三話「出会う」
「ここがわたしゃの家さね」
目の前の大きな別荘みたいな建物がどうやらそれらしい。周りに比べて、それはひと際大きく、特に豪華な造りでもないのに、この町で一番目立っている。
「ようやく辿り着いた…」
ここまで声をかけられて止まった回数が両手両足たしても足りない。もし魔法を使えてなかったら、今頃風邪を引いていたかもしれないね。
「さすがに疲れたかね。悪いのぉ、ここらへんじゃ、わしゃあちょっと有名でなぁ」
「人気者なんですね」
「そんなんじゃないさね。ほら、あがんな」
老婆は扉を開けて私を中へと誘導する。宿の中も特に豪華というわけではないが、大きな広間があり、一部のところでは机や椅子があり大勢の人が賑やかにしている。また奥には、受付のような長机を置いてあり、その後ろに二人が談笑しながら椅子に座っている。
「ドワーフばっかりじゃないんですね。色んな種族がいる…」
市場でも多種多様な種族を見たが、ほとんどがドワーフ、フェルパー、そして、人間だった。しかし、ここには冥界の住人とよばれる者以外が仲良く接している…。
「あぁ。エルフとドワーフの仲の悪い話かね。まぁ、わしゃには興味ないねぇ」
そう、エルフとドワーフが犬猿の仲だということは知っている。こういうことは知っているのに…。
「さ、ついておいで」
そう老婆は続けて、受付らしきところへと向かう。私はすぐその後ろをついていく。
「あ、ヤーさん。もしかしてまたですかー?」
談笑していた女性ドワーフが老婆に気づいて苦笑いした。
そう何度もあることなのかな?
「ほほ、そこでじゃ、一室この子に渡してもらえないかの」
「え、いや、そんな。私なにも返せないのに…」
あまりのことに口を挟んでしまう。大きな宿屋の一室とは言え、それは見返りあって貸し与えるもの。広間の賑やかさを見て、市場で一番目立つという点を考えれば、この宿屋は人気とみえるんだけど…。
「いいのよ。持ちつ持たれつ、ってやつよ。ね、ヤーさん」
受付の女性はそう笑顔で対応し、鍵を差し出した。
「そのとおり、人は助け合い、助けられるものなのじゃ」
老婆は鍵を手に取り、とびきりの笑顔を見せた。
ここまで言われては仕方ないね。私は笑顔を返して頷いてみせた。
「よし、じゃあ、部屋まで案内しよう」
受付の女性たちは笑顔で見送ってくれた。そのことに精一杯の感謝をして、私は老婆についていく。大きな階段を二つほどのぼり、廊下を歩き、色んな扉を通り過ぎたところで老婆は止まった。
「ここじゃよ」
何度も見た扉の一つに鍵を差し込んで開ける老婆。開けるとそこには立派なベッド、机に椅子もある…。
「こんな立派な…」
「こんなのを立派なんて、お嬢さん、お世辞がうまいねぇ」
老婆は笑う。お世辞のつもりなんてないけど、そもそも他の宿部屋を見た記憶が残っていないだし、黙っておくべきかな。
「詳しいことは聞かないかんら、今日一日は好きに使ってーなぁ、ほら」
そう言われて中へと押し出される。
「着替えはすぐ持ってくーから、タオルで体でも拭きなぁ。魔法で乾いたとはいってもねぇ、万一のためにねぇ」
老婆は笑顔を作って扉を閉めた。
「ばれてたんだ…」
それにしても不思議な老婆だなぁ。魔法を使ってるところに反応した様子なんてなかったのに…。
私は毛布を取ってその辺に置く。もう毛布も乾いていて、床を濡らすとか気にする必要はないでしょう。
「タオル…タオル…タオル?」
タオルってどこにあるんだろう。
コンコン。
不意に扉をノックされる。先程の老婆が着替えでも持ってきてくれたのだろう。
「はいはーい」
すぐに扉を開けると、そこには老婆ではなく、先程広間で見た長い紫髪の女性エルフが一人立っていた。
「えーっと…」
誰だか分からない人物のいきなりの訪問に言葉を失う。
「あなた、カルナ・アヴリルね?」
いきなりの問いに困窮する。
記憶なんてないのに…どうすればいいの?
「えっと…、あなたは?」
記憶がないなんて言えるわけもなく、話題を逸らそうとしたのだけど、その子は何一つ聞いていなかった。
「その亜麻色のセミロング、赤紫の瞳、少し細身で童顔の人間…間違いないね」
その女性エルフは手のひらの何もないところからいきなり剣らしきものを出した。
「え、どうやって出したの!?」
いや、問題はそれではない。あの剣は間違いなく、私を殺すためのものだ。
殺気こそ隠しているが殺そうとする瞳が私を恐怖へと追い落とす。
殺される!
