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私はオートバイ  作者: 京丁椎
18/18

私は三輪車(リツコの荷物持ち)

フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。

実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。

私はジャイロX。ホンダの3輪スクーターです。


流れ流れて辿り着いた店でおじさん…お兄さん?どっちでもいいや。私を見て嬉しそうにしています。


「ウチへの入庫は初めてやな…パーツリストを買わんとな…」


デビューは1982年。今や新聞配達・乳酸菌飲料販売・小口配達などに大活躍の3輪バイクです。


私は不動となり、修理をするのが面倒と思った前所有者がバイク回収業者に引き取らせました。


「…引き取ったけどボロすぎる…金にはならんなぁ」


転売できず、金にならないと判断された私は。小さなバイク屋さんへ運ばれました。


「よう大島ちゃん、面白いのが入ったから買わね?」

「ああ?何やいな…お?面白い奴やんけ」


私はレジャーバイクとして生まれたのよ。遊び心も満載できるんだから。


「1200円でどうよ?」

「もう一声」


無料で引き取ったくせに。


「じゃあ1000円」

「ん、買った」


しかも値切られた。私の価値は1000円なのかぁ…チョット寂しい。


そんなやり取りの後で話の冒頭へ続くわけです。まともな整備工場に来るなんて初めて。前の御主人はケチでした。私は基本的にノーメンテナンスで走り続けました。自分で何とかしようと私を触ったことがあります。結局直らなかったけど。


「キャブレターは…排ガス規制前か、古いな…部品は出るんかな?」


私は2ストロークのエンジンを積んだモデル。気が付けば2ストロークエンジンの仲間は消えて、私の後輩も4ストロークインジェクションエンジンになって数年になります。


「フレームナンバーはTD01-1300…前期型か…デフが無いやつやな…」


私達ジャイロXの前期型は右のタイヤを駆動して、左のタイヤはそれと合わせて動きます。左右のタイヤを1本のシャフトで繋いでしまうとカーブで左右のタイヤの回転差を吸収出来ず曲がりにくい。曲がり易くするために旋回時の左右の回転差を滑って吸収するディファレンシャルクラッチが付いています…


「何となく弱い気がするな…それで右タイヤばかり減ってるんかな?」


左右の回転差を吸収する部品の中に入っている多板クラッチ。これが減ると右のタイヤからの駆動力が左のタイヤに上手く伝わらず、結果として右のタイヤばかりが減ります。今の私がそう。駆動系はメンテナンスしてもらった事がありません。何となくサイドカバーの中がムズムズします。


「ロックして手で回るって事はそれだけの駆動力しか伝わってないって事やな」


まぁ駆動力云々の前にエンジンがかからないんだけどね。


「まずはエンジンをかける所から始めるか」


何か月前までは動いていたのよ。急に動かなくなってキャブレターが詰まったと判断した前の持ち主が分解掃除はしてくれました。でも、キャブレターじゃないんだけどなぁ


「プラグが減ってズルズルやな…とりあえず交換。在庫は…あ、あった♪」


私達2ストロークエンジンのバイクはスパークプラグが大事。混合気に混ぜたオイルを燃焼させて潤滑する構造上、プラグが汚れて点火できない事が起こります。


おや?お兄さんがスパークプラグを嗅いでいます…そんな所を嗅ぐなんて…エッチ!


「となれば、火花が在ればエンジンはかかるはずなんやけど…」


スパークプラグを車体の金属部に接触させてスタートボタンを押されても無駄です。バッテリーが上がってもキックでスタートされてましたから。ウンともスンとも言えません。


「バッテリー上がりやな…仕方ない」


キックペダルを踏み下ろされました。スパークプラグは何も反応しません。だから私は捨てられたのです。


「電気が来てないな…コイルまではどうや?」


お兄さんはテスターであちこち調べています。イグニッションコイルに辿り着きました。仮のイグニッションコイルを取り付けてキックスタート。 ピチピチと音を立ててプラグから火花が飛びました。何だか力が漲ってきます。動けそうな感じがします。


