箱入り娘
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは全く関係がありません。
『もらえる物なら猫の糞でも貰う』『出すのは舌でも嫌』そんな人が私の最初のオーナーだった。自動車を買う時、値引きに次ぐ値引きの要求に音を上げた店が私をおまけに付けた。それが私だ。大して乗られないウチにオーナーは亡くなり、遺品整理でゴミとして私は捨てられた。
私はモトコンポ。折り畳み出来るので有名なレジャースクーターだ。
捨てられたの間ずいぶん昔…今は少し持て囃されているけれど、その頃は私はゴミ同然だった。
スピードは出ない、荷物は積めない、真っ直ぐ走れない…バイクとしての価値はどうだろう?
そんな私が生き残れたのはバイク回収業者のお爺ちゃんとバイク屋のお爺ちゃん、そして
「さってと、生き返るかなぁ…」
バイク屋のお爺ちゃんから店を引き継いだ兄ちゃんのおかげだ。
自分でも分かってるけれど私は遅い。生まれた頃ならまだしも21世紀となると…
21世紀…すごい…スーパーカブ師匠はまだ現役だ…
それにしても、箱から出て倉庫で休んでいる間に周りが変わった気がするなぁ…
プルン…プルン…ビンビンビンビン…
「お、動いた動いた…」
「中さん、何それ!モトコンポじゃない!どうしたのそれ!」
「直した。懐かしいやろ?乗ってみる?」
「乗る!ちょっと待ってね、準備するから!」
敷地内で乗る場合でもヘルメットは被った方が良い。そう思ってたんだけど…
「お正月明けの慣らし運転をして連休。暦って上手に出来てるね~」
ブブン・ブンブンブンブン…
「暦はどうでも良いんやけどな…磯部さん、その格好は何?」
店前のスペースでグルグルと走る私に乗るのは警察のコスプレをした女の子。
「懐かしいでしょ?お母さんが残しておいてくれたの」
楽しそうに答えているけど、このお嬢ちゃんはどうして制服を持っているのだろう?
「検挙しちゃうぞっ☆」
「…何してんねん」
私の仲間が婦警コンビと一緒に画面狭しと大活躍した漫画は私も知っている。
テレビアニメやアニメ映画、そして、ドラマにもなったらしい…ドラマは黒歴史だとか。
でも、架空の世界で元気に走る姿が私たちを苦しめて悲しませる。
『漫画と違って遅い』『アニメだと元気に走ってるのに』そんな言葉が私たちを傷つける…
あまりの遅さに改造されてしまった仲間も多いと聞く。原形をとどめない大改造をされた仲間、心臓移植された仲間…電気で動くようにされた仲間もいると聞いた事が在る。
私達はオモチャ…最後はどうなるのだろう…
それでもそんな私たちを愛して慈しむ人たちは居る。専門店や愛好家に美しくレストアされた仲間の写真を見た。昔と変わらない姿…よく見るとマフラーやカレンのエンジンに交換されている仲間も多いけど大事にされている。
もう今の世はに私が走れるほど道路の流れは遅くない。走るだけで危ないのは分かっている。
でも、出来れば道路を走ってみたいなぁ。湖岸道路って気持ちいいって倉庫の主言ってたなぁ・・・
「楽し~い!可愛い~!小回りが利く~!」
「外で走らせるのは危ないな…これは売れんな…」
そんな私は今日も外へ出る事が出来ない箱入り娘。
私はモトコンポ。大島サイクルの箱入り娘。今日も倉庫で惰眠をむさぼる…。




