ハイト 第一話
――ゴォォォォォォォ…パチッ…パチッ
辺り一面が燃えている…。
ここは何処かの事故現場だろうか。
元の形が何だったのかが分からないほどぐしゃぐしゃになった金属片。
点在する元は人だった物。その周りに溜まっている血液。
そして…倒れている、少年。
少年は、辛うじて生きているようだ。胸が微かに上下している。
しかし…、あの怪我では長くは持たないだろう。
胸や脇腹、両の足に金属片が突き刺さっているのだ。
「僕…死んじゃうのかなぁ…」
少年は一人呟き、口内から大量の血液を吐いた。
「おとーさん…おかーさん…ごめんね…」
生きる事を諦め、少年は目を閉じた。
少年が目を閉じて数秒、一人の精霊がこの事故現場に飛んできた。
「…………。………………!」
精霊の力によって少年の傷が癒されていく。
つい先ほどまで青かった顔色もだんだんよくなっていく。
「……………ぁ」
少年が一瞬意識を取り戻した時に見えたのは、一人の、男の精霊だった。
―――――――――――――――――――
「この夢か…」
あの時の少年――名前はハイト・ローレン、と言う――は目を覚ました。
今の時間は明朝。まだ外が青い。
は窓を開けて新鮮な空気を部屋に取り入れ、自分のベッドから降りて着替え始めた。
てきぱきと寝ていた時の服を脱ぎ、自宅であるローレン焼きたてパン工房の制服を引っ張り出す。
「…あの時、僕を助けたあの精霊は何だったんだろう…」
制服を着終え、最後にエプロンをつけて着替えが終了。ちなみに若い子だから、とエプロンの色は派手めな赤色。所々に焼きたてのパンの絵がついている。そして右下にはでかでかとローレン焼きたてパン工房、と書かれている。
「早く起きすぎちゃったなぁ…。まだパンを作り始めるには早いし」
ハイト・ローレン、齢12歳。元々手先が器用なため、プロ顔負けのパン作りの腕を持つ。
まぁ、それはさておき、
「おや、おはようハイト。今日は早いね。眠れなかったのかい?」
「おはようございます、おじさん」
「ははっ、いい加減父さんかお父さんって呼んでよ。ハイトにお父さんって言われるのは私のさり気無い夢なんだよ?」
おじさん――クライム・ローレン――はハイトの養父である。
七年前のあの日の翌日、小麦粉の買出しに出ていたクライムが近道と称して路地裏を歩いていた時に路地の片隅に倒れていたハイトを見つけたのだ。その時のハイトは服には血がつき、目だった怪我は無いが体中がボロボロだった。倒れているハイト背負い自宅へと連れ帰り、クライムが付きっ切りで看病した。その看病のかいがあって目を覚ましたハイトに対し、開口一番『ねぇ君、僕達の子供にならないかい?』と言ったのだ。
勿論当時のハイトは意味をあまり理解していなかったがこれを受け入れ、現在に至る。
「まぁいいか、気長に待つよ。ハイトがお父さんって呼んでくれるまで。
さぁ、家の女将が起きる前にちゃっちゃとかまどの用意をしようか。ハイト、手伝ってください」
「遅かったね。もう起きてるよ」
「うげっ」
「自分の嫁に対して、『うげっ』は無いんじゃないかい?」
「うわぁぁ、ヴィエラごめん、ごめんってば」
クライムの背後から出てきた養母――ヴィエラ・ローレン――とクライムのやり取りをハイトは苦笑しつつ眺める。ちなみに、今はクライムがヴィエラに足を踏まれている(しかもグリグリされながら)。
「ほら、ハイトにクライム。さっさと開店準備するよ。もう一時間もすればコーヒー目当ての常連さんが来るんだから」
「はいはい」
「分かりました」
返事をしてから本格的な開店準備を始める。
店内の掃除、テーブルの拭き掃除、かまどの点火、パン作り…その他諸々。
一通り終わったところで開店時間を迎えた。
「ハイト、ちょっといいかな?」
「何ですか?おじさん」
「一つ話しておきたい事があってね。
…実はね、ハイトの学校のことなんだ。ハイトの体ももう完治しているでしょう?同年代の子達とも遊びたいだろうし…、それに、私は知っているんだ。ハイトが自分の小遣いを使って精霊の勉強をしていることを。そこで、私は友人の経営している精霊学校に連絡してみたんだ。そしたら彼は快く引き受けてくれた」
「そんな…、精霊のことは趣味で勉強してるだけで…。それに…僕がここを出て行ったらおじさんとおばさんはどうするんです?二人じゃ経営も辛いでしょう?」
「ここの事なら大丈夫です。それに貴方は…もう一度会いたいんでしょう?
