私はCB1300P(葛城の仕事車)
このお話は『大島サイクル営業中』の登場人物が愛車と出会った時のお話です。
今回はホンダCB1300Pです。
私はCB1300P。バイク乗りから嫌われるバイク・・・白バイ。
子供には好かれるが大人には嫌われる。2輪・4輪どちらにも嫌われる。
道の駅で他のバイクに声をかけても返事は無い。睨みつけられる。
睨んでくるのは大概が違法改造車か整備不良車だ。
奇声を上げる奴、威嚇してくる奴。いろんな奴が居るけれど
一番面白いのは逃げる奴を追う事かな。
仕事柄、嫌われるのは仕方が無い。もう慣れた。
高嶋署に来たのは2012年。後継車種の導入も有ったからベテランの部類ね。
…誰だ、年増なんて言うやつは。
東京ではCB750Pが現役で動いているんだ。40年前のバイクだぞ!
年増どころか歴史上に登場するレベルだ。それに比べれば私は若い。
先日、今まで担当していたベテラン隊員が定年退職してしまった。
エキパイを擦ったりウイリーしたりするアグレッシブなおっちゃんだったな。
で、今回入って来た新人が新しい私の担当者だ。
前任者はガッチリしたおじさんだったけど、今回は現代風なイケメンね。
「可愛くない…」
初対面でご挨拶だな若造め。人の気にしてる事を遠慮なく言いやがって。
どうせ私は可愛くないわよ。無線やボックスでゴツイもの…。
「ほな、葛城君。行こうか」
「はい、よろしくお願いします」
ベテランに連れられて高嶋市内を周る。のどかな田舎町、殆どツーリングだ。
「新人で高嶋に配属されるのは珍しいんやぞ。人事と何かあったか?」
「いえ。高嶋署は女性白バイ隊員が居ないからと…」
「何?葛城君は女性やったんか?」
「うう…ここでも間違えられてた…」
女の子か。何だか座った感触が違うと思ったんだよね。
高嶋署での女性白バイ隊員初めて。よろしくね、新人さん。
パトロール後、後輩が話しかけてきた。
「先輩の担当は新人ですね。しかも女の子。ご愁傷様です。」
何を言ってるんだクソガキめ。それを鍛えるのが私の役目だ。
「優しく操作してくれるから悪くないよ。」
実際に優しく操作してくれるのだ。
仕事後の洗車も丁寧にしてくれるんだよ。
良い相棒になりそうだ。しっかり鍛えてやろう。
次の日。
「練習に停めやすそうな違反から捕まえてみようか。」
ひどい理由で軽微な違反を取り締まることになった。
木陰から目を光らせていると何やら騒がしいのが近付いてくる。
「御主人様!何でもう10分…いや、5分早く起きられないの!」
バイクの声だ。
「わ~!寝過ごした~!」
爆走するホンダゴリラに乗った女の子か。可愛いねぇ。
私から見ても可愛いわ。同じメーカーなのにこの違いは何?
「あなたが寝過ごすたびに私は毎回全力疾走をしてるのよ!」
「頑張れ~走れ~!」
「頑張ってるわよ!しっかりつかまってなさい!」
人馬一体…なのか?会話している?珍しいな。
「よし。あれを捕まえてみようか」
よっこらせっと。遠近感が狂う組み合わせだなぁ
小さなバイクなのにライダーが小さいから遠くに見えるよ。
「3・2・1・計測。時速61キロ」
おい。ナンバー見なさい。黄色よ。二種登録してるよ。
サイレンが鳴り、赤色灯を回してゴリラを停めた。
「「何?私、何かした?」」
あ~あ。誤認検挙だよ。何も違反してないよ。
「は~い。路肩に寄せて停まってね~」
「スピード違反ですよ。31㎞オーバー」
切符を出そうとする相棒と指導役。
馬鹿者!良く見ろ。ナンバーの色が違う。60km/hまでOKな原付2種だ。
「2種登録してるもん!ナンバーも黄色やもん。サインなんかしません!」
ほら言わんこっちゃない。
「二種の表示が無いじゃないか!」指導隊員が怒鳴るが女の子は負けない。
「義務じゃないっておっちゃん言ってたもん!」
朝から大喧嘩だ。しかもこちらが悪いのは明らか。
少なくとも△マークは義務じゃないよ。滋賀県ではね。
「急いでるのにごめんなさい」私はゴリラさんに謝る。
「走り出して長いけど初めてよ。若いわねぇ」
「ベテランさんですか。それにしても御綺麗で可愛らしい」
「生まれて20年以上よ。見えないでしょ?」
そんな会話をしていると事態が動いた。
「ごめんね。原付きと間違えちゃった」
相棒が微笑みかける。女の子は真っ赤になって黙った。
「ほら、早くしないと遅刻よ。急げっ急げっ!」
ゴリラさんの声が聞こえたのだろうか。
急かされて時計を見た女の子。顔色が赤から青に変わる。
「げ…マジで遅刻する~!」
「問答無用で捕まえればよかったのに。」
指導役は言うが、相棒は引かない。
「間違えで捕まえられたら納得出来ませんよ。
違反じゃないのに無理やり検挙なんて私も向こうも納得できません。」
静かに言ってるけど怒りのオーラが半端じゃないよ。
やれやれ。今度の相棒は熱い娘だねぇ。
退役まで長くはない。彼女は最後の相棒になるだろう。
しっかり鍛えてやるか…
私はCB1300P 交通違反と犯罪が渦巻く今都に現れた正義の騎士。
バイク乗りに嫌われる哀しいバイク。
※フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切関係ありません。
葛城が仕事で使う白バイのお話。
最後の一行は
「人は彼女を「バイクに乗った騎士」と呼ぶ。」
にしようと思ってました。バイクに乗った騎士・・・ナイトライダー?
ちょっと不味いかと思いまして止めました。