線はダメ・・・車体は良い。」
そう。車体は極上なの。だから分解しないで!
「とりあえず、掃除してキープやな。」
それから私は全身を洗われて倉庫へ片付けられた。
私のエンジンは整備されて他の車体へ載せられた。
私は倉庫で眠っていた。
何やら店が騒がしい。おじさんが電話をしている。
「はい。じゃ、店は開けて待ってます。よろしく。」
珍しいなぁ。時間が来たら店を閉めるのに。
ぼんやりと様子をうかがっていると店先にトラックが止まった。
降ろされたのは年季が入ったスーパーカブの事故車だった。
ダメージは酷い。私たちカブは『地獄の底からでも蘇る』
なんて言われるけど、フレームが歪んでる・・・可哀そうに。
そう思って見ていると事故に会ったカブが話しかけてきた。
「もう駄目ね。私はこのままあの世行き。あなたは?」
私はエンジンが抜かれて車体だけ。配線も鼠に齧られて動けない。
「私はもう走れない。ご主人様には大事にしてもらって来たけど限界よ。」
諦めないで。私たちは部品さえあれば地獄の底からでもよみ・・・
「ご主人様・・・」
事故に会ったカブから生命の灯が消えた
次の日、おじさんとカブのご主人様が話をしていた。
「ご主人様が来たよ。」と呼びかけても返事は無い。
「もうこのカブは廃車ですね。」重い空気が流れる。
そんな空気を変えるようにおじさんが話し出した。
「何か足が無いと不便ですね。1台作りましょうか?」
空気の流れが変わった気がする。
「え?作るって?」
「こちらへどうぞ。」おじさんは私の前に立った。
何やら話をしている2人。どうやら事故に会ったカブの部品と
私の車体を合わせて修理してくれるらしい。
「高嶋市で乗りやすいカブって出来ますか?」の問いに
「市内どころか琵琶湖1周出来るカブが出来まっせ。」
おじさんは胸を張って答えた。
その後、私はおじさんが整備したエンジンを載せて復活した。
エンジンは今までよりも力強く、ギヤの数も増えた。
今度のご主人様は増えたギヤを全部使って私を操る。
速いけれど無理はしない。とても運転が上手だ。
普段は白バイを操るお姉さん。みんな勘違いしているけれど
ご主人様は女性だ。どうして間違えるかな?
亡くなったカブはバラバラにされて部品取りになった。
配線は私がもらった。年式が近かったので同じ部品だった。
他の部品も別のカブが壊れた時に役立つ時が来るだろう。
私にもいつかそんな日が来るかもしれない。
私はスーパーカブ70改90。世界中で最もありふれたバイク。
そして、地獄の底からでも蘇るバイク。
仕事も通勤もバイク。休日もバイク。バイク漬けの葛城。
彼女に幸せはくるのだろうか。