二話「味方?」
「フィルド…、少しは休んでください」
コーヒーを持ってきてくれたのは、奇麗な真っ白い肌に尖った長い耳、その後ろから控えめに出している黒髪を三つ編みにした小柄な女性、いつも目を閉じているエルフだ。
「ありがとうヴェート。大丈夫だから」
静寂が包む森の中、薪を燃やしている前に座って、コーヒーを受け取って啜る。コーヒーを溢さないように地面において、反対側の手に持っていた報告書を目に通す。
「まだ見つからないか」
単なる独り言のつもりだったが、その一言にヴェートが目線を下に落とした。
「申し訳ありません。アヴリル様はいまだに…」
「あ、いや、ヴェートを責めているつもりじゃないんだ。むしろ俺がカルナと離れるべきでなかったと後悔してな…」
「…、昔のことばかり思いつめても良くないですよ。今のことを考えないと」
ヴェートの言うことはもっともだと分かってはいるのに、後悔の念があふれ出てきて仕方がない。これでカルナがもうこの世にいないなんてことになれば、俺は自分を許さないだろう。
気を紛らわすためにコーヒーを手に持って、口に流し込む。体が冷えるこの夜中に暖かい飲み物は体に染みる。
あまりに沈黙が流れたからか、ヴェートが口を開いた。
「あ、明日、どうしますか?」
「あぁ。明日はキュウペイ市で話を聞く」
東和国の中央に位置するキュウペイ市は大きくはないが、商業が発展していて、多くの人で賑わっている。ドワーフという国の中で一番多種多様な種族が入り混じるため、スパイ対策の軍が強化されていた。
東和国の参謀、ゼオンが直々に指揮する軍もそこに駐留していたはずだ。その中で許可も得ず捜索行動を行うのだ、細心の注意を払わなければいけない。
「しかし、キュウペイ市を調べるならばデュバルのほうが良いのでは?」
ヴェートの言うデュバルとは俺の直属の部隊、リディ隊に属する者でフェルパー族だ。
フェルパー族は猫のような人間で、尻尾や別の耳が頭に生えている。
ヴェートが言いたいのは、ドワーフ族とエルフ族の仲が険悪なことを危惧しているのだろう。確かに、エルフが嫌われている町へ足を踏み入れては捕まる可能性も否定はできない。
その点、フェルパー族はドワーフ族と仲良くしていると聞く。おそらく、キュウペイ市にもフェルパー族が多数いるだろう。
「いや、デュバルの到着は待てない。それにリディ隊はシャンペイ市の捜索を任せている。いまさら変更なんてできないよ」
シャンペイ市はキュウペイ市を北に行ったところにあるが、少し距離がある。おそらく二日三日はかかるだろう。
「そう、ですよね」
ここ最近、隠密行動をとってなかったから不安なのだろう。もしかしたら昔のことを思い出すから不安なのかもしれない。
昔、ヴェートは暗殺を得意とする剣士だった―――。
「まぁ、大丈夫さ。俺がいるんだ。上手くしてみせるさ」
何の保証もないけどね。
「私は少し、外を偵察に行ってきます。フィルドは少しでも寝ていてください」
「いや、でも」
「いいから」
ヴェートはそう言い捨てると木の上へと飛び乗り、軽やかに行ってしまう。
確かに三日三晩寝ずに捜索していたから体力に不安を感じる。それに疲労がたまると魔力が減っていく。このままだと多少、魔力が心許ないか。
いや、でも…それはヴェートも同じ…。むしろ、魔力の最高値が低いヴェートのほうが危険じゃないだろうか?
「なんてな。せっかくの気遣い、無駄にするわけにいかないよな」
しっかり休めるかと言われればノーだ。こんな焦った気持ちで寝れるわけないだろうけど、それでも、横になるだけなってみないと…。
しかし、コーヒーを飲んだあとに寝ようとしても無駄か。
俺はコーヒーを置いて、火を消して、その場で横になる。
「あれ…?」
急に物凄い眠気に襲われる。これは…、睡眠薬でも盛られたかな?
まぁ、この際だ。ご厚意に甘えよう。
そうして俺は眠りの中へと潜り込んでいく。