「これを付けとくか…エンジンはかかるかな?」


プルンッ…ブブブブンブブン…私は息を吹き返しました。


「よっしゃ、エンジン始動…おいおい…おおっ!」


張り切り過ぎちゃいました。燃焼室にたっぷりと在った2ストロークオイルが燃えて工場の中は真っ白です。


「ゲホッ!……ドリ○のコントかよ…」


このお兄さん。ドリフターズ世代の様です。


エンジンがかかって嬉しくなった私はお兄さんに甘えました。甘えれば甘えるほどお兄さんは私を修理してくれます。甘えて駄々をこねているうちに一通りの整備に必要な部品が揃いました、何とか連休に入る前に部品が到着です。長い間、的外れな整備や故障個所を放置されていた私はご機嫌です♪その代わりにかまってもらえず不満な子もいます。


(あたる)さんっ、かまって欲しいゾッと!」

「ん?ちょっと細かい所を触ってるから何かバイクに乗って遊んでて」


仲が良いですねぇ。女の子は後から抱きついて胸を押し付けたり耳たぶを甘噛みしてたりしているのに振り向いてもらえません。お兄さんは私に夢中です。ちょっぴり優越感です。


「え~私もかまってよ~」

「これが組めたら試運転してもらうから、ちょっと待ってて」


「仕方が無いなぁ」


お嬢ちゃんはモトコンポに乗って走り出しました。私と同世代のバイクです。


「ヤッホ~!ジャイロさんも仲間入りだねぇ!旧車の世界へようこそ!」


平成が終わりそうな世にH・Y戦争の同志と出会うとは思いませんでした。


「私もお外で走りたいよう…」


モトコさんは何か言っていますが駄目です。あなたは箱入り娘。実際に売られている時も箱に入ってたでしょ?今の道路事情であなたが走るのは危険です。モトコさんは車に乗って移動して、室内へ保管されるのが一番良いのです。あなた、ライダーがよそ見したらそっちに行っちゃうでしょ?


倉庫の主であるホンダゴリラさん。彼女も外へは出ないバイクです。


「私はここから離れたくないの。何時(いつ)か御主人様が迎えに来るから…」


御主人様を待つゴリラさん健気(けなげ)です。私達は手放されたら最期。二度と元の御主人様の所へ戻る事なんて無いのに。


「君は不思議な子だね~。私と中さんしか動かせないなんて」

「ここから動きたくないだけですよ」


「ふんふんふ~ん♪」

「ふんふんふ~ん♪」


お嬢ちゃんとゴリラさんは楽しそうだ。パイロンを置いて8の字を書いたりグレーチングを一本橋の様に走ったりしているのをぼんやりと見ていた。その間にも修理は進む。


「よっしゃ、これで走れるぞ」


プルンッ…ビン・ビン・ビン・ビン…セル1発で始動です。バッテリーさえ新品ならこんなもんです。


「何を胸張って言ってるんだか。あんた、どれだけ整備されたのよ」


モトコさんの意地悪…キャブ・エアクリ・マフラー…一通り見て貰いました。それでもまだ修理は完了していません。駆動系は手付かずです。タイヤだって右側は擦り減って丸坊主です。


「リツコさ~ん、ちょっと試運転してくれる~?」

「は~い♪」


「走る時はこのロックを降ろしてな、自立はせんから止める時もロックを…」


      ◆     ◆     ◆


動けるようになったけれど左足(左タイヤ)力が入らない(駆動しない)。走り出す時・止まる時に思うように動けない。変な感触だ。


「中さん、これってこんな乗り味なのかな?左右で癖が有るんだけど?」

「いや、変な感じやから外から見たかったんや。やっぱりアカンなぁ」


やっぱりデフクラッチが駄目。


「急加速で右のタイヤだけ回ってる。左は全然駆動できてない」

「本当は両方回るんだっけ?」


私の売りはリヤ2輪に力が入る2WD。雪道や荒れ地もドンと来いなのに…


「やっぱりサイドカバーを開けてデフ周りを見んとアカンな♪」

「直るの?こんなに癖が有ると売れてもすぐに返品だよ?」


返品なんかされたら行くところが無い…お願い助けて。

サイドカバーを開けられるのは恥ずかしいけど我慢します…


2人のお昼ご飯が終わって作業再開。とうとう私のサイドカバーが『くぱぁ』される。


「さてと、リツコさんが冬にも乗れるように2WDに戻そうか」

「うん、でも冬にも乗れるの?」


「もともとオフロードバイクやからな、スタッドレスタイヤが有る」

「そうなの?」


ジャイロ(私達)にはスノータイヤの設定が有るチェーンも有る。2WDでスノータイヤなら雪道でも強いんだから。発売当初のテレビCMに出てた子はチェーンを付けて雪道を走ってたんだよ。


「チェーンも有るんやって、見た事無いけど」

「それで形式がTDなんてオフ車っぽいのが付いているんだ」


ちなみに形式のTはthreeのTだ。頭文字T。Dは…泥?


