五話「ようやく合流」
「フィルド」
「ん?」
俺はヴェートのほうを向く。
「嫌な気配がします。ギンがこの中にいます」
「っ」
声を失った。
ギンはフーティマ王国の暗殺部隊の隊長だ。
エルフ族はどうしてだかカルナを暗殺しようとしている。そのせいで、リディ隊が暗殺部隊の別動隊と交戦したという報告もあった。その暗殺部隊の隊長がここにいるということは、主力がここにいるということだ。
気が抜けない。
「ヴェート。ギンのほかの気配は分かるか?」
俺は尋ねる。
「わかりません。ギンの気配だけ分かるので」
強いもの同士分かるというものなのか。
だけど、ギンがいるということが分かっただけでも良かった。いや、最悪な状況だけどね。
「それにしても、東和国は何してるのか」
ギン隊をみすみす中に入れるなんて愚かにもほどがある。まぁ、入れてもらえなければ俺たちも困るんけど。
「ギンのことですから、隊員のフェルパーを盾に潜り込んだかもしれません。どうしますか?」
これはおそらく、外にも主力を置いているかもしれない。城門から逃げる方法は避けたほうがよいだろう。どうにか別の出口を探すしかないか。
「ヴェートは他の逃げ道確保しておいてくれ。俺はカルナを探す」
「む…。私がいなくて大丈夫でしょうか。ギンと鉢合わせたら厳しいのでは?」
今、ムって言わなかったか?
まぁいいか。
「ここには東和国軍もいるから大丈夫だ。ゼオンなら市内で起こる戦闘行為は絶対許さないだろうから」
ヴェートは不機嫌そうに頷いて
「分かりました。それじゃ」
と簡潔に伝え、走って行ってしまった。
まずいことでも言ったのだろうか?
そんなこと考えながら俺は街へと急ぐ。市場は最後に取っておくとして、まずは広場で聞き込みをするか。
「この人見ませんでしたか?」
紙に模写魔法をかけた、カルナ・アヴリルと瓜二つなものを、到着した広場で人に尋ねる。
「いやぁ、見てないな」
かぶりを振る男性ドワーフ。
ダメか、他の人に…。
「この人見ませんでしたか?」
「あら可愛いお嬢さんね。彼女さん?」
次に声をかけたのは人当り良さそうな老婆ドワーフ。
しかし、解答から見ていないことがわかる。余計な話が広がらないうちに他に行こう。
「ありがとうございました」
他の人は…。
「ねぇ、君、僕にもそれ見せてくれるかな?」
男性ドワーフの声。振り向くと、そこにはドワーフ族には珍しい長身で、服の上からも分かる鍛えられた体型の黒髪の男性が、不気味な笑みを浮かべてベンチに座っていた。
こいつはゼオンだ。間違いない。記憶にある。
「あ、いえ…」
向こうが俺を知っているとは思えないけど、カルナのことくらいは知っているだろう。これを見せるわけにはいかない。
「いやー、見せてくれるぐらいいいじゃない、ねぇ」
こんな笑みを見せられて、はいどうぞ、なんて言えるわけないだろ。
俺は後ずさりしながら愛想笑いをする。だめだ、これでは愛想笑いにすらなっていない。
「いやいや、軍人さんのお手を煩わせるような…」
「へぇ。君、僕が軍人だってわかるのか」
しまった。失言だった。
「まぁ」
これ以上余計なことは言えない。俺は一刻も早くこの場を立ち去るために距離を徐々にとっていく。
「なんかさぁ、昨日からこの市内に悪い空気が流れててさぁ、君、何か知らない?」
悪い空気とは曖昧な。なるほど、カマかけに来たか。
じゃあ逆にこちらがカマをかけよう。
「さぁ? さっきここに来たものですから」
さぁ、どっちに取る?
返答によっては開き直るしかなくなるけども。
「へぇ。今日市内に来たのか」
ビンゴ。知られていたということは、いくら体裁を繕っても無駄だ。
「いつからだ?」
諦めて開き直る。
途端、ゼオンがニヤりと笑う。
「ほぅ。どうしてそれに気が付いた?」
「あなたはさっき、今日市内に来たと答えた。先程の俺は、さっきここに来たと答えたのにも関わらずだ。
普通ならば、さきほど広場に来たと取れる解答に見える。しかし、貴方にはそうは見えなかった。これは、入った時から監視されていたということだ」
俺の答えにゼオンは大声で笑った。そして、先程の不気味な笑みではなく、単に嬉しそうな顔をして
「やはり、頭の切れる男よな、フィルド」
と褒めた。
いやぁ、俺の正体がバレていたのか。こればっかりは打つ手なかったかなぁ。
「それで、いつからだ?」
「一応は横坑歩いていた時かなぁ。若い城兵に扮してたらさ、余計なことばかり聞く旅人がいるもんだからねぇ」
なんてことだ。口が軽いと思って甘く見て、変装していたという可能性は排除してしまっていた。なんて阿保なんだ俺は。
「さてと…、あんまり僕も暇じゃないんでね。悪い空気に君は心当たりあるだろう?」
ゼオンは続けてそう言った。
悪い空気に心当たり?
