七話「配下と友達」
コンコン、コン。
不意にノックの音が響く。この暗号…、ヴェートか。
「少し待っていて。何かあればすぐに呼んでくれ」
俺はすぐ扉のほうへと走る。勢い良く扉を開けると、いきなり喉元に炎の剣を突き付けられた。
「あ、フィルドでしたか」
扉の向こうにいたのは予想通りヴェート。
すぐにヴェートは剣を魔力で分解して体内に戻した。
「暗号のノックしておきながら、どうして剣を突き付けるんだよ」
「いえ、暗号は一応のためです。本当は捕まったのかと思っていました」
まぁ、こんな古い小屋のようなところにいれば、少しおかしいと思うよね。
「そうか。そうだ、カルナを発見したんだ。中へ入ってくれ」
「見つかったんですかっ」
ヴェートにしては珍しい声。その歓喜と呼べる声にどれほどカルナのことを思ってくれていたか分かる。
「こっちだ」
俺が先導する形でヴェートが付いてくる。そうして、カルナのいる部屋へと着く。
「あ…カルナ様…」
これほど嬉しそうな顔をしたヴェートは珍しいな。
今更だけど、どうしてカルナは敬称をつけるのに俺にはないんだよ。
「えっと…?」
困惑するカルナの表情。そうか、そうだよな…。初対面になるんだもんな。カルナにとっては。
「おやおや、坊やのお連れさんかね」
こちらまで急いで来たのだろう。おじさんの手に持っている料理器具らしきものがそれを物語っている。
「えぇ。勝手に連れ込んで申し訳ない」
「いや、ええさ。そーか、そーか。そんじゃま、ごゆっくり」
そう言い終えて、おじさんは奥へと消える。
「あのフィルド。あのお爺さんはどなたですか?」
ヴェートが首を捻る。
あぁ、そりゃあ、まぁ、知らないよな。
「昔のちょっとした知り合いでね。大丈夫なはずだよ」
あまり詳しいことは知らないけども、それでも、信頼できる人だ。
「確かに、殺気も恐怖もない、親のような感じでしたね…」
親か…。だから信頼できると思ったのかな。
「あのー、フィルド…さ…」
カルナが困った声を出した。なるほど、さん付けしてもよいか聞いてきたか。
具体的には記憶がないことを隠すか隠さないかということだ。
まぁ、ヴェートなら…問題はないだろう。
「あぁ。気にしなくて大丈夫だ。彼女は味方だし、事情も分かってくれる」
カルナがホッと息を漏らした。そうだよな、記憶喪失を隠せなんて、まぁ、無理だよね。
「どういうことですか?」
ヴェートが再び首を捻る。
「ごめんなさい。私、記憶がないんです」
ヴェートの口がポカンと開いた。そりゃあ、まぁ、驚くな、なんて言えないよね。
「ヴェート」
俺の一言ですぐに我と返るヴェート。
「あ、申し訳ありません。たとえ記憶が無いとしてでも、わたくし、ヴェート・デュランダルはフィルドの配下であり、即ち、アヴリル様の配下であります」
ヴェートが膝を着いて頭を下げてカルナに忠義を見せる。少しでも信頼してもらうためだろう。
「あ、あの、記憶がないんですから、どうかそんな畏まらないでください」
カルナが慌ててヴェートに駆け寄る。
「いえ、何があろうとわたくしは配下の者ですので」
ヴェートは頭あげない。
「えっと、じゃあ、さっそく命令です。私と友達になってください」
え?