自分を助けてくれたという精霊に」
「………」
「だったら私たちのことはいいから、行きなさい。若いうちは親の言うことを聞くもんですよ?」
「……ありがとうございます、おじさ…いや、お父さん。僕、その学校に行きます」
「分かってくれたんならいいですよ。それに…『お父さん』えへへ〜〜〜」
(そっか、おじさ…お父さんは知ってたのか…僕の夢があの精霊にもう一度会う事だって。学校にも入れてくれたんだから、頑張るしか無いかな)
ハイトはクライムに感謝した。だが、すぐに学校ってどんな学校なんだろう?とか、友達できるかな?という思考に切り替わった為、感謝した時間は僅か数秒。だがクライムはこの事に気づくことはなかった。
「つまり次からはハイト君のパンは食べられないのか!?っていうかそれよりもハイト君の可愛らしい姿を見ることが出来なくなるのかぁ!?」
「おぉう…今回はずいぶんと突然の出現ですねクエン」
「あ、おはようございますクエンさん」
いきなり現れた変人…もといクライムの友人でありここ、ローレン焼き立てパン工房の常連でもあるクエン。常連になった理由が自分の息子よりも可愛い(クエン談)ハイトを一日一回は必ず見るため、という変態さんなのだ。
「ハイト君いないんならここに来る理由もなくなるなぁ…」
「 貴 方 は 何 を し に こ こ に 来 て る ん で す か ?
…パンを買いなさいパンを」
「ハイト君を見に来ているに決まってるじゃないか。それ以外にこの店に来る必要は無い!」
「ほぉう、そうですかそうですか。じゃあハイトを見に来る度に飲んでいるコーヒー代と散々貸した私のお金、それに今までつけておいたパン代、更に今までに割ったコーヒーカップ等々の代金を全額払っていただきましょうか」
「…ぜぜぜ…ゼロの数は、い…いい、いくつだい?」
「限りなく六つに近い五つです」
「…っ!!?…今後ともここに来てあげようじゃないか。僕と君の仲だものな」
「だったらまた宣伝でもして下さい。貴方は仕事の都合で首都のほうによく行きますからね」
「オーケェィ!任せろぉ!」
二人が言い合いをしている間にパンが焦げたのは敢えて言うまい。
…そして焦げたパンを見つけたヴィエラがそのパンを二人の口に捻じ込んで全てのパン代を二人から取ったのも敢えて言うまい。
そして、売れ行きも上々で特に問題も起こらずに(最初のパンは焦げてしまったが)午前が過ぎていった。
まぁ、常連の客が口々に
「ハイト君どこかいっちゃうのかい?」
とか、
「ちゃんと戻ってくるんだろうね〜」
とかは言っていたが、ハイトは苦笑で誤魔化すしかなかった。
「いやぁ…ハイト君かーわいいなぁもう」
「いい加減帰りなさいクエン。この、パンだったものは袋に入れてあげますから持ち帰りの方向で」
「げっ…僕がかい?」
どうも、神羅です。慣れない書き方に挑戦してみました。読み辛かったら言って下さい。何とか読みやすくなるように頑張って編集しますので。
それでは、不定期ですがこの小説も宜しくお願いします。