俺たちのことを言っているわけじゃないのか。
かと言って、心当たりがありません、なんて答えたら捕らえられて拷問でもされるかもしれない。ここは正直に答えよう。
「詳しくは言えないが、俺たちを狙ってフーティマ王国の暗殺部隊が来ている」
途端、ゼオンの笑みが消える。
「ほぉ。どこの部隊だ?」
看過ならないことなのだろう。俺とて看過ならない事態ということは理解している。暗殺部隊をみすみす市内に入れてしまっているのだ。単なるスパイが入ってきたとはレベルが違う。
「ギン隊だ」
ゼオンの顔色が変わる。
「な、ふざけるな。そんなやつらを引き連れたのかお前は!」
ですよねー。
ギン隊といえばフーティマ王国屈指の暗殺部隊だ。これを逃げられた人間は数少ないというほど危険度が大きいのだ。
「俺が別に引き連れたわけじゃない」
「屁理屈はいらない。さ、こうなっては仕方ない。教えてもらおうか、お前の目的はそれか?」
さて、どうするか。
教えないと捕まるのは目に見えるけど、教えたところでこいつが承認するとは思えない。
こいつの…いや、こいつらの目的はここの安堵。ギン隊を市外へ出すことだけが目的になる。ならば、カルナを見つけてギン隊に差し出す可能性が非常に高い。たとえ、エルフとドワーフの仲が悪いとは言ってもね。
「悪いけど教えられない」
ゼオンの眉がぴくぴくと動く。
「本気で言ってるのか? その発言の意味をお前は理解してるのか? アヴァロン帝国アヴリル領軍師、フィルドよ」
わざわざスパイ容疑のために言い直すとは、結構世間体を気にするタイプのようだね。まさか、帝国と東和国の間になにか起きた?
そんなわけないか。
「ゼオン様!」
俺たちの会話に口を挟んできた男フェルパー。若いけど、意外に魔力があるな。
「なんだ!?」
切れ気味の声。若い兵士なんだから威圧してあげるな。
「あ、いえ、その…」
ほら見ろ。ビクついて狼狽している。
「いいから言えっ!」
「あ、はい。ヤー元将軍の宿屋でエルフスパイを確認。ヤー元将軍が重傷を負った模様です」
なに?
今なんて?
嫌な予感がよぎる。今の自分の現状に、スパイが軍人と交戦した現状…どう考えても無関係とは思えない。
「スパイごときにヤーがやられたのか!?」
ゼオンが若い兵にとってかかるかのように尋ねた。今度は狼狽することなく、若い兵は頷いた。
「どうも軍人レベルの強さで、現在、逃亡中です」
それは先に言え。
「と…、それは先に言えっ!」
流石に同じことを思ったか。
さ、今のうちだな。俺はゼオンに背を向けて、全速力で走ってその場を離れる。
「おい待て!」
ゼオンの叫び声が聞こえるが無視無視。広場を出て、すぐ人通りの多い所へと出る。
ここまで来てしまえば、ゼオンですら手は打てないだろう。俺は人混みに紛れて宿屋を探す。
「こっちだ。救急!」
遠くのほうで大声が聞こえる。そこか。
「おい、エルフがここにいるぞ、こいつかも!」
市場は大混乱だな。エルフを見かければドワーフたちがそれを捕まえるという行動がどこかしこで見かける。その人混みを潜りくぐって、とりあえず奥に向かう。
さっきの大声…さっきの大声…。
「こっちにもエルフがいるぞ。こいつも捕らえろっ」
エルフにとっては地獄だな。ヴェートは大丈夫だろうか?
「おい、ここにもエルフがいるぞ!」
俺の近くで捕り物が行われる。俺はその影響を受けて、どこが前なのか分からなくなるほど揉みくちゃになる。
余計な邪魔をするなよまったく。
「きゃっ」
後ろで誰かが倒れてきた。まぁ、この混乱だ。人混みに流されて体勢を崩す人もいるだろう。
「ん?」
あくまで一般人として俺は対応する。そうやって後ろを確認する。
「あ、その」
この声…この髪の毛…。この服…。
まさか?
心臓が跳ね上がる。もしかして、もしかしてこれは…?
「ごめんなさ…」
顔を上げたその子は、忘れることがないその顔は…。目の前が潤む。
「ようやく見つけたよ。カルナっ」