エルフが剣を構えて、心臓を狙って突いてきた。私はそれを避けるように下へ屈む。
「馬鹿が。それで避けたつもりか」
今度はエルフが突き出した剣を下へとおろす。
このままでは斬られてしまう。
「わぁぁぁぁぁ」
私は何か言葉にならない叫び声をあげて、屈んだところから戻る分の力を借りてエルフに体当たりする。
なにか別の力が働いたのだろうか、エルフはあり得ないくらい後ろへと飛ばされ、壁に激突した。
「ぐ、ぅ」
どうして飛ばせたのか気にはなるけど、今はそれどころではない。
「逃げなきゃ」
昏倒してるうちに!
私は先程来た道を戻るように走った。一つ目の階段を降り切ったところで、老婆と鉢合わせする。
「おんやぁ、どうしたかねぇ」
「あ…」
もし、もし、老婆があのエルフと会ってしまうと…、殺されてしまうかもしれない。
どうしてもそんな考えがよぎると体が動いてしまう。
「ごめんなさい。何も言わずについてきてください」
私は老婆の手を強引に握って、階段を降りる。老婆の持っている衣服が飛んで行ったが、気にしている場合ではない。
「ちょ、えぇ?」
老婆は困惑しながらも抵抗するそぶりはなく、広間まで降りる。
高ぶる心臓を抑えつつ、息を整える。
ここまでくれば、色んな人が見てるし大丈夫なはず…。
「ちょっとぉ、どういうことさね」
首をかしげて、こちらを見る老婆。
「えっと、その…」
「逃がさないわよ!」
先程の声!
すぐに声のするほうへと振り向くと、先程の女性が剣を握って階段を降りて…いや、こっちに飛んできた!?
「お願い逃げて!」
私は老婆の肩を手で押して、自分のところから引き離す。女性エルフの剣が一振り、横薙ぎで。私は再び屈んで避ける。
「同じ手に引っかかるわけないでしょ」
エルフは剣を一振り放った後、間髪いれずに蹴りを入れてきた。もろに顔に直撃して後ろへと倒れる。
「ッ」
もろに顔に入ったはずだが、どこか衝撃が薄い。飛んでる分の力が入った蹴りにしては痛みが弱いような気がした。
それでもめちゃくちゃ痛いんだけどね。
女性エルフは蹴りを入れた反動で私の足元に着地し、剣を振りかざした。
「これは避けられないでしょ」
止めようとする腕を足で抑えられ、私は身動きができないようになっていた。
残った片腕でどうにかできるわけもない。
あ…私死ん…。
「まったく、仕方ないのぉ」
一瞬のこと、目の前に電撃が走ったかと思うと、目の前にいた女性エルフが飛ばされた。
「い、今のって…」
先程の言葉からして、老婆が放った魔法みたいなものっぽいけど…あの老婆があんな魔法を使えるなんて…。
すぐに老婆に視線を移すと
「はやくおにげ。足止め程度にしかならんからのぉ」
「で、でも…」
「いいんだよぉ。持ちつ持たれつじゃよぉ」
持ちつ持たれつ…。私は少し悩んだが、頷いてみせた。すぐに立ち上がり、女性エルフなんかに目もくれず宿の外へと逃げる。どこに逃げればいいなんて当てなんてないけど、とにかく人混みの中へと潜り込んでいく。
「どこへ…どこへ行けば…」
「スパイだ。ヤーさんのとこでスパイが現れたぞ」
どこかで大声が上がる。私の後ろのほうだ。
「スパイは逃げたぞ。急いで軍を呼べ」
逃げた…。もうこちらに向かっているのかも。怖い、いろいろと考えるのが怖い。あの女性エルフがどうしているのか、老婆がどうなったのか…。
考えたくない、気にも留めたくない。
とにかく走れ。助けてくれた老婆のためにも、とにかく走って逃げるんだ。
「きゃっ」
私は人混みの中で石に躓いて倒れかけたところを、前の人に支えてもらう形でぶつかる。
「ん?」
「あ、その、ごめんなさ…」
上を向いて謝ろうとしたとき、その後ろを見る人間の顔に私はどこか懐かしさを感じた。
同時にその人はものすごく涙を浮かべる。
「ようやく見つけたよ。カルナ―――」