「さてと、ボチボチ作業を再開しますか」

「お~っ!」


私は身をゆだねる。サイドカバーが外されてプーリー・クラッチ周りの部品交換。この感覚は何と言えば良いのだろう?人間で例えると…すごくエッチな事だと思う。


「そのダンボールは何?」

「ここに外したボルトを刺しとくんや」


サイドカバーの取付けボルトは1・2・3・4…10本以上ある。多い方だと思う。


「何処どこにどのボルトが付いてるか分からん様になるから」


私は普通のバイクと違う。整備が面倒だとよく言われる。


「ん?先にブレーキやらタイヤも外さんとアカンのか?」


初めての3輪は勝手が違うみたい。苦労している。


「おおっと、このガスケットは昔のタイプやな」

「古いとか新しいで違いが在るの?」


「古い黒のガスケットは剥がしにくいんや」

「ふ~ん」


古いとか黒いなんて言わないで欲しい。セクハラだ。恥ずかしい。それでもプラスチックハンマーと真鍮棒ブラスバーで衝撃を与えているとカバーは外れた。


「わぁっ!真っ黒!真黒くろ…」

「それ以上は言うてはならん!」


大人の事情でお嬢ちゃんの台詞は遮られた。世の中って難しい。


小さな箒ほうきで中に溜まったベルトの粉を掃き出すとスッキリした。


「オイル漏れの形跡もないし、そのままベルトとローラーだけ変えるわ」


カバーとクランクケースの合わせ目にオイルストーンをかけて清掃と面出し。ドンドンと作業は進む。


「パーツリストによるとカブのクラッチのナットと同じ奴で付いてるんやな」


そう、そこが…あ…ああっ!イイっ!すごく良い!※整備の順序がです。


「これが『デフクラッチ』か…えっと、万力で挟んでリングを取れば良いんやな」


デフクラッチのプレートを交換してからウェイトローラーとベルトも交換。私のプーリーは少し特殊だ。中にグリスが入っている。今のスクーターは違うんだって。


「昔の考えかも知らんけど、今は薄くグリスを塗るだけやから」

「それでいいの?元通りじゃなくて壊れない?」


30年の間に部品の耐久性が増して薄くグリスを塗るだけで良くなったのか、それとも耐久性を重視したのかは分からないけれど、これは品質過剰(オーバークオリティ)なんだって。


「あとは新品のベルトで組んで元通りに復元っと」

「ここでボルトを段ボールに刺したのが生きるのね」


サイドカバーのキックスターター関係のギヤ・シャフトも清掃・グリス塗布済み。

サイドカバーや細かな部品を取り付けられて、私は元気になった。


「じゃ、試運転してみようか。お願いできるかな?」

「うん、直ってると良いね」


「チョット曲がりにくいかもしれんから気を付けて」

「うん」


発進はバッチリ。敷地内しか走れないけど変速も大丈夫。足に力が入る。


「直ってると思うよ~これなら大丈夫♪」

「ふぅ…やれやれ、1日仕事…いや、丸1日遊べたなぁ」


この後も私はハブを中期型の部品と交換されて現行型のホイールに交換。ついでに新品のタイヤと交換。フロントの風よけも透明な新品に交換してもらったりした。車を運転できないお嬢ちゃんの足としてお買い物へ行ったり、おじさん?お兄さんのちょっとした用事に走ったりしている。


開発者の皆さん。売れるか売らないか解らないと言われたバイクは今も走り続けています。


壊れたりもしたけれど、私は元気です!


私はジャイロX、唯一無二の実用スリーター。荷物と幸せを運ぶ3輪車です。


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