「え?」
あまりのことでヴェートが頭を上げた。
「だって、そのほうが記憶がない私にとって嬉しいですから」
記憶がなくても変わらないんだな…。
同じことを二度も聞くことになるとは思わなかった。
ヴェートも同じことを思ったのか、クスッと笑って
「分かりました。よろしくお願いします」
そのような返しは臣下として良くないとは分かっているだろうけど、二度目だからこそヴェートはそのように対応したのだろう。
「うん、よろしくね。ヴェート」
「はい。カルナ様」
「あー、様ついてるよ!」
「これだけはお許しを。その…性分ですので」
ヴェートの苦笑い。でも、どこか嬉しそうだ。
この和やかな空気を壊したくないけど、今はここから逃げることが最優先だ。
俺は話題を変えるつもりで一つわざとらしく咳払いをした。
「それでどうだった?」
ヴェートはすぐに立ち上がる。先程とは違う、いつものヴェートの顔だ。ヴェートにつられてか、カルナも立ち上がっているけど、まぁいい。
「ダメです。他の出入り口はあることにはあるんですが、先の騒動で厳重に固められました。そこを突破するには戦力が足りません」
俺が逃げたことも関係あるんだろうな。奴らは俺をここから出さないつもりだ。
「ヴェート視点で一番どこが薄かった?」
一瞬思い悩んだようだが、すぐにヴェートは答える。
「おそらく正門が、潜り抜けてきた門が一番薄いです」
なるほどね。あえてそこを薄くしたわけか。
どう考えても罠だな。
「ヴェート、ギンの動きはどうだ?」
ヴェートが眉をひそめる。
「それが、いつの間にか市外に出たようです」
ま、そうするだろうな。騒動が起こった市内に残る危険はおかすべきではないし、別に中で俺たちを始末する必要はない。外で待ち伏せするつもりなんだろう。
もしかしたらそれを読んで、ゼオンは正門を薄くしたのかもしれない。
「状況は最悪だな」
言った後に失言だったと気づく。案の定、カルナに視線を移すとどこか悲しげな表情をしていた。
「私のせいで…」
あ、いや、そう言うわけでは…。なんて簡単に分かる嘘を口には出来なかった。
あの時、カルナが俺の同行を認めてくれていれば、皇帝陛下と二人きりにさせることがなければ。
などと、今、冗談でもそれを言えるわけがない。
「誓って、カルナ様のせいではありません。悪いのはこいつのせいです」
ヴェートが俺に向かって指をさした。
おいこら。
…間違いではないけど。
「でも…」
「それに、今はこの状況をどうにかすることを考えましょう。特にこいつは悪知恵だけは働きますから」
俺はニヤリと笑う。
まったく、到底臣下とは思えないような言動だけど正直助かった。
おかげでカルナの強張っていた肩が下りている。多少は落ち着いたのかもしれない。
俺は大きく息を吐いて、先程座っていた椅子へと座る。
俺の目配せを受け取って、ヴェートは頷いた。
「カルナ様、座りましょう。作戦会議です」
カルナはいまだ不安そうな表情のまま頷き、先程の椅子へと座る。ヴェートはカルナの横の空いている椅子へと座った。
俺は二人の前に人差し指と中指を立てる。
「さて、問題は二つ、だ」
ヴェートは頷く。
「どうやって脱出するか。そして、そのあとのギンをどう凌ぐか、ですね」
さすがヴェート。頭の回転が速い。
カルナのほうは…、相変わらずの分かっていない顔だけど、まぁ、今回は説明を省いてもいいだろう。
「俺たちは戦力が圧倒的に足りない。突破する戦力じゃない、守る戦力がだ」
「そうですね」
顎に手をやっていたヴェートが頷いた。
良かった、理解しているのがヴェートだけで。これを理解されていると、また自分のせいと責めかねない。
あれ? これ、前の自分のような…まぁいいか。
「そこで最も問題になるのはギン隊だ」
「一応、私一人でギン以外の人間を仕留めるということもできなくはありませんが」
それは絶対にあってはならないことだ。ヴェートの魔力では五、六人を仕留められても、それ以上を仕留めようとすれば自分の命が危なくなるだろう。
魔力を完全に失ってしまった者には死が待っているのだから。
「それは最後の手段に取っておこう」
絶対に使わない最後の手段だ。
俺は続ける。
「戦力が足らないなら、他の戦力に頼ればいいだけだ」
俺はニヤリと笑う。
「…悪い顔ですね、フィルド」
ヴェートも頬が緩いように感じるけどね。
その後、俺は具体的な内容